お嬢様曰く「私が好きになるわけがないでしょう?」
権力持つということはいつも本音を隠すということに他ならない。
生まれた時から私の一言は何よりも重く、誰よりも一番に扱われてきた。私の発言によって人生が変わった人はいったい何人になるのだろうか。三条京華はふと思ったが、両手の指で収まらないとわかり開いた手のひらを見つめた。
この手の整備にさえ何人の人がかかわっているのか…。
「どうしましたか?手なんかご覧になって。」
私の思考を止めたこの青年は代々私の家に仕える四宮家の次男の、四宮賢人である。
「いえ、どうもしてないわ。」
「そうですか。」
手の代わりに、紅茶の用意をしている彼の姿に目を移すと、これ以上ない笑顔を見せている。同じ年に生まれ、同じように育ったのにもかかわらず、彼は紅茶を注ぎ、私は注がれるのを待っている。やはり、神様なんていないのではないかとは思わずにはいられない。
「本日は、どのようにして過ごされる予定ですか?」
「特に用はないわ。」
「わかりました。私は部屋に戻りますので、用があればいつものようにベルを鳴らしてください。」
といって彼は、部屋を出た。
いつもと変わらない日常。彼がいる日常。私はきっと彼が好きなんだと思う。私が一番人生を変えてしまった人は彼だ。私がいなければ彼はこんな休日に友達や彼女と遊ぶことだって自由だったはずだ。本当に申し訳なく思っているし、感謝している。しかし、だから好きだということでもない。決して申し訳なさから恋愛感情が生まれたというわけではない。彼の人柄が好きで彼の笑顔が好きなのだ。
でも、こんなことは絶対に誰にも言えない。万が一、両親に知られてしまったら、彼の人生は本当にめちゃくちゃになってしまうだろう。そんなことになってしまうのは私の本意ではない。ただ毎日紅茶を注ぎ、注がれる関係でいいのだ。それが一番いい。
よく、家に異性で同じ年頃の仕えてる人がいるなんて言うと、好きになったりしないのか?なんていう野暮な質問が飛んでくる。どうしてこんなゴシップ的な話題がみな好きなのか…。好きになるにきまってるじゃないか。なんてことは言えないわけで…。
なぜなら、権力を持つということは本音を隠すことに他ならないのだから。
だから私はこう答える。
「私が好きになるはずないでしょう?」