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卒業しました


 レオンハルトとルーナは手を繋いで、レオンハルトの寝室へ向かった。


「レオンの寝室に夜入るのは初めてね。なんだか探検みたいでワクワクするわ」

「昼も夜も置いてる物は変わりませんよ……」


 そういえばルーナと結婚した当初は、ルーナがよく部屋に突撃してきたものだった。

 しかしあのルーナの懸命な歩み寄りがなければ、こうしてルーナと手を繋いでいっしょに寝室に向かうこともなかっただろう。


 ……ルーナが諦めないでくれてよかった。

 

 きゅ、と手を強く握ると、ルーナがレオンハルトを見て「なぁに?」と言った。


「いえ……寒くないですか?」

「平気よ。レオンは?」

「僕は……暑いくらいですね」

「あら、本当?! 大変、氷枕でも持ってきた方がいいかしら?!」

「あ、いえ……平気です。そのうち収まるかと……」


 暑いのはルーナと手を繋いでいるからだし、ルーナと一つの寝室へ向かっているからだった。


*


「ベッドが大きいから、2人入っても全然狭くないわね」

「あぁ、それはよかったです……」


 もぞもぞと、隣で布ズレの音がする。

 レオンハルトの隣に、ルーナが寝転んでいる。同じベッドで、すぐ隣に。


 虫の鈴の音だけがかろうじて聞こえる夜の寝室は、こんなに静かだっただろうか?

 この部屋に存在しているどんな音よりも、自分の心臓の音が大きい自信があるとレオンハルトは思った。


「よかったかしら?」

「え?」


 仰向けの状態で、目だけをルーナが寝転ぶ方向へ動かした。

 ルーナは体を横向きにして、レオンハルトをじっと見ていた。レオンハルトの感じる暑さは収まらず、背中にじっとりと汗をかいている。


「狭い方がよかったわ」

「あ、え……え?」

「レオンにくっつけるから」

「る、ルーナ……?」

「あの本みたいなこと、してくださらないの?」

「え?! いや、その、僕はそんなつもりではなく、」

「嫌なの?」

「い、嫌とかではそういうことではないんですが……」


 ルーナがじっと金色の目を光らせて、レオンハルトを見つめる。

 レオンハルトは真っ赤になりながらぐぅと唸って、ついに観念して、本心を吐露することにした。

 この金色の前では、自分はあまりにも無力だ。


「……お恥ずかしながら、僕は閨での振る舞いについてのちゃんとした教育を受けていません……まったく知識がないわけではないのですが、その……」

「……怖いのね?」

「…………はい」


 怖い。ルーナに失望されることが怖い。貴族なら受けていて当然の教育を受けていないのは、僕があの家のちゃんとした家族ではなかったからだ。


 今更ながら、それが浮き彫りになって、ルーナにガッカリされてしまうのではと怖くなってきた。


「……素直に言えていい子ね。大丈夫よ、怖くないわ」

「僕がちゃんとした貴族であれば、」

「私はあの日やって来たレオンが貴族でなくとも、きっと結婚していたわ」

「え……」

「私はあなたがたとえ貴族でなくても、平民でも、果てには犬に生まれてたって、あなたを愛していると思うの。……不思議ね?」

「……人間でないのは嫌です」

「どうして?」

「君と結婚出来ないから」

「まぁ……本で読んだの?」

「違いますよ」


 ふは、と笑ったレオンハルトの腕に、ぴっとりとルーナがくっついてきた。柔らかくて、温かった。

 あいも変わらず緊張したけれど、もう恐怖はなくなっている。レオンハルトは身を起こして、ルーナに覆い被った――。


――――――――

 

 朝、コンコンと扉をノックされる音で目が覚めた。


「旦那様、おはようございます」


 メルケンの声だ。まだ眠気に微睡みながら、寝返りを打とうとして、ハッと気付いた。

 ……ルーナは?!


 勢いよく起き上がり後ろを見ると、ろくに衣服を纏っていないままのルーナがすやすや寝息を立てていた。


「可愛い……」


 いや、見惚れている場合じゃない。

 ルーナの姿を認めて、レオンハルトは大慌てで扉に向かって叫んだ。


「めっ……メルケン! 今日は着替えの手伝いはいいから! 着替えてから朝食に向かう!」


 扉の向こうから「かしこまりました」と聞こえ、足音が遠くなっていく。ふぅ、と冷や汗を拭っていると、ルーナの目がゆっくりと開いた。


「んー……おはよう、レオン……」

「……おはよう」


 昨日、僕はルーナと……。

 めくるめく回想にぽうっと惚けていると、起き上がったルーナに頬にちゅっ、とキスを送られて、レオンハルトはより一層とろとろに溶けてしまった。


「あら、大丈夫?」

「大丈夫です……その、幸せだなと…………浸っていました」

「ふふ、私も幸せよ」


 ルーナの膝に頭を乗せて、腕でぎゅうと薄い腹を抱き込むと、頭を撫でてもらえた。

 あぁ、幸せだ。多分、人生で今が一番幸せだ。……いや、一番は昨日の夜か? いや、昨日の夜も今も、全部一番幸せだ……。


「私はあなたの頭をずっと撫でていたいんだけれど……お仕事はいいのかしら?」

「……はっ」


 いけない。浮かれすぎていた。

 レオンハルトは勢いよく顔を上げたせいでルーナを驚かせた。


「すぐに着替えます……あ、君の服がないですね……すみません、昨夜はそこまで気が回らず……」

「あなたの着替えを手伝った後で侍女に持って来てもらえばいいじゃない! すっかり私も忘れていたわ」


 ルーナはレオンハルトの着替えを手伝う時、終始機嫌が良さそうだった。「なんだか奥様って感じがするわね」だそうだ。嬉しそうなルーナを見ると、レオンハルトも嬉しかった。


 レオンハルトは先に廊下に出て、なぜかすぐそばにいたハンナにルーナの着替えを……と言おうと思ったら、もう腕に着替えを抱えていた。

 かろうじて言えたことは、「食卓で待っていると伝えてくれ」だった。


 ハンナはにこりと笑うと「かしこまりました」とレオンハルトの部屋に入っていく。なんだか、嬉しそうに見えた。


 食卓へと向かう中、メルケンにも会った。何か言われるかと思ったが、メルケンは何も言わず、普段通りのメルケンだった。――ハンナ同様、なんだか嬉しそうな点を除いて。 


 ルーナといっしょに眠ってよかった。レオンハルトとルーナの仲が良いと、他の人間も嬉しそうにする。それはなんだか、レオンハルトにとっても嬉しいことだと思った、


――――――


 演武場で鍛錬をしていると、団長が様子を見に来た。ちょうど休憩にすることにして、鍛錬を切り上げて団長の元へと駆け寄る。


「おつかれさまです」

「よぉ、レオンハルト。なんだか今日はいつにも増してキレッキレだなぁ?」

「そうでしょうか?」

「おう。まさか昨日の今日で童貞でも卒業したか?」


 わはは、と思春期の子どもを笑うよくない大人に、レオンハルトはぽぽ、と頬を赤らめるだけだった。


「……へ? まさかお前……」

「……卒業しました」


 ぽぽ、とさらに顔を赤らめるレオンハルトに、団長は「はぁーーー」と長いため息を落とす。


「どうされました?」

「違うんだろうな、生きてるスピード感ってやつが、若者はよ」

「……?」


 他の下士官達によると、その日一日中、クラウス団長はどこか疲れた表情で、レオンハルト副団長はやけにツヤツヤして顔色が良かったらしい。


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