手がかり
頭痛が落ち着いてきた頃、家の扉がキィと開いた。
「おや、鍵を閉め忘れたかな。お貴族様方、こちらで何を?」
ルーナに支えられながら立ち上がり、振り返った先に居たのは柔和そうな老人の男だった。
「……貴殿はどういったご用事で?」
「わしはこの家の管理を任されとる者です」
「管理……?」
この家はまだ誰かが所有している状態なのか。さらには管理人を雇って管理までしているだと?
「……申し遅れました。僕は以前この家に住んでいた者です。どなたかの所有になっているとは知らず勝手に入ってすみません」
「この家に……? と言いますと、もしやレオンハルト坊ちゃんですかな?」
「なぜ僕の名前を……」
「なに、この家の持ち主は坊ちゃんの父上ですからね。当然知っておりますよ」
「なっ……」
父がこの家を? なぜ? わざわざそんなことをする理由がない。
「坊ちゃんの母上とも何度か会ったことがありますよ。……あれは残念な事件じゃった」
「…………昔からこの家の管理を?」
「えぇ。あのブランコを付けたのもわしです。坊ちゃんがえらく気に入ってくれていたと聞いております」
「あのブランコを……」
つまり、この老人はレオンハルトの母が生きている頃からこの家の管理を任されていたということだ。そしてその手配は父がしたのだろう。
レオンハルトは混乱した。母が生きている間は、この家に住む母とレオンハルトを支援する理由は分かる。しかし母が死んでもなお、この家を持ち続ける理由はなんだろうか?
「あの……ひとつ聞いても良いですか」
「この老いぼれが役に立つのなら何なりと」
「父が……僕の母が生きている間、この家に来たことがあるか分かりますか?」
「あぁ、もちろんありますよ」
レオンハルトはハッと息を吸い込んだ。
じゃあ、さっきの流れ込んできた映像はやはり、レオンハルトの忘れていた記憶ということなのか。
「よくお見えになられてたようですよ。わしも旦那様が坊ちゃんとブランコで遊んでいるところを見ましたよ」
「父が僕と……?」
覚えていない。レオンハルトの認識では、父は母の生前一度もここに来ていないはずだ。父は死んだと思っていたのだから。
いま記憶を洗い直しても、この家には男の客人など来たことがない。客人を父だと気づかなかったわけでも、誰かと勘違いしているわけでもないだろう。
「ありがとう……ございます…………」
呆然としながらレオンハルトは礼を言った。
――――――
老人に別れを告げ、レオンハルトとルーナは王都の別宅に戻った。
レオンハルトを心配したルーナに帰ってすぐベッドに連れて行かれて、身を休めさせられた。
その間にも、レオンハルトの頭の中ではぐるぐると疑問が回る。
一体どういうことだ?
一度も家に来たことがないと思っていた父は実は来ていた。それも頻回のようだ。
老人に確認もとれたことだし、きっと事実なんだろう。
レオンハルトは幼さ故に忘れてしまっていたのかもしれない。
だとすれば、父は母とその息子であるレオンハルトに、なんらかの情があったのではないか?
母のことを愛していないなら、母とその息子にはそんな頻繁に会いに来ないはずだ。
その時ちょうどコンコン、と扉がノックされた。
「レオン、調子はどう?」
「もう平気だよ」
心配そうな顔をしているルーナの手には一通の手紙があった。
「それは?」
「あ、今ちょうど届いたみたいなの。レオン宛よ。どうやら急ぎの報せみたいだから持って来たわ」
ルーナから手紙を受け取り差出人を見ると、屋敷に残してきたメルケンからだった。もしや何かあったのではと急いで封を開け中身を確認する。
「これは……」
「どうしたの?」
手紙の内容は、ルーナを襲った犯人が残していったわずかな手掛かりから見つけ出した、犯人へと繋がる重大な情報が記されていた。
あの日以降、ローレイヒの警察とは別に、レオンハルトの意識がないうちにも使用人たちは独自で犯人の行方を追っていた。
そして見つけ出されたのが、川岸に寄せられていた仮面と、そこに絡まっていた布切れだった。
その仮面は間違いなくレオンハルトを切り裂いた男の被っていたもので、おそらく布切れも男の衣服の一片だろう。レオンハルトは男に斬られる直前、抜いた剣で男の体を一部切りつけていたのだ。
そのときに破れた布が、犯人が仮面を捨てて逃げる時にいっしょに川に投げ捨てられていたのだろう。しかしそんなわずかな手がかりでは犯人を追うのにはいささか不十分だと思われていた。
だが、メルケンからこの手紙によれば、その布切れからあることが分かったという。
「メルケンはなんて?」
「あの布はどうやら特殊な織り方をされているものらしく、既製品じゃなかったみたいだ」
「とても高価なものなのかしら?」
「それも、破れにくく耐火性にも優れている……戦闘用にうってつけだ。幸運だったのが、一部だけだが販売元のロゴが入っていたとかで……」
「戦闘用ということは、レオンも知っているんじゃ?」
「あぁ、もちろん……。この工房は僕も知っているし使ったこともある。だが、この工房は限られた職人が手作業ですべて生地を作っているから非常に高価かつ流通量も少ないんだ。僕も前回の戦争の褒美にいただいたのが初めてで……」
「いただいたって……」
レオンハルトはごくりと唾を飲みこんだ。そうだ。ルーナもきっと同じことを考えている。レオンハルトはゆっくりと顔を上げてルーナを見上げた。
「王宮から、いただいたんだ……」
「それって……」
「ここの工房は王室ご用達で、基本的に王宮にしか卸していない。我々がこの工房の生地を手に入れるためには、王室を介するしか方法はない……主に上位騎士や王族へと献上されている……いわば国営の工房だ」
肝が冷えていくとはこのことだろうか。
つまり犯人は、 王室に関係する者、ということだろうか――――。




