10話 共存開始
魔族が魔界に人間の集団を招き入れる。前代未聞のそれは、人間は元より招いた魔族たちも困惑を隠し切れないでいた。それでも人間の方は群れることに慣れているからか、たとえ魔族と一緒でも黙々と己の務めをこなしていた。早速、朽ち果てていた街の補修を始めている。
一方、魔族側というと……、
「どういうことだ、金吾!」
金吾に詰め寄っていた。城内の玉座の間にて、魔族たちは彼にこの状況を問い質している。
「いいだろう? 俺好みの南蛮風だ。いや、異世界風かな」
そんな彼らに、金吾は今回の遠征で仕入れた服を見せびらかして応えていた。セルメイル貴族たちが愛用しているものらしく、これまでの貧村のボロ服とは比べ物にならないほどの上等なものだ。遊び人の金吾も満足である。勿論、魔族たちの不満はそんなことではない。
「何故、人間などを招き入れた? そもそも先の出兵は何だ? 一戦もせずに踵を返しやがって。人間の国を滅ぼすんじゃなかったのか!?」
代表して吼えるのはガッシュテッド。セルメイル出兵で暴れられなかった分、凄まじい猛りぶりだった。されど、金吾は臆せず弁解。
「お前たち魔族は文化を築けない。なら、それが出来る人間たちに築かせればいい。今後、我々はこの地で人間と共存することとする。施策『人魔共存』だ」
「人間と共存だと? 和平はいざ知らず、共存まで……!? 気が狂っている。魔族だろうが人間だろうが、そんな発想この世の誰も出てこない! こんなことならお前なんか認めるんじゃなかったぜ」
「待って、金吾にも考えがあるのよ。それに人間との共存なんて素晴らしいじゃない。争うことより手を携えることの方が幸せになれるわ」
玉座に座るファルティスがそう宥めるも、無論魔族たちは理解出来ず。まぁ、彼女自身も金吾の目論見が分かっていないのだから、その説得に中身がないのも当然か。
次いで、ガッシュテッドよりは冷静なラシャークが問う。
「しかし、金吾よ。こんなことに意味があるのか? 人間との共存で、僕たちファルティス派は他の魔王たちに対抗出来るほど強大になれるのか?」
「以前よりは良くなる。これで味方の魔族が増えるさ」
「成る程、あの人間たちを餌にまだどこにも属していない野良魔族を呼び込むというわけか」
「まぁ、そんなところだ」
そういうことならと、彼らも一応納得は出来た。ただ、逆に金吾はこうも言いつける。
「但し、人間たちに危害を加える奴は俺が殺す。いいな?」
殺気を込めたその忠告を前にしては、魔族たちもこれ以上不満を口にすることは出来なかった。
尤も、言葉だけで従ってくれれば、誰も苦労などしないのだが。
そして案の定、共存一日目で問題が起きた。
修復中の街中で上がる悲鳴。街の一角で一人の魔族が人間を食い殺してしまったのだ。その魔族にある食人の性が、その蛮行を及ばせてしまったのだろう。ただ、正直なところ、金吾はこういう事件が起きることは承知していた。そして、その後の対応のことも決めてあった。
城の面前にある城前大広場。その正面側には人間の群集が、逆側には魔族たちが集まり、中央に用意された巨大な演台に注目していた。その台上にいるのは、取り押さえられた件の魔族。それと刀を手にした金吾だ。
「この魔族は禁を破って人間を殺傷した。従って、これより処罰する。打ち首だ」
それは世にも珍しい魔族の公開処刑だった。このように形式に則って魔族を殺すのは、先代魔王の時代でもなかっただろう。見物に来た人間たちも恐怖より好奇心が勝っているようだ。
「ふざけるなぁ! こんなことで殺されてたまるかぁ!」
下手人魔族が暴れ吼えるも、ルドラーンに押さえつけられて逃げること叶わず。跪かされ強引に首を差し出されると、それに向けて金吾は刀を振り翳した。
「人を食らうのが何が悪い! 俺は魔族だ。これは本能なんだ!」
土壇場になっても己の正当性を訴える様は、命乞いよりは賞せる。されど、裁定者の判断に変わりはない。
金吾が見事な腕でその大きな首を切り落とすと、人間たちもまた大きな声を上げた。恐怖の対象であった魔族の死に溜飲が下がったのか、はたまた魔族を殺せる人間の存在に感動したのか、彼らは自然と喜びの歓声を上げたのである。
「ここにいる全員に忠告する。人間も魔族も殺めること能わず。犯せば、死を賜ることになろう!」
首を掲げた執行人の宣言に、魔族は戦き、人間は喝采した。
この金吾、決して魔族贔屓というわけではない。この男はやはり勇者。人間の味方なのだ。そう感じ取った人間たちは、この悪夢のような魔界において生きる勇気と希望を見出したのであった。
尚、それは間違いだったのだが。
共存二日目。城前大広場にはまたも人だかりが出来ていた。中央の処刑台には同じく刀を手にした金吾が。ただ、下手人だけは違う。
彼の前に縛られて跪いているのは二十歳前後の人間の男。何と、今度は人間が魔族に斬り掛かったのである。金吾が再び群集に言い聞かせる。
「昨日あのようなことが起きたのに、今日もまた同じことが起きた。実にけしからん。言ったはずだ。殺めること能わずと。これより打ち首を執り行う!」
昨日と打って変わって悲嘆する人間の群集たち。救世主のように見えた金吾が、今は悪魔にしか見えないよう。それでも、下手人の上司である老人が弁明しようと進み出てきた。
「お待ち下され。その者は家族を魔族に殺された過去があり、恨みを抱えていたのです。また、相手の魔族は無傷とのこと。今後、このようなことがないよう言い聞かせますので、どうかご勘弁願えないでしょうか」
腰を曲げ、白髪頭を深く下げる。他の人間たちも慈悲を望む眼差しを送っていた。……が、問答無用に刀が振り下ろされ首が落ちると、それもすぐに消えた。
金吾は改めて宣する。
「よいか、この者も昨日の者も処断された理由は殺人罪からではない。俺の命令に背いた反逆罪からである。この小早川金吾は魔王ファルティスの代行者であり、俺の吐く言葉は魔王の言葉なのだ。ここにいる魔族も人間も平等に俺に従う義務がある。それを心に留めておけ!」
金吾の苛烈さは日ノ本でも有名であったが、死後もそれは全く変わっていなかった。
横暴、暴虐、無敵、されど理不尽ではない。だから誰も反抗心は生まれなかった。魔族も人間も、今の彼らにはこの男の癇に障らぬよう振舞うことしか頭になかったのだ。
日ノ本の大名に伏す百姓たちのように。
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