500ml紙パックピーチティー(期間限定)
いつか君をびっくりさせてやろうと、心に決めていた。
「はー、あっつい」
手で自分を仰ぎながら教室に入る。
首にかけたツアータオルで顔を拭うと、お気に入りの柔軟剤の香りがした。
「真理奈おつかれ、今日もぶっちぎりだったね」
「あったりまえよ、次の大会は優勝するから」
「さすが真理奈、カッコイイ!」
教室の窓から私を眺めていた女子たちに応えつつ、手元のビニール袋から紙パックを取り出す。
500ml紙パックピーチティー、泣く子も黙る期間限定大人気フレーバー也。
陸上部の昼練でめいっぱい走ったあとは甘いものが飲みたくなる。
色々試した結果、今私がハマっているのはこれ。
さっぱりしててごくごく飲めるし、ほのかな桃の香りにふわりと癒される。
窓際でおひさまの光を浴びながら飲むピーチティー……至福の瞬間だ。
「はー、おいしー」
「なにそれ、そんなうまいの?」
思わず洩れた声にかぶさったのは、私よりも1オクターブ低い声だった。
横を向くとクラスメートの澤田が目の前にいる。
どきりと跳ねそうになった鼓動を抑えつけ、私は笑ってみせた。
「うん、超おいしい。運動のあととか最高」
「へー、今度買ってみようかな」
何の気なしに放たれたその言葉に私は小さく吹き出す。
なにしろ澤田はラグビー部――そのがたいの良さは折り紙付きだ。
そんな彼が嬉しそうにピーチティーを飲む姿を想像すると、なかなかに可愛らしい。
すると、心の中でいたずらな悪魔がむくりと顔を出した。
「じゃあ、味見させてあげるよ――ほら」
いつも冷静な澤田の驚く顔が見たくて、パックに挿したストローを向けてみせる。
――はいきました、間接キスチャンス。
どうする澤田?
そんな風に余裕の表情でいたら、澤田は予想外の行動を見せた。
「いいの? さんきゅ」
そしてストローをぱくりとくわえる。
――え。
澤田は一口だけ飲み、満足げに微笑んだ。
「確かにうまいわ、俺も明日買おっと。ありがとう」
「……あ、うん……」
私はそれ以上何も言えず俯く。
――えっ……普通飲む?
自分で仕掛けておきながら、まさか澤田が乗ってくるなんて思わなかった。
頬が次第に熱くなってくる。
すると、視界の外から小さな笑い声がした。
「……びっくりしてやんの」
顔を上げると、得意げに微笑む澤田。
つい睨み付けると、澤田は笑顔のまま席に座った。
「――別に?」
私は素知らぬ顔でケータイを取り出し、来月の限定フレーバーを検索する。
今度こそ、澤田の驚く顔を想像しながら。
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
本作は『学校生活』というテーマで書いた作品です。
学校生活、結構幅広いお題なのでどうしようかなぁ……と考えていたところ、ふと思いついたのが紙パックピーチティー。
こちら、リ○トンのシリーズを思い描きながら書きました(バレバレかも知れませんが)
2022年に次々に終売となり衝撃を受けましたが、生き残ったミルクティー以外も今は期間限定フレーバーでたまに復活しているようです(500mlではなく450mlになっているとのことですが……)
部活とか勉強の合間にゴクゴク飲んでいたのが懐かしいです。
お忙しい中あとがきまでお読み頂きまして、ありがとうございました。
【追記】
歌川 詩季さんからイラストを頂きました!
なんと2バージョン! ジャージも制服もかわいいですv
澤田のドヤ顔がいいですね笑。
歌川さん、ありがとうございました。