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拒絶


 あの後、立ち尽くしているレオンハルトとルーナは2人を探しに来た部下に見つけられ、馬車に乗せられて兵舎へと帰った。


 馬車の中でレオンハルトはルーナに「ルーナ、あの……」と話しかけたが、ルーナは返事をせずに、窓の外を見ていた。


「副団長! 無事でよかったです。また落雷があったようですから心配してました」

「落雷? 火事は起こっていやしないだろうか」

「団長の指示で近辺を見て来ましたが大丈夫そうでした!」


 次々に兵士達がレオンハルトとルーナを取り囲んで、レオンハルトに話しかけてくる。


「ならよかった。妻に羽織るものをくれないか、雨に打たれてしまって……」


 レオンハルトがそう言うと、シン――と急な沈黙が落ちた。


「……? おい、何をしている」


 近くにいた兵士に適当に声をかけると、なにやらバツが悪そうな顔をしてから「了解です」とリネン室へ走って行った。


 ふと、妙な違和感を感じる。レオンハルトとルーナを見つめる兵士たちの視線が……いや、レオンハルトではなく、ルーナに向けられる視線だけが、どこか変だ。


 ルーナがここへ来るのは初めてではない。

 初めてここへ来た時は皆奥様奥様とルーナの後をついてルーナを慕っているように見えた。

 なのに、そのときの和やかな雰囲気などまるでなかったかのような……。


 何だ……この、どこか張り詰めた雰囲気は……。


 ルーナはルーナで、無表情に視線を落とし、まるで人形にでもなったみたいに直立している。


 渡されたリネンで髪を拭きながら、同じように体や髪を拭くルーナに声をかけようとしたとき、踊り場に誰かが慌てた様子で出て来た。


「レオ……! おかえりなさい!」

「……っナディア様」


 レオンハルトの名を呼んだナディア王女が階段を駆け降りて来る。レオンハルトの元へ――。


「心配したわ。落雷があったのよ。大丈夫だった?」

「大丈夫です。あの、ナディア様……」

「大変! レオ、びしょ濡れじゃない。ちゃんと拭かないと風邪を引いてしまうわよ」

「僕は自分でできますので……」


 ナディアが、レオンハルトの首にかかっていたリネンを手に取ってレオンハルトの髪を拭こうとする。

 後ろにルーナがいると言うのに、何を考えているんだとレオンハルトは内心焦りながらナディアを止めようとした。


「……あら?」


 ナディアが何かに気付いたように動きを止めた。視線はレオンハルトのすぐ後ろ――ルーナへと刺さっている。


「……魔女さんもいっしょだったのね」

「ナディア様……っ!」


 レオンハルトは思わず非難がかった声をナディアに浴びせたが、ナディアはそれを意にも介さずに、ぴとりとレオンハルトに体を寄せた。


 そしてひと言、ぽつりとこう呟いたのだ。


「レオ……怖いわ……」

「な……っ」


 ルーナの目の前で、ルーナを魔女と呼び、挙句「怖い」とまで言ったナディアか信じられなかった。また、それと同時に周りのことが気になった。


 ここではクラウス団長以外、誰もルーナのことを王都の「魔女」だと知らないのだ。

 ナディアのせいで変に勘付かれたりでもすれば……。


 焦りながら部下達を見回した。

 レオンハルトとナディア、それからルーナへ向く視線。その目の色。


 それらを見て、レオンハルトはさっき感じた違和感の正体に気付いてしまった。


 ――こいつら、ルーナが魔女だとすでに知っている。


 直感でそう分かった。ルーナへ負ける視線、妙な態度。原因はそうとしか考えられなかった。

 嫌な雰囲気だ。ルーナは何もしていないのに、まるで処刑前の大罪人を見るようじゃないか。


「おや、奥方じゃないですか」


 緊迫した雰囲気を壊してくれたのは、急に現れたクラウス団長だった。


「レオンハルトの執務室の前にこれが落ちてましたよ。ルーナ夫人が持って来て下さったんでしょう?」


 そう言ってクラウスが掲げたのは書類の入った封筒だった。


「あ……それ、僕が屋敷に忘れた書類……」


 ルーナが気づいて、持って来てくれたのか。だからルーナは兵舎にいたんだ。


「……ごきげんよう、クラウス団長様。そうですの。私、それを届けに来ただけですの。だから、もう帰りますわ」

「おや、そうですか。せっかく会えたのに残念ですが、またすぐお会いできますよね。おい、従者を呼んでやれ」


 クラウスがそばの兵士に声をかけて、兵士はルーナの従者を呼びに走る。


 ここで帰していいのか……? 

 いや、でも……ルーナとてこんな雰囲気の中からはすぐに抜け出したいに違いない。それに……。


 レオンハルトはちらりと、自身の背中に隠れるようにぴとりと張り付いているナディアを見た。

 レオンハルトの視線に気が付いたナディアはニコリと柔らかくレオンハルトに笑いかけてくる。


 ここにはナディアがいる……。レオンハルトはルーナを庇ったり、ルーナの肩を持つことができない。ナディアに怪しまれるかもしれないからだ。


 下手に何か言うことも、動くこともできないまま、ルーナの従者がやって来てルーナが馬車へ戻ろうとする。


「王女様、妻の見送りに行って来ますので離してください」

「あっ、レオ……!」 


 遠くなっていく背中を見ていると、我慢が効かなくなった。

 レオンハルトの服の裾を掴むナディアの手を振り払うようにしてルーナを追いかける。

 

「ルーナ!」


 馬車へ乗り込もうとしていたルーナが振り返る。


「……なにかしら」

「後で……後で全て説明する。だから……待っててくれ」

「…………」

「屋敷に帰ったら早く着替えて暖かくして、風邪を引かないように」


 ルーナはレオンハルトをじっと見つめてから、ふいと視線を逸らした。


 馬車にそのまま乗り込んでしまったルーナと、下で突っ立っているレオンハルトを従者が困ったように交互に見つめる。


「……出してくれ」


 早く帰らないと、濡れた服でルーナの体が冷え切ってしまう。

 屋敷に帰れば、話せばきっと大丈夫。大丈夫なはずだ。


 そう思っていた。

 王都へ戻るナディア王女を見送り、仕事を早く切り上げてすぐ屋敷に帰るまで。


 屋敷に帰ったレオンハルトを、青い顔をしたメルケンとハンナが出迎え、「ルーナがいない」と聞かされるまで――。




 

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