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嫉妬と言うらしい


 バザーを見た後は、露店を見て回ったり、パフォーマンスを見たりした。

 楽しそうなルーナの横顔を見ながら、レオンハルトはずっと心の中でカイのことを考えていた。

 

 レオンハルトだって今日を楽しみにしてきたはずなのに、どうしてかつまらなく感じていた。

 全部カイのせいだ。あの男が現れて、ルーナが嬉しそうに笑うから、レオンハルトがうまく笑えなくなる。


「レオン、脚が疲れちゃったわ」

「あぁ、気付かずすみません。どこかで休みましょうか」

「レオンの執務室に行きたいわ」

「花火の時間には少し早いですが、もう祭りはいいんですか?」

「えぇ、人の多さにも少し疲れちゃったし……」


 ぼうっとしていて、ルーナが疲れているのにも気付くことができなかった。

 レオンハルトは反省しながら、ルーナを連れて執務室へ向かう。


 道中抱き上げましょうかと提案したが、「レオンがアンドリューだとバレてしまうわ」とよく分からないことを言われて断られた。


 ルーナを執務室に案内してから、飲み物を買いに階下へと降りている道中、アンドリューというどこか聞き覚えがある名前が誰の名前なのか思い出した。ルーナが読んでいた恋愛小説のヒーローの騎士の名前だった。


「ルーナ、お待たせしました」

「ありがとう」


 買って来たドリンクルーナに渡す。窓側に向けたソファーに並んで座ると、ルーナがずいと距離を詰めて来た。

 腰にルーナの体が触れて、内心でどぎまぎしてしまう。ルーナがドリンクをテーブルに置いて、レオンハルトの顔を見上げた。


「……なんでしょう」

「どうしたの?」


 質問に質問を返されて、レオンハルトは戸惑いながらルーナを見下ろした。


「どうしたとは……」

「なんだか今日、レオンはずっと上の空。体調が悪いの? 何か悩み事?」

「……いや、大丈夫です。何ともないので……」


 あなたとカイのせいです、とは言えなくて視線を下におろしてしまう。手の中のドリンクをひょいと取り上げられて、空いた手をルーナに握られた。


「ルーナ……?」

「……怒ってるの?」

「え……僕がですか?」

「だって……全然楽しそうじゃないんですもの。私は……レオンに祭りに誘っていただいて、今日のことをとても楽しみにしていたのに……レオンは違ったの?」

「僕だって……! 楽しみにしていましたよ。なのにルーナが……」


 あ、まずい。

 思わず口元を手で覆ったが、すでに放ってしまった言葉が帰ってくるわけでもない。


「私? 私がなに?」

「いや、何も……」

「何もないわけないじゃない! 私が何かしたのね? 私のせいなのね? 理由を教えてちょうだい」

「違うんです、君のせいじゃなくて僕が勝手に……あぁもう……」


 こんなはずじゃなかった。今日は綺麗にドレスアップしたルーナと祭りを楽しむ予定だった。ルーナを喜ばせたかった。なのにルーナを悲しませている。

 

 胸の内がもやもやとして、うまく笑えなくて、楽しいと思えなくて、かと思えば急に腹が立って……まるで自分の感情がコントロールできない。こんなことは今までになかった。感情を抑えて飼いならすことは得意だったはずなのに、どうして……。


「レオン、教えて。お願いよ。訳を知らないと何も言えないわ」

「……鬱陶しいと思ったりしませんか」

「思うわけないわよ」


 言いたくない。

 本当の理由を言って、ルーナになんて思われるかが分からなくて怖いから。このまま何も言わずにだんまりを貫くか、なんとか誤魔化すかしたかった。

 

「レオン、ねぇ、お願い」


 けれど、ルーナの声でその言葉を紡がれたら、レオンハルトはノーを言えなくなるのだ。

 

「…………カイは、君の何なんですか」

 

 前髪をぐしゃりと潰しながら、唸るように声をひねりだした。

 ええいままよ、ここまで来たらすべて言ってしまうしかない。

 

