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ルーナ、反撃


「ルーナ! ルーナ! どこにいるんですか! ルーナ!」


 レオンハルトは真っ暗な森の中で妻の名を叫んでいた。


 王女と話が付き、急いで屋敷へ帰るとルーナがいなかった。

 着替えを終えて、湯浴みの準備をしている一瞬の隙にいなくなってしまったそうだ。


 屋敷の中をくまなく探したがルーナはおらず、外に出て行ってしまったのではないかという結論に至った。


 申し訳ありませんと青い顔で頭を下げるハンナやメルケンに対して、レオンハルトは何も言えなかった。

 使用人達のせいじゃない。僕のせいだ……。


 南部は全体的にまだまだ田舎で、レオンハルトの屋敷から街へは馬車を使っていくしかなく、屋敷の周りには自然豊かな田園風景や森が広がっている。


 馬車や馬を使った形跡もないことから、ルーナは森に入ったのだろう。

 森の中で迷ったり、万が一野犬や浮浪者に襲われでもしたら……。


「早く見つけないと……」


 時間が過ぎていくほど、嫌な想像ばかりしてしまう。

 屋敷の使用人たちのほとんど総出でルーナを探しているが、未だルーナが見つかったという知らせは入ってきていない。


「ルーナ! ルーナ! お願いです! 出てきてください!」


 レオンハルトの声に返事をするのは梟の鳴き声だけ。……そう思ったときだった。

 誰かがレオンハルトを呼んだ気がした。


「……誰だ?」


 声がしたわけじゃない。だけど、懐かしい感覚。姿も見えないし、声も聞こえない。その誰かに呼ばれているという気がした。


「……こっちなのか?」


 暗い森の中、遠くの方で何かがきらりと光った。

 根拠はなにもないけれど、こっちにルーナがいるんじゃないかという、確信に近い予感がする。


 道なき道をレオンハルトは進んだ。

 頼りになるのは手元にあるランタンと、遠くできらりと光る不思議な灯りだけ。


 生い茂った草木を掻き分けながら無我夢中で進んだ。

 一体どれくらいの時間、歩き続けただろう。息を切らしたレオンハルトの前には、古くて大きな教会のような建物が現れた。


 人がいた形跡のなく、朽ち果てるのを待つだけのようなその古い教会の、ステンドグラスが月の光に反射してきらりと光った。


「……この窓が光っていたのか」


 この中にルーナがいるという確証はないが、レオンハルトは教会に入ってみることにした。

 扉に手をかけて開けると、木が軋んで音がする。相当古い建物のようだ。


 中を見渡したが、誰もいなかった。

 森の木々で遮られていた月明りが、ステンドグラスから入り込んでいて、中は思ったよりも明るかった。

 教会の周りだけ森が拓けているおかげだなと思いながら、コツコツと靴を鳴らして中に教会内に入っていく。


 聖堂には大きな光の女神の像が前方中央にあって、その前に左右に分かれて木のベンチが並んでいる。

 その間の通路を通って、女神像の前までやって来た。


 どうしてこんなに立派な教会が、人々に忘れ去られるように朽ちているのだろう。


「……いないか」

 

 根拠もなくここにルーナがいると思っていたが、あてが外れたようだ。帰ろう。

 そう踵を返した時だった。何者かがレオンハルトの後ろから、殺気を放って振りかぶろうとする気配を感じたのだ。


「……っ誰だ……なっ?!」

「きゃあっ!」


 ガシャーンッと大きい音が鳴った。


 床に転がっているのは立派な造りの燭台だ。これで襲われそうになったのだ。


 しかしレオンハルトが驚いたのは、その燭台を見たからではない。燭台を持っていたのが、ルーナだったからだ。


「ルーナッ?!」

「痛いわぁ……」


 急に振り返ったレオンハルトが燭台を振り払った反動のせいか、ルーナは地面に尻もちをついていた。

 誰もいないと思っていたのに、隠れていたのか!


「何をしてるんです……っ!」

「誰か分からないから、強盗かと思ったの……」

「探したんですよ! ほら、僕の手に掴まってください」


 ルーナが見つかった喜びと、ルーナに襲われそうになった驚き。黙って屋敷を抜け出したことへの怒りや心配。


 全部がぐちゃぐちゃにひとまとめになりながらも、レオンハルトは冷たい床にしゃがんでいるルーナに手を差し出した。なんだかこれデジャブだな、と思いながら。


 しかしルーナが手を伸ばしたのは、レオンハルトの手ではなく、床に転がった燭台であった。


「……ルーナ? っあぶな……」


 床から持ち上げられた燭台が、レオンハルトの頬すれすれを泳いでガシャーン! と床に落ちる。

 ひゅんっ、と心臓が縮まった。ルーナはなんと、燭台を拾い上げてレオンハルトに投げつけたのだ。


「なんで避けるのよ!」

「そりゃ避けるでしょう!」


 バクバク心臓が弾けて飛び出そうだ。あと数ミリずれていたらダイレクトに顔に当たっていた。


「別に当たったって死にはしないじゃない」

「な、な……っ?! 何のつもりですか?!」


 さっき「強盗だと思った」って絶対嘘だ! 最初から僕だと分かって攻撃してきたんだ!


「こっちの台詞ですわ! 一体全体どういうつもりで顔を見せにいらしたの?!」

「妻がいなくなったから探しに来たんですが!」

「その妻の目の前で他の女性とキスをしていたじゃない!」

「ちがっそれは!」


 レオンハルトが近付こうとすると、ルーナはするりとそれを避けて、聖堂の奥へと駆けた。


「ルーナ、待ってください!」


 追いかけるレオンハルトに、ルーナはどこからかまた新しい燭台を手に持ってレオンハルトを威嚇する。


「どこからそれを?!」

「この女神像の裏にあったわ!」

「そ、そうですか……危ないのでそれを下ろして……あれは違うんです、ちゃんと説明しますから!」

「違うって何よ! 近付かないで! 近付いたら本当にこれで頭をぶつから!」


 ルーナが構える燭台は、3本も蠟燭が立てられる銀製のもので。あれで頭を殴られたらかなり痛いだろう。レオンハルトをごくりと唾を飲みこんだ。


「わ、分かりました……。ここから話します。ルーナ、あれは違うんです。ルーナのところからは、僕たちがキスをしていたように見えたかもしれませんが……僕はあのとき咄嗟に手で口を覆いました! だから、王女の唇が触れたのは僕の手のひらなんです! 断じて、キスなんかしていません!」


 そう、あのとき。ナディア王女にキスをされる、と瞬時に理解したレオンハルトは咄嗟に手の甲を口元へと持ってきた。

 ルーナはレオンハルトの背中側から見ていたので、2人がキスをしているように見えただろう。


「……そうなの?」


 ルーナの燭台を構える手が、少し緩むのを見た。レオンハルトはほっとしながらうんうんと頷いた。


「そうです。僕は王女様とキスしていません。だから……」

「えぇ、そうね。だったら私、屋敷へ帰るわ」

「ルーナ……!」


 ルーナが燭台を構える手を脱力させて、だらりとさせる。レオンハルトはぱぁと顔を輝かせ、ルーナの元へ駆け寄った。


「……なーんて、言うわけないでしょ?!」


 ゴッ、と鈍い音がした。骨に硬くて尖った物体がぶつかる音だった。

 ぐらりと視界が揺れる。その後には、涙が出そうなほどの痛みがじんじんと左頬から目元を襲った。

 

 ……油断した。


 ルーナに燭台を至近距離から投げつけられ、顔面を負傷したレオンハルトはその勢いのまま、後ろへ倒れこんだのだった。


 


 

 


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