父
汽車に揺られること3時間。眠りこけていたルーナを起こして、キングルノー駅で降りた。
ほとんどの乗客がこの駅で降りたため、駅構内は人で溢れ返っている。
「ルーナ、寝ないでちゃんと歩いて」
「んん〜……」
長時間の移動に慣れていないルーナは早々に体力の限界を迎えたのか、途中からずっと寝ていて、未だに眠たそうだ。
使用人達と合流し、あとは馬車に乗るだけなのだから、そこまではちゃんと歩いて欲しい。
「馬車で寝ていいから」
「んー……」
ふらふらしているルーナを支えながら馬車乗り場まで歩いていると、誰かがタッタッとこちらへ駆けてきた。
「ルーナ! ……と、レオンハルト様!」
「……また君か」
急ぎの様子でカイが元気よく駆けてきた。
「ん……? カイ……?」
「はは、ルーナ寝てたのか? 寝癖がついて……」
ルーナの髪へと触れようとしたカイの手を、レオンハルトは間髪入れずにバシッと振り払った。
「妻に勝手に触れないでもらえるか」
「す、すみません……」
幼馴染と言えど、ルーナは仮にも貴族の、それも人妻だ。カイのルーナへの態度は馴れ馴れしすぎて苛々が募る。
「カイ……? 私眠いの……またねぇ……」
ルーナはむにゃむにゃとそう言ってレオンハルトの腕に捕まってもたれかかってきた。
「レオン……早く馬車に行きましょう……」
「……そういうわけだ。じゃあな」
「あ、はいっ! また……」
カイは、立ち去るレオンハルトとルーナの後ろ姿をずっと見ていた。
そんなカイの様子をちらりと見ながら、レオンハルトはルーナの肩を抱き寄せる。
「わざとだろう?」
「何がかしら?」
馬車の中で2人きりになった途端、そう聞いてみたけれどルーナは楽しそうにうふふと笑うだけだった。
と言いつつ、嫉妬してることに気付かれていたんだろうな。
なんとなく気恥ずかしくて、レオンハルトは窓の外へと視線をやって誤魔化した。
――――――
王都にある別宅をルーナは気に入ったようだ。
ローレイヒにて2人が住んでいる屋敷よりかは、ずいぶん手狭だが、レオンハルトが王都にいる時住んでいた邸宅だ。レオンハルトにとっては慣れ親しんだ家である。
「素敵だわ! 可愛いわ!」
「気に入ってもらえてよかった。ローレイヒの屋敷よりかはずいぶん狭いけど……少しの間だけ我慢してくれ」
「いいえ、ローレイヒの屋敷は少し広すぎるくらいだもの。これくらいでちょうどいいわ。レオンはここに住んでいたのよね?」
「えぇ、まぁ」
寄宿学校に入れられてからは、たまの帰省で帰ってくるのもここだった。
アイレンブルク家の本家には、なにか用事がない限りはあまり行かないようにしていた。義理の母の機嫌を損ねないように。
レオンハルトが本家に帰らなくても父は何も言わなかった。レオンハルトに興味なんてなかったのだろう。
だからレオンハルトも、父にも家にも寄り付かなかった。だけど、今回はそういうわけにもいかない。
「僕はこれから本家に行ってくるけど……何かあればメルケンに言って。街へは僕がいないときは出ないで。それから……」
「来客があっても対応しないこと。そうでしょう?」
「……完璧だ」
レオンハルトはルーナに近寄って、細い体をぎゅっと抱きしめた。ほのかに香る石鹸の香りを吸い込むと、心が満たされていく気がする。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
ルーナの唇に自分の唇を押し当ててから、レオンハルトは到着したばかりの邸宅を後にした。
――――――
「坊ちゃん、おかえりなさいませ」
滅多に会わないが知らないわけじゃない使用人達が次々挨拶をしてくる。
「あぁ、母上は?」
「奥様はお出かけになられました」
……僕に会いたくなくて出かけたか。
こちらとしてもそれはありがたかった会わないで済むならそうしたい。今日は兄も商談で屋敷を空けていると聞いている。
レオンハルトは一直線に2階へと向かって、ある部屋の扉をノックした。
