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秘密の結婚式


 レオンハルトは震える背中にそっと手のひらをおいて、なるべく優しく、その背中を撫でた。


「……僕は、ルーナがくれたものを数えて、好きとは何かを学びました」


 ルーナの体は冷たかった。一体ルーナはこの教会でなにを思って過ごしたのだろう。一人きりの夜はきっと長くて、冷たいものだったんじゃないだろうか。


「生まれて来なければよかったなんて言わないでください。僕は、ルーナがいなければ好きがなんなのか知らなかった。やっと分かったばかりなんです……まだ、まだ何も返せていないけど……君にもたくさん、渡したいんです……」


 ルーナの背中の震えが止まったかと思うと、ルーナが急にむくりと起き上がった。

 そして肩にかけてあったストールを頭に被って、ぐるぐる顔に巻いてしまう。


「……何をしてるんです?」

「大泣きしちゃったんだもの。酷い顔だから隠してるの」

「はぁ……」


 包帯男みたいになったルーナに、レオンハルトは戸惑いながらも「あの……」と声をかける。


「レオン、私ね」

「は、はい」

「お父様のことを忘れていたわ。最低ね」

「はい……?」

「生まれて来なければよかったなんて。お父様の前では死んでも言わないわ」


 レオンハルトはルーナの屋敷に行った時と、式の時にだけ会ったルーナの父親のことを思い出した。

 彼はルーナのことを心底愛していて、ルーナはその父に恩返しがしたいと言っていた。ルーナの明るさや愛嬌は、あの父がいたから培われたのだと思う。


「……あなたに甘えていたわ」

「え?」

「あなたの前なら、めちゃくちゃなことを言って困らせてもいいと思ってしまったみたい。年上なのに恥ずかしいわね」

「それは……こんなことを言ったら怒るかも知れませんが……頼ってもらったようで、嬉しいです」


 日頃可愛い可愛いと言われて年下扱いを受けている分、頼られた時の嬉しさはピカイチだ。

 そんな状況ではないと分かっていても、喜んでしまう。


「レオンに好かれたくて、いい子のふりをしていたの」


 包帯男のまま、ルーナが言う。レオンハルトは目をパチパチ瞬かせながら黙って話を聞いた。


「本当は私、もぉっとわがままで、怒りっぽくて、暴力的なの」

「…………」


 たしかに。と思ってしまったことがバレたら、もう一度ぶっ叩かれるだろうか。


「でもあなたに好かれたくて、いい子のふりをしたわ。優しい年上の妻を演じたわ。あなたが好きだったの。冷たくされても突き放されても、どうしてか分からないけれど、どうしようもなくあなたが好きだったの」


 王女のことを好きだった頃のレオンハルトは、ルーナに心を開かないように、絆されないようにと距離を取るのに必死だった。


 ルーナが魔女ではなく、普通の少女だと気付きたくなかった。見て見ぬふりをして、認めたくなかった。


 存在意義が、価値が無くなると思った。

 王女の為に生きてきて、これからも生きていくのに、魔女に絆されて好きになってしまったら、レオンハルトという人間の価値は無くなってしまうのだと。


 だけど、そのルーナがいたから。ルーナがレオンハルトだけを見て、何度も手を伸ばしてくれたから。

 自分にも価値があるのではないかと思えた。


「……でももう、嫌いになってしまったでしょう?」

「……え?」

「ここ、誰にも見つからないと思ったのよ。まさか女神に嫌われている魔女が教会にいるだなんて思わないでしょう? だけど、一番にレオンは見つけてくれた。最低だと思ったけど……本当に腹が立ったけど、私、あなたが好きなの……」

「ルーナ……」

「でも、怪我までさせて……嫌われちゃった……」


 掠れた声が、か細くなっていく。

 レオンハルトは思わずルーナをその場で抱きしめた。


「嫌いになどなっていません! 僕は君が好きだと言ったでしょう……! 今度こそ、今度こそ君を守ります! 誰が何と言おうが、僕は君を離しません!」


 力強く抱きしめると、ルーナの腕がレオンハルトの背中に回った。それはレオンハルトのものよりうんと細くて小さくて、あのごつい燭台を投げた腕とは思えないほどだ。


「……もう一度言わせてもらえますか」

「? ……なにを?」


 レオンハルトは体を離して、包帯姿のルーナの顔を見た。隙間から金色の目が驚いた表情を覗かせている。


「僕と結婚して下さい」


 口に出すのは初めてだ。前は求婚状を出したらよい返事をもらえたからそれきりだった。

 今度は本当の気持ちでちゃんと口に出して言いたかった。


 ルーナは目を大きく開いて、「……はい」と小さく返事をした。


「……ストールを取りますよ?」

「えっ嫌よ! 不細工だもの!」

「綺麗だから大丈夫です」

「でも」

「……君を嫌いな女神の前で、誓いのキスがしたいんですが」

「……目を瞑るならいいわ」

「え? 僕が?」


 無茶なことを言われている。

 レオンハルトは目を瞑らずに、ルーナの顔にぐるぐる巻かれているストールを剥ぎ取った。

 ルーナは「あっ」と非難するような声を出したがお構いなしだ。


 やがて現れたルーナの顔は、少し赤くなった瞼が痛々しかったが、やはりとても美しかった。


 金色の目が潤んでキラキラ光っている。頭から被ったストールがまるで、新婦が被るベールのようだった。

 女神と月だけが見守る中、レオンハルトはルーナに誓いのキスをした。

 

「秘密の結婚式みたいね」


 そう言ってルーナは笑った。


――――――


「ねぇレオン」

「何ですか?」

「レオンも辛かったわよね。ひとりで抱えさせてしまってごめんなさい」

「……え?」


 教会から屋敷へ戻る帰路での会話だった。

 唐突にルーナがそんなことを言い出すものだから、レオンハルトはランタンを思わず落としそうになる。


「王宮と私とで、板挟みだったでしょう。これからは全部話してちょうだいね。話してくれてさえいれば、嘘だってつけるし演技だってできるし、あなたを理解できるもの。信じているからたとえ何が起きても平気よ」

「……ありがとうございます」 

「あなたが私を守ってくれるように、私もあなたを守るわ」


 だから大丈夫よ。そう続けて、ルーナは笑った。


 ルーナは強く逞しい。これではいつまで経ってもルーナに敵わないじゃないか。

 強くならなくてはいけない。ルーナを守れるように、ルーナとずっといっしょにいられるように。


 ――そう誓ったのに。


 レオンハルトとルーナが歩く背後、それまで感じられなかった気配が急に現れて、レオンハルトは剣に手をかけながら後ろを振り返った。


 相手が持っていたのが燭台ならまだ良かった。その相手がルーナならもっと良かった。


 だけど違った。相手は剣を持っていて、仮面を付けた男で、レオンハルトが振り返った時にはすでに剣を振りかぶっていた。

 剣先はルーナへと向けられていた。


「ルーナ!」


 剣を抜くのがあと一歩間に合わなかった。

 左肩から右わき腹まで、一瞬のうちに切り裂かれた皮膚からぶしゃっと血が噴き出した。

 

 ルーナを庇った男に斬られたレオンハルトは、そのまま地面に倒れ込んだ。


 


 

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