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あの家へ


 王都で迎える朝は騒がしい。

 人の話し声、馬車の車輪が石畳の道を走っていく音。小鳥が囀る声や散歩中の犬の鳴き声。 


 南部の田舎でのゆったりとした静かな朝に慣れきってしまった耳では、この喧騒はうるさく感じる。この家が大通りに面しているせいもあるだろう。


「ううーん……」

「ルーナ、起きた?」

「んん、起きたわ……おはようレオン……」

「おはよう。騒がしくて起きたのだったらごめん。大通りに面してるせいで……」

「どうして謝るの? 人の気配が感じられて朝から賑やかで楽しいじゃない」

「けど、のどかな場所で育った君には少し王都はうるさすぎるのでは? この家も狭いし」

「あら、田舎育ちだとバカにしてらっしゃる?」

「まさか!」


 レオンハルトが慌てると、ルーナは悪戯が成功した子供のような顔でくすくす笑う。


「冗談よ。私、このお家とても気に入ってるわ。レオンとずーっとこうしてくっついていられるし」

「なっ……」


 ぴと、と体を寄せられて、レオンハルトは顔をぽっと赤らめた。


「あら? 久しぶりね、林檎のように可愛いレオン」

「最近は色々あってそれどころじゃなかったから……」


 王女が南部騎士団に現れて、ルーナとの仲が拗れそうになったり、誤解が解けたと思った途端に斬りつけられて生死を彷徨ったり。


 体が治ってからは夢のことばかりが気になっていたし、レオンハルトを斬りつけた犯人を探したりと色々忙しく、ルーナとゆっくりする時間もなかった。


 だけど、昨日は久しぶりにルーナの温もりを感じられて……。


「どうしたの?! 顔がどんどん赤くなっているわよ?!」

「な、なんでもありません……」


 驚くルーナをよそに、情けなくも顔を赤くして汗をかくレオンハルトであった。


――――――


 ルーナの頭がこてんと肩にもたれかかる。くぅくぅ寝息を立てるルーナの膝からブランケットが落ちそうだったので、それを掛け直した。


「よく寝てるな……」


 王都へ向かう汽車の中でもよく寝ていた。やはり慣れない移動で疲れているのだろうか。


「ん……寝てたわ……」


 もぞもぞ起きだしたルーナがくぁ、と小さく可愛らしいあくびを漏らした。


「もう着くよ」

「あら本当? まぁ……! なんて綺麗なところなの」


 ルーナが窓の外を見て目を輝かせた。

 馬車で2時間ほど揺られ、レオンハルトとルーナはある場所を目指していた。


 窓の外では王都にはないたくさんの木々が流れていく。

 やがて到着したのは、森の中にひっそりと佇む小さな村だった。


「ここがレオンの育った村ね!」

「まぁ、5歳のときまでしかいなかったからあまり覚えてないけど……」 


 場所もうろ覚えなので困ったものだ。

 比較的広い道に馬車を置いて、ルーナと共に森の中へ入る。


「たしかこの辺りだと思うが……あ、あれか……?」


 子供の頃の記憶を頼りに進んでいくと、昔住んでいたと思しき小さな家があった。

 小さな庭の木にブランコが取り付けられている。


「ブランコがあるわ! きっとあそこよ!」

「……まさか本当にまだあったとは……」


 昔住んでいた家に行ってみたいと思う。

 そう言ったレオンハルトに、ルーナは目を輝かせて「私も行くわ!」と言った。


 ルーナならきっとそう言うと思ったが、実際にポジティブな反応を目の当たりにすると嬉しかった。しかしそれと同時に不安に襲われた。


 まだあの家はあるのだろうか……?


 アイレンブルクに引き取られてから間も無く寄宿学校に入れられて、卒業後は騎士団に入団し、戦争に行き……昔住んでいた家を気にかける暇がなかった。


 父が、レオンハルトと母が住んでいた家をどうしたかは不明だが、とっくに壊されたりもしくは他の人間が住んでいたりしてもおかしくはなかった。

 少なくとも壊されてはいないようだ。


 ほっと胸を撫で下ろしつつ、記憶のものよりもずいぶん古びてしまった木の門戸を開けて、思い出のブランコの横を通って、コンコンと玄関の扉をノックした。


「……誰もいないのかしら?」

「えぇ。窓から家の中を見るに……住んでいる様子もなさそうだ」

「入っちゃいましょうよ」


 大胆なルーナの言葉にそれはいい考えだと頷いて、

レオンハルトは扉を開けてみることにした。


「……開いてる」

「ラッキーね!」


 軋む木の扉を開けた。目の前に広がった室内の様子にハッと息を呑む。

 家の中は、あの頃のまま時が止まってしまったように、何も変わっていなかった。


「……あの頃のままだ…………」


 呆然としながらレオンハルトが一歩室内に踏み入れた瞬間、レオンハルトの頭がズキッと急に痛んだ。


「うっ……!」

「レオン……?」


 立っていられないほどの痛みだ。激しい痛みが頭全体を襲って、目眩と吐き気がした。レオンハルトは思わずその場にうずくまる。


「レオン?! レオン、どうしたの?! 大丈夫?! 頭が痛いの?!」 

「うっ……はぁ、はぁ……っ」


 頭が痛い。割れそうだ。まずい、あまりの痛みに意識を失いそうだ。

 ズキズキと痛み続ける頭を抑えていると、目の前が揺れて朧げになっていく。


『レオンハルト』


 突然、誰かに名前を呼ばれた。

 誰だ? ルーナ以外にここには誰も……。


『大きくなったな』


 知っている。この声は……


「父上……?」


 そう呟いた瞬間、頭の中にまるで濁流のように大量に映像が流れこんできた。


『レオンハルト、大きくなったな』


 恰幅のいい男が幼いレオンハルトの頭に手を置いて髪を撫でた。

 レオンハルトは人見知りをして、すぐに男の手から逃げてすぐそばにいた母の後ろに隠れた。


『レオンハルトったら、父様が怖いのかしら?』

『人見知りをしているんだろう。成長している証拠だ』


 男は怒るでも悲しむでもなく、自分を避けるレオンハルトを見てハッハと笑った。

 ……父だ。今よりも少し若く雰囲気も柔和だが、間違いなくレオンハルトの父がそこにいた。母と笑い合って、この小さな家で……。


「どうして父上が……」


 父は母とレオンハルトが2人で暮らすこの家に来ていた……?

 それに、母はレオンハルトの目の前で「父様」と言っている。


 どういうことだ。これはなんだ? 夢か? 幻か? レオンハルトの願望なのか?


 それとも……これも、忘れていた記憶なのか……?



 


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