アルバム
レオンハルトは勢いよくベッドから飛び出した。慌ててクローゼットを開けてジャケットを取り出し羽織る。
「レオン?! どこに行くの?!」
「もう一度実家へ行ってくる!」
「また?! 体は大丈夫なの?!」
「もうすっかり平気だ! 話が終わったらすぐ戻る、だから待っていて」
「わ、わかったわ」
ルーナの横を通り過ぎようとして、やはり一度立ち止まった。
驚いた様子のルーナがぱちぱちと瞬きをする。その顔に自分の顔を近づけて、一瞬のうちに唇を奪った。
「……えっ?!」
「行ってきます」
「あ、え? いってらっしゃい……?」
呆気に取られるルーナを置いて、レオンハルトは駆け降りる勢いで階段を降りた。
馬車に飛び乗り、走り出す直前に窓の外から家を見ると、バルコニーからルーナが手を振っていた。
――――――
アポイントも取らずに急に訪れてしまった為か、父はちょうど不在だった。夜には戻るとのことだったので、レオンハルトはこのまま父を待つことにした。
客間で待たされている間に、レオンハルトはふと思いついて、父の書斎へ入ってみることにした。扉に鍵がかかっていたら諦めようと思っていたのだが……。
「開いてしまった……」
人に見られていないかを確認してから、父の書斎に入った。こそこそとしてまるで泥棒のようだ。
ルーナを襲った男の手がかりを知って、ピンときたのだ。
もしかして、実家にその男に繋がる手がかりがないだろうか? と。
アイレンブルク家は当主の父が騎士団長であることから、王室と密接な関係にある。
レオンハルトが王女の騎士を務めることになったのも、王室との関わり合いがあったからだ。
何か王室勅命の暗殺に関わるような資料はないだろうか? そして、それが出てくるとすれば父の書斎である可能性が高い。
しかし、探せど探せど関係のありそうな文書や手紙は見つからず、半ばあきらめかけたその時。
本棚の一番奥に、古い冊子があるのを発見した。背表紙に日付が書いてあって、アルバムのように見えた。
あの父がアルバムを隠し持っているとは……と休憩がてら興味本位で、レオンハルトはその冊子に手を伸ばした。
「……母様?」
一番最初のページを見てレオンハルトは驚いた。
貼られていた写真に写っていたのは、若かりし頃の母だった。若かりし頃というよりは、幼い頃と言った方がいいだろう。まだ少女の母が、爽やかな笑みを浮かべている。
なんで、父が母の幼い頃の写真を……?
ページをめくっていくたびに、レオンハルトは混乱した。アルバムの中身は、母ばかりだった。母一人の写真は少なく、友人たちと写っていたり、学校での写真なのか集合写真だったり。
その中でも目を引いたのは、時々現れるある男だった。
「父上……か……?」
母と同じくらいの年の男が、母と二人で写っている写真が時々貼られていた。信じがたいが、どうしても父のように見えた。
「どういうことだ……2人は幼少期からの知り合いなのか……?」
知り合い、という枠に収められるような雰囲気ではないが……。
ページをめくるごとに、だんだんと2人が成長していく姿が写真に収められている。似た制服を着ている。同じ学校に通っていたのだろうか。
しかしこの学校は、国内でも有数の名門校だ。母もここに通っていたのか。母は平民だと思っていたが、もしかして違うのか?
