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ルーナ、乗り込む


 父は犯人は分からないと言った。母のことを愛していたかと聞いたレオンハルトに答えなかった。本当は犯人を突き止めていたし、母のことを本当の家族になりたいと思ったくらい愛していたのに。どうして僕のことを惑わすようなことをするのか。

 

 母のことを心から愛していたであろう父は、森の中の小さな家で、僕に優しく笑いかけていた。

 だけど、アイレンブルク家にやってきたレオンハルトに、父は笑いかけてはくれなかった。


 興味や関心がないんじゃない。父上は僕が嫌いだったんだ。母様が死んだのは僕のせいだから。


「そうじゃない。どうして私がお前を嫌うんだ」

「だって、嫌っていたじゃないですか。僕をすぐに寄宿学校に入れて、邪見にして……」


 今まで、衣食住を与えてくれるだけでいいと思っていた。己に興味が無くとも、強くて優秀な騎士である父にレオンハルトはひそかに憧れていた。騎士団長の父はレオンハルトを王女に紹介してくれて、そのおかげでレオンハルトは王女の騎士になった。


「もしかして、僕が王女様の騎士になったのも……最初から決まっていたのですか」

「……あぁ」


 父のおかげだと思っていた。父のおかげで王女様の騎士という名誉ある称号を戴けて、それは父のレオンハルトへ対する愛情からだと、そう思っていた。けれど、それも王室が仕組んだことだった。

 

「だが、お前を……」


 父が何か言い募ろうとしたとき、廊下が急に騒がしくなった。


「困ります! そちらは旦那様の……!」

「ここね?! 教えてくれてどうもありがとう!」


 ……ルーナ?


 ぽかん、と口を開けて聞き耳を立てていると、どたばた走るような音と共に、ノックもなしに扉が開け放たれた。


「ごめんあそばせ! こちらに私の夫はいるかしら?」


 大きく開かれた扉の前に立っていたのは、やはりルーナで、その背後には汗をかいて顔を青くしている使用人たちの姿もあった。


「る、ルーナ……?」

「レオン! ここに居たのね?! 探したわぁ!」

「なんで君がここに……?!」

「夕食の時間にも帰って来ないから、何かあったのかと思って……あらやだ、泣いていたの?」

「な、泣いてない! やめてくれ! ち、父がいるから……!」


 ルーナはスタスタとレオンハルトの前までやって来ると、レオンハルトの顔を両手で包み込んで覗き込んできた。レオンハルトは赤い顔で慌ててルーナの手は引き離し、ルーナは「あら」と言って父の方を向いた。


「お義父様、ごきげんよう。お久しぶりにお目にかかります」


 美しいカーテシーを披露するルーナに、父もたじろいでいた。

 いきなり登場して自由気ままに振舞うルーナに戸惑っている。未知の生き物を見る目だ。レオンハルトは父の気持ちがよく分かった。


「ルーナ……僕がいないときに家を出ないでくれと言ったじゃないか。なにかあったらどうするんだ」

「何もなかったわよ?」

「そういうことを言っているんじゃない! 約束したのに、どうして勝手なことをするんだ!」

「勝手なことって……レオンがすぐ戻るって言ったのに、いつまで経っても帰ってこないからじゃない! 体調だって悪いのに……約束を破ったのはレオンの方よ!」

「何……?!」


 たしかに時計を見れば、夕食の時間はとっくに過ぎていた。先に約束を破ったのは、たしかにレオンハルトの方だ。もしかして、レオンハルトをずっと待っていて、ルーナはまだ夕食を食べていないのだろうか。


「もしかして……まだ食事を摂っていないのか?」

「そうよ……だって、レオンといっしょに食べたかったんだもの……」

「ルーナ……」

「体調が悪そうだったのに、ずっと帰って来ないし、私心配だったのよ……」

「そうか……怒ったりしてごめん。僕も君が心配で……」

「いいえ……私も、勝手に家を出てごめんなさい……」


 レオンハルトがルーナの手を握り、手の甲にキスを贈ったとき、コホン。と前から咳払いが聞こえてきた。


「……もういいか?」


 ……あ。父が居たのだった。

 つまり今までのルーナとのやり取りも全部見られて……。


「まぁ、レオン。顔が林檎になってるわ」


 ルーナがくすくす笑う。レオンハルトは居たたまれなさに拳を震わせた。


「……仲がいいことだな」

「父上」

「お前のことを嫌ったことは一度もない。お前が生まれてから今まで一度だって」

「……」

「申し訳なく思っていた。アマリアが死んだのはお前のせいじゃない。私のせいだ。すべて私が勝手で、その上向こう見ずで身勝手で、力がなかったせいだ」


 何が何だか分からないだろうに、ルーナはレオンハルトの腕を掴んで、レオンハルトといっしょに父の話を聞いていた。


「私のせいで母を失ったお前に、どんな顔をしてどんな言葉をかけてやればいいか分からなかった。妻から守るために寄宿学校へ入れた。だがそれは邪見に思っていたからじゃない。ただ、お前を守りたかった」

「僕を……?」

「なぜだか分からないが、王室はお前を一度は連れ去ろうとした。それが失敗に終わると、次は王女の騎士に。何が狙いかは分からなかったが、私の力だけでは王室から守ってやれないと思った。だからお前自身が強くなるべきだと思った」


 だから、僕を騎士にしたのか。レオンハルトは父の真意を初めて聞いた。

 もしかして、父にとって、僕はずっと王室に人質に取られているも同然だったのではないか。


 ――私には守るべき家庭がある。


 あの家庭の中に、レオンハルトは入っていたのだ。


「騎士団に入れば、ある程度は私の管轄でなんとかできる。だが、一番危惧していた魔女との結婚はとうとう覆らなかった……」


 父はちらとルーナを見た。ルーナがびくりと肩を揺らす。レオンハルトはルーナを守るようにルーナの肩を引き寄せ腕の中で抱きしめ父を見た。


「しかし……それも杞憂だったようだ」


 ふ、と父が口元を緩めて笑った。あの父が……笑っている。

 

「レオン、苦しいわ」

「あ、ごめん……」


 腕の中でもがいていたルーナを開放すると、ぷはぁと息を吸い込む音が聞こえた。


「父上、ルーナは……巷で言われているような魔女なんかではありません」

「御託はいい。愛しているのだろう、その娘を」

「あ、あいっ……?!」


 腕の中のルーナがレオンハルトを見上げて「今日は林檎が豊作ねえ」と呟いた。


「お前の妻が何者であろうと私にはどうだっていい。お前がもしも、富や名声、権力とやらを欲しているのであればまた話は別だが……」

「そんなもの、欲しくありません」


 ……いや、嘘かもしれない。

 昔は、ルーナと結婚するまでは、名声が欲しかった。そうすることで王女に見てもらえて、父にも認めてもらえるかもしれないと思っていたからだ。

 

 ずっと、誰かに見てほしかった。誰かたった一人でいいから、レオンハルトを見て、褒めて、愛してほしかった。孤独を慰めて、抱きしめてほしかった。


 だけどもう、レオンハルトは一人ではない。だから、名声はいらない。ルーナを養っていける富やルーナを守る為の権力は必要だけれど、有り余るくらいはいらない。


「ならば離さないように尽力しろ。私には手に入らなかったものだ」

「……はい」


 きっと、母のことを言っているのだろう。

 レオンハルトは腕の中のルーナを強く抱きしめた。


 


 

 



 

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