とってもキュート、時々セクシー
寝支度を整えてルーナがネグリジェを翻しながらベッドに潜り込んだ。レオンハルトは読んでいた本をパタンと閉じる。
「ルーナ、明かりを消すよ」
「はーい」
ルーナがブランケットを肩まで上げてから、枕元に焚いてあったろうそくを吹き消すレオンハルトの腕に抱き着いた。
火が消えて、天蓋に包まれたベッドは暗闇に抱き込まれる。
「レオンのお義父様、いい方だったわね」
「んん……いい方……?」
ルーナの隣に体を横たえて、ひそひそと耳元で囁かれる可愛らしい内緒話にレオンハルトは眉を寄せる。
あの後、レオンハルトとルーナはなんて父と3人で食事を摂ってから帰って来たのだ。
聞いたところによると、この頃義母と父の関係は悪いらしく、義母は今日だけでなく数か月前から家を離れ実家にいるらしい。
それを聞いたルーナが「じゃあおひとりでお食事なんて、寂しいでしょう……」と言った。
レオンハルトは一瞬ルーナの発言に肝を冷やしたが、父はルーナの言葉に怒ることもなく、「そうかもしれんな」と言ったものだから、レオンハルトは泡を吹いて倒れそうになった。
そしてそのまま流れでアイレンブルク家で食事をすることになって……。
実の父に萎縮するレオンハルトとは打って変わって、ルーナはぺらぺらと、あの父におしゃべりを発揮した。
レオンハルトは厳格でマナーにうるさい父がいつか怒り出すんじゃないかとひやひやしたが、父はついぞルーナに怒ったりしなかった。それどころか、ルーナとの会話を楽しんでいるように見えた。
馬車を出してもらい、乗り込む前に父がレオンハルトに言った。
「お前が惚れこむ理由がよく分かった」
「え、あ、……そうですか」
「口下手なお前によく似合いだ。これからも助けてもらうといい」
なぜ僕が助けられる前提なんだ。そう思ったが、何も言わなかった。
「それと……お前の言う通り、あの娘を狙ったのも、きっとリクベルトだろう。用心しなさい」
「……っ!」
やはり……。険しい表情を浮かべるレオンハルトに、父は「これを」と、あるものを差し出した。
古い懐中時計のようだった。
「これは……?」
「お前の母が私にくれたものだ。お前が持っていろ」
「えっ、なぜ……」
父の大事な、母からの贈り物ではないのか。なぜこれをレオンハルトにくれるのだろう。
「お前にいつか受け継ぐつもりだった。大きくなったお前にこれを渡すのが私の夢でもあったんだ。それにアマリアの形見をお前はほとんど持っていないだろう」
手のひらに乗せられた古い懐中時計は、綺麗に手入れされていて、元気に時を刻んでいた。
「……ありがとう、ございます…………」
時計の中から、亡くなった母の声が聞こえた気がした。
――――――
「ほら、やっぱり優しくていい方じゃない」
「……うん、まぁ……。僕はあまり父と話したことがないからよく分からない」
「それに……スタイルもよくて、寡黙で……ハンサムでセクシーだったわ」
「っはぁ?!」
レオンハルトは思わず飛び上がった。ルーナは一体何の話をしてるんだ?!
「君、もしかして食事中ずっと父のことをそんな風に思っていたのか?!」
「えぇ~? そんなことないわよぉ……まぁ、そうねぇ……眼福だったかしら」
「いつにもましてよく喋ると思っていたんだ! まさか父に見惚れていたなんて! 夫の父に……信じられない!」
身を起こし頭を抱える夫を妻はどうどうと宥めるが、夫が取り乱しているその原因はその妻にある。
「レオン、そんなに怒らないで。あなたのお父様だからかっこいいのは当たり前じゃない。レオンも年を取ったらこんな風にセクシーになるのかしら、って思っていたのよ」
「今のレオンがセクシーじゃなくて悪かったね」
「今のレオンはとってもキュート、時々セクシーよ」
「もういい!」
レオンハルトはようやくベッドにもう一度横になると、ルーナに背を向けてブランケットを被った。ルーナが「レオン、怒ったの?」と言って背中にぴとりとくっついてくる。
「ごめんなさい、私の可愛いレオン。怒らないでちょうだいな」
「そんなに父が好きなら父と結婚するといい。父上は義母と仲が悪いようだし」
「それじゃあ、私レオンのお母様になっちゃうわ」
そこは真っ先に「レオンじゃないと嫌よ」と言うところじゃないのか。
「でも……レオンが私の子供なら、とっても可愛がって育てるわ」
「はぁ?!」
本気で父との再婚を検討していそうな声色に、レオンハルトは勢いよく体を反転させて振り返った。
ちゅ。
直後に感じる唇への柔らかい感触。
「……ん?」
「でも、レオンのお母様になっちゃったら、ここにキスできなくなるわね? だから私、お母様は嫌よ。レオンの妻がいいわ」
レオンハルトははぁ~~、と長い溜息をついて、シーツに沈み込んだ。
なんでこんなに振り回されているんだ。さっきまでちょっと、いや、結構本気でルーナの言動にイライラしていたのに。認めたくないが今、キスをされて嬉しくなってしまっている。
「わざとやってるのか?」
「なにがかしら」
ぱちぱち瞬く大きな金色の瞳は、暗い室内に浮かぶ小さな月のようだ。
年上だからだろうか?
恋愛に不慣れなのはお互い様なはずなのに、レオンハルトはいつもルーナの言動や行動に振り回されて、ペースも心も乱されている。
最初は君が僕のことを好きなんだと思っていたのに、いつのまにか僕ばっかりが君のことを好きみたいだ。
「レオンの目に、私が映ってるわ。深い海の……水面がキラキラしてる」
「……きっと月を映しているからじゃないか」
「まぁ」
くすくす笑って、ルーナがレオンハルトの腕の中に潜り込んだ。レオンハルトは悔しい気持ちを押し込めて、ルーナを抱きしめる。さらさらの髪に鼻をうずめると、石鹸のいい香りがした。
面白いと思ったらブクマ、評価等いただけると励みになります!