同じ制服を着て並ぶ2人は仲が良さそうで、まるで……恋人同士のようだった。
混乱しながらページをめくっていくと、気になる写真があった。思わず目を見開く。ページを持つ手が震えた。
おそらく卒業式だろう。数人が同じ制服を着て写っている写真に、見覚えがある男がいる。その男を見止めた瞬間、背筋にぞくぞくと嫌な感覚が走った。
顔を隠すような長い前髪、覗く陰険な目。どこか虚ろな立ち姿……。
「こいつ……」
レオンハルトはその写真をアルバムから取り外した。じっくりと写真を眺めて、やはりそうだと確信する。レオンハルトはこの男を知っている。母と父と、その他何人かで写っている写真の、一番端にいる男。
こいつは、母を殺した男に違いない。
レオンハルトはこの男の顔を見た。長い間忘れてしまっていたが、この間ついに思い出した。だから記憶は鮮明だ。
そのときちょうど、階下が騒がしくなって、父が帰って来たのだと分かった。
レオンハルトは急いで客間に戻るか一瞬迷って、やはりこのままここで父を待つことにした。
――――――
「勝手に私の書斎に入って何をしている」
開口一番、やはり父はレオンハルトに怒りをあらわにした。
「……父上、聞きたいことがあります」
「お前、先に何か言うことがあるんじゃないか、」
「母を殺した男はこいつです。父上もそれを知っていたのではありませんか?」
父の言葉を遮るなんて、今まで考えられなかった。
けれどレオンハルトは臆さず、父の眼前に例の写真を突きつけたのだ。
「何……?」
「この右端の男です。この男が、母を殺しました。あの夜この男が家に押し入って来て、僕を連れ去ろうとしました。しっかりと顔を覚えています!」
「…………」
「……どうして黙るんですか? ずっと知っていたからではないですか? あの時、犯人は分からないと言ったのに! ずっと知っていたのに、うそをついていたんですか?!」
父は黙り続けた。
レオンハルトはさっきまで見ていたアルバムを取り出してきて、乱暴に父の前で開いて見せた。
「これ、これも! ここにも! 母がいます。その隣にはあなたが! どういうことですか?! あなたと母は、一体どういう関係だったんですか?!」
「……何も聞いておらんのか」
「そうです、母はなにも僕に教えてはくれませんでした。僕は、実の父親はもう死んだとばかり……」
「そうか……アメリアは……私とは、二度と関わらないつもりだったんだろう」
父の口から母の名前が出た。初めてのことだ。
レオンハルトはどこか様子のおかしい父に戸惑った。
「ルーナ……僕の妻が、この間見知らぬ男に襲われました。その男は、きっと王室に関係あると思われます」
「何が言いたいんだ」
「この男も……王室関係者ですね? この男の付けているこの紋章、これは聖28貴族の末端、リクベルト家の紋章ですよね。この男は父上と、それから母様の学友だったのでは?」
「それで? まさかお前の母を殺した男とお前の妻を殺そうとした男が同一人物だとでも言うのか? そんな憶測だけで」
「王室からしか流れないような上等な織物を着て、暗殺に精通している貴族……リクベルト家に当て嵌まります」
リクベルト家とは、貴族社会では密かに王家の犬と呼ばれる貴族だ。王家の意のままに人を暗殺し、闇社会の掃除屋として特別な王命を与えられていると噂されている。
「はっ、闇の貴族か? あんなのは噂の域を出ん。いつまでも子供のままでいるなよ、レオンハルト」
「まだ嘘をつき続けるんですか」
「お前の推理ごっこに付き合ってやるほど私は暇じゃない」
「母を殺した相手を、ずっと野放しにするつもりですか!」
レオンハルトは憤慨した。まともな話し合いにならない。
ルーナを襲った相手と、母を殺した相手、それぞれが同一人物なのではと分かっても、それが父の知り合いだとしても、父は味方になってくれそうにもない。
「もういいです。……失礼しました」
「どうするつもりだ」
「あなたには関係ないことでしょう」
「レオンハルト、忘れるな。お前の主人はナディア王女様で、お前は王室に仕える身であることを」
「…………」
「レオンハルト」
「……母を、殺されてもですか。妻を殺されかけてもですか!」
「犯人は分かっていないと、」
「顔を覚えているんです! 間違いありません。母を殺したのはこの男なんです!」
怒りに震えるレオンハルトの拳を見て、父は小さくため息をついた。
「分かった。……すべてを話そう」
座りなさい。そう言って書斎のソファーを指し示す父に、レオンハルトは固唾を飲みこんだ。