「父様、僕です。レオンハルトです」
中から低い声で「入りなさい」と返事があった。
ごくりと唾を飲み込んで、レオンハルトは扉を開ける。
結婚式以来会っていない父が、書斎の執務机で本を広げていた。
レオンハルトがおずおずと中へ入ると、本をぱたりと閉じて、視線をレオンハルトへ向ける。
昔からこの、射抜くような鋭い眼光が苦手だった。
未だ現役で騎士団長を務める父の圧に怯みそうになる心を鼓舞して、レオンハルトは口を開いた。
「ご無沙汰しております」
「本当にな。田舎にすっこんで以来、一度も顔を見せんとは」
「申し訳ありません。忙しかったもので」
「ふん。なんとでも言えよう」
そっちだって、別に会いたくなかっただろうに。なんなら、存在すら忘れていたんじゃないのか。
「それで、急に顔を出したと思えばなんだ? 話があると?」
「はい、今日はお忙しい中お時間を作っていただき……」
「御託はいい。さっさと言え」
「……はい」
拳をぐっと握る。わずかにその拳が震えた。
この為に来た。この時の為に、わざわざルーナまで連れて王都までやって来た。なのに……。
今更になって、これを言うのが怖いだなんて……!
「どうした。早くしろ。私は忙しい」
「……っ母の」
母、とレオンハルトが口にした瞬間、父が固まった。……ように見えた。
レオンハルトは拳を強く握りながら、すぅと息を吸い込んで吐いた。
「母の、最期は……病死ではなかったのではないですか……?」
「なに……?」
「母は、誰かに殺されたのではないですか?」
夢で見た母の残虐な最期。あれが本当なら、現実なら……。
「そして、それを手引きしたのは……父様、あなたではないのですか……?」
父が顔をこわばらせて、目を剥いた。相当驚いているようだった。
レオンハルトはそんな父の顔を初めて見たと思った。
疑惑が確信に変わっていく。
母を殺した男は、レオンハルトを見て連れていこうとしていた。
母を殺して、レオンハルトを連れ去ろうとする理由。
それは犯人にとって母が邪魔な存在で、目的がレオンハルトだったから。
母を殺した者は、只人ではなかった。あれは殺しを仕事にしている者の腕だ。だから、母を殺すよう依頼した者がいたはずだ。
そして母が邪魔でレオンハルトを必要とする者。思い当たる節は1人しか居なかった。
「お前は何を言っているんだ」
「誤魔化さないでください! 思い出したんです……幼い頃の記憶を! 母はたしかに、僕の目の前で誰かに殺された……! そしてそれは、あなたが手引きした者のはずだ!」
「出鱈目もほどほどにしろと言っているんだ」
「母はあなたにとって邪魔な存在だった! 違いますか?! いつ私生児がいることを世間に公表するかも分からない、息子を材料に揺すってくるかもしれない、正妻を刺激するかもしれないと!」
父がぐっと言葉に詰まった。図星だと言っているようなものだ。
「あなたの正妻は国内でも有数の高位貴族だ。もし離縁なんかになれば損をするのはあなたの方ですよね? だから口封じを兼ねて殺したのではないですか? そして幼い僕は、あなたの血を引いている。兄にもし何かあったときの保険として生かしておくことにしたんでしょう」
頭に血が上っているのは自分でもよく分かっている。だけど溢れ出る感情を抑えられなかった。
母の死の真相が知りたい。その一心で、ここまでやって来たのだから。
一気に言葉を捲し立てた後、部屋にシン……と沈黙が落ちる。
「ハハ……そうか。私を疑うか、ハハ」
「何がおかしい?!」
「……レオンハルト。お前の言う通り、お前を産んだ女は病気で死んだんじゃない。殺されて死んだよ」
「じゃあ……」
「だが、それを手引きしたのは私じゃない」
父がまっすぐ、あの射抜くような目でレオンハルトを見ていた。それは嘘偽りなど言っていれば出来ないような目で……。
言葉に詰まるのは、今度はレオンハルトの方だった。




