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幼馴染


 星祭りの前日、ルーナは鏡の前でドレスを合わせながらあぁでもないこうでもないと思案していた。


「どれがいいかしら?」

「どれもお似合いですよ」

「それじゃ全然決められないわ!」


 ルーナは嘆くが、レオンハルトから見れば本当にでどれも似合っているのだから選びようがない。


「レオンの好みのものを着たいのよ」

「……」


 レオンハルトはぐ……と唸って顔を赤らめながら、さんざ迷った挙句、黄色いドレスを選んだ。


「黄色が好きなの?」

「黄色が好きというか……君の瞳の色が好きなんです」

「大変……レオン、まさかあの本を毎晩ひっそり読んでいるの?」

「よっ……読むわけないでしょう!」


 そんなやり取りをした翌日、レオンハルトはいつも通り出勤して、午後屯所にやって来るルーナと合流して祭りを楽しむつもりだ。


「じゃあまた後でね」

「えぇ。いってきます。また後で」


 内心浮かれながらルーナに手を振るその頃レオンハルトは分かっていなかった。

 まさか後で、祭りにルーナを連れてきたことを後悔することになるなんて……。


 ――――――


 幹部会議を終えて時計を見ると、16時30分だった。

 ルーナとは17時に待ち合わせをしているから少し早い。しかし、それまで特にすることもないので、レオンハルトは少し早いが外でルーナを待つことにした。


 祭りの設営はすっかり終わっていて、まばらに人がもう入って来ていた。

 露店が色々出ているのを見ると、花祭りのことを思い出す。あのときもルーナは黄色のドレスを着ていた。

 

 あの頃のレオンハルトはルーナのことを警戒していて、失礼な態度もたくさんとっていただろうに、ルーナはずっと笑顔で接してくれていたのだから頭が下がる。

 

 それにあの時、ルーナはレオンハルトを庇うためにリチャードに立ち向かって、その後馬車で大泣きしたのだ。

 ルーナの涙のきっかけは確実のレオンハルトの失言によるものだ。それを思い出すと、ぐさりと後悔が胸に刺さった。


 ルーナの涙を見た時、レオンハルトは初めてルーナが人間なのだと実感したのだ。思えば、あの日からルーナを見る目が変わった気がする。

 

 嬉しかった。ルーナがレオンハルトを庇ってリチャードを殴ったこと。レオンハルトの母の話を聞いてくれたこと。


 よく考えたら、レオンハルトは嬉しかった気持ちをちゃんとルーナに伝えられていない。ちゃんとあの時のお礼と、これまでの非礼を詫びなくてはいけない。

 

 レオンハルトは屯所内の時計台を見た。ルーナとの待ち合わせまであと15分ほどだ。


 ルーナはレオンハルトが選んだ黄色のドレスを着てくれるだろうか。花祭りのときとはまた違うデザインだったけれど、あのドレスを着たルーナはきっと綺麗だ。でもルーナは何を着たって綺麗だから……


「あれ、レオンハルト様?」


 無表情でありながらも心の内で妻のことをあれこれ考えていたレオンハルトは、後ろからかけられた声にはっとした。


「……エミリーさん、こんにちは」

「やっぱりレオンハルト様だわ!」


 後ろに立っていたのはエミリーで、その隣にはカイがいた。またこのコンビか。

 

「こ、こんにちは」

「どうも」


 どこか妙にそわそわした様子のカイに挨拶を返すと、堰を切ったかのようにカイが一気に話し出した。


「お、俺、レオンハルトさんのこと前から知ってて! 王都の騎士団にいるときからファンで!」

「えっ……」

「まさかここでお会いできると思ってませんでした! お会いできてすごく嬉しいです! よかったら握手してくれませんか?!」

「あ、あぁいいですよ」


 カイの勢いに圧倒されながらも手を差し出すと、カイは顔を輝かせて両手でレオンハルトの手を握った。


「うおおおこれが英雄の手……!」

「レオンハルト様さすがですぅ」

「は、はは……」


 まさに大型犬だ。だが同性にそこまで言われて悪い気はしない。レオンハルトは驚きつつもカイに好感を持ったので、話しかけてみることにした。


「元々南部にずっといらっしゃったんですか?」

「あ、いえ、幼い頃に住んでたんです。家庭の事情で一度離れたんですが、どうしてもまた会いたい人が居て……その人に会いたくて戻ってきました」


 照れ臭そうにそう語るカイの隣で、エミリーが「えっ」と口を開けて驚いていた。


「か、カイさん……その方って、男性……?」

「あ、いや……女性です……」


 恥ずかしそうにするカイの隣で、エミリーの顔色がどんどん悪くなっていく。

 カイはそれに気付いていなさそうだった。


「その女性には会えたんですか?」

「あ、いやそれが引っ越してしまったみたいで……このあたりに引っ越したとは聞いたんですが……」

「へぇ……熱烈ですね。わざわざ追いかけてくるなんて」

「あはは、ストーカーみたいで恥ずかしいですが、どうしてもまた会いたくて……幼馴染みたいな存在なんですど、大切な女性なんです」


 そう語るカイの目は慈愛に満ち溢れていて、あぁこれはエミリーに勝ち目はなさそうだなと思った。

 しかしこれでカイとエミリーがくっつく心配もなくなったし、兵士たちの士気がダダ下がりすることも避けられるだろう。


 ちょうどそのとき、後ろから馬車が近付いてきた。

 ルーナかもしれないと振り返ると、たしかにアイレンブルク家の馬車で、レオンハルトはカイと放心しているエミリーに「失礼」と挨拶をしてから馬車に駆け寄った。


 馬車が止まって中から現れたのは、昨日レオンハルトが選んだ黄色のドレスを身に纏ったルーナだった。


「レオン! 待ったかしら?」

「いいえ。今来たところです」


 さらりと嘘をつきながら手を差し出すと、ルーナの細い指先が手のひらに乗せられる。ゆっくりと馬車を降りたルーナの、綺麗に着飾った姿を見てレオンハルトは心臓がドキドキした。

 

「ルーナ、とてもきれ……」

「……ルーナ?!」


 レオンハルトの声を打ち消すほどの大声が、少し離れた位置から二人に浴びせられた。


 レオンハルトとルーナはどちらも驚いてばっと顔を振り向かせる。すると、先ほどまでレオンハルトと談笑していたカイがこちらに駆けてくるではないか。


 なぜカイがルーナの名を知ってるんだ? しかも、呼び捨て?


 ルーナはカイの方を見ながらぽかんと呆けていた。何が何やら分かっていないのはルーナも同じらしい。


 カイはレオンハルトとルーナの目の前で立ち止まると、ルーナのことを至近距離から見下ろしてまじまじと見つめた。

 レオンハルトがそれに割って入ろうかと思ったその刹那、カイが「やっぱり……!」と絞り出すような声を出した。


「ルーナだよな?! 俺、俺だよ! カイだよ!」

「……カイ? うそ……あのカイなの?」

「そうだよ! あぁ、ルーナ! ずっと会いたかった! ずっと探してたんだからな!」

 

 カイはもう泣きそうな勢いだった。ルーナはレオンハルトの手に置いていた指先を口元まで持ってきて、目を見開いて「信じられない」と呟いた。

 

 ……なんだ? 何が起こっている?

 まさか、まさかだが、カイが先ほど言っていた女性がルーナなのか?


 幼馴染で、大切な女性で、その女性を追いかけて南部に来たと言うカイの探していた女性が、ルーナ……?

 

 


 

 

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