「カイ?」

「今日……楽しげに話していたじゃないですか。幼馴染だと言うけれど、彼は料理人で君は貴族じゃないか。どうやって幼馴染になれると? それに彼は君が来る前から僕に、大切な女性がいてその人を追いかけて来たと言っていた。それは君のことでは? カイと君がただならぬ関係にあったとしたら、僕は君たちの障害なのでは?」


 一気に言い切ってからはっとしてルーナを見ると、ルーナはレオンハルトの勢いに圧倒されたようにぽかんと口を開いて呆けていた。

 つい感情的になってしまった。もしかしたらルーナを怖がらせてしまったのではないか。

 

「ルーナ……すみませ、」

「……嫉妬しているの?」

「えっ……」


 次はレオンハルトが呆ける番だった。

 

 ルーナがカイと楽しそうに話しているところを思い出すと胃がムカムカする。

 カイの熱い視線や、ルーナに向ける笑顔を思い返すとなぜか無性に苛立って、ルーナの驚いた顔や「カイ」と呼ぶ声を思い出すとやたらに落ち着かなくなって……。

 

 あぁ、ルーナの言う通り、これは嫉妬だ。それに気が付いた瞬間、かぁっと耳が熱くなるのを感じた。


「…………そうかもしれません」

 

 恥ずかしい。まるで子供みたいに嫉妬なんかして、ルーナを困らせてしまった。男の嫉妬が醜いという定説があるが、その通りだと思う。自らの心の狭さを露呈するなんて、みっともない人間のすることだ。

 

「ルーナ、すみません……」

「どうして謝るの?」

「みっともないところを見せてしまって……」


 レオンハルトは言いながら、はぁとため息をついて項垂れた。そんなレオンハルトの肩に、ルーナがこてんと頭を乗せて、体を寄せてきた。ルーナの温かい体温を感じると、少しだけ心が落ち着いていく気がする。

 

「もっと見せてほしいわ」 

「……え?」

「レオンのみっともないところ、全部見せてほしいわ。どんなレオンだって好きなんだもの」

「……僕は嫌です……」

「どうしてよ?」

「好きな女性には、かっこいいところだけ見せておきたい……」


 ルーナが黙った。

 急に訪れた沈黙を不思議に思ったレオンハルトが横を見ると、奪うように不意にキスをされた。

 

 外にはたくさんの人がいたのに、まるで時が止まったかのような静けさが二人を包む。驚いて目を閉じる暇もない。ルーナの長いまつ毛が、窓から差し込む月の光に透けてキラキラと光っていた。


 ルーナがゆっくりと顔を離して、何も言えないでいるレオンハルトにふっと微笑んだ。はっとするくらいの美しい笑顔だ。

 

「レオンが可愛すぎて、キスしちゃったわ」

「またそうやって可愛いと言う……」

「いいじゃない。私しかこの可愛いレオンを知らないんだもの。嬉しくてつい」

「嬉しいんですか……?」


 こんな、醜くて恥ずかしい感情が?

 目の前の美しい人にとっては、嬉しいものなのか?


 レオンハルトが信じられない、という顔をしてルーナを見ると、ルーナはくすくす笑いながらこくりと頷いた。


「あのね、カイは屋敷で働いていたシェフの息子なの。年が近かったから、よくいっしょに遊んでいたわ。私は友達もいなかったし、あまり外にも出なかったから、カイは使用人の子だったけれど友達のように過ごしたの」

「だから幼馴染と……」

「えぇ。でも、レオンが思うような関係ではないわよ? カイはご家族の都合で屋敷を離れて、そのあと一切連絡も取っていなかったんですもの。カイに対して恋愛感情のようなものは抱いたことがなかったし……本当にただのお友達ね」

「そうだったんですか……」

「安心した?」


 とても安心した。それと同時に、どれだけ自分がルーナのことを好きでいるのかということを思い知った。

 ルーナが好きだ。好きで、好きで、どうしていいか分からないくらい。みっともなく嫉妬して、かっこ悪くなって、かっこいいと言われたいのに可愛いと言われてしまうくらい。


「……君が好きなんです。こんな、みっともない嫉妬をしてしまうくらい……」

「レオン、私、あなたが思うよりあなたのことがとっても好きなのよ」


 花火が上がった。それでも二人は、窓の外ではなくお互いの顔ばかり見つめていた。


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