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いっしょに眠りませんか


 今晩から、いっしょに眠りませんか。

 

 そのたった一言が言えずに、ついに寝る時間になってしまった。


 まず、屋敷に帰ってルーナが出迎えてくれた時に言おうかと思った。しかし、メルケンやハンナがいたし、他の使用人たちも見守る中でそんなこと言おうものなら、どんなことになることやら――。


 ただでさえ最近は、ハンナを筆頭に他の使用人や侍女長にメルケン、シェフやフットマン、果てには庭師にまで、ルーナといると生暖かい目で見られるのだ。

 

 帰宅後、メルケンから1日の報告を受けるときに、ルーナの様子はどうだったかと聞くたび微笑まれるし、ルーナと裏庭にいるとハンナは必ずブランケットを持ってくる。


 しかしいくら照れ臭いと言っても、もしルーナといっしょに眠るようになったら、使用人たちにそれを隠し通すのは不可能だ。第一に使用人にレオンハルトはルーナをちょ、ちょちょ寵愛……しているのを示すために同衾するのだから、隠すのならいっしょの眠る意味がない。いや、あるのだが、大いにあるのだが……。


 そもそも、ルーナはレオンハルトの提案を断る可能性だってあるのだ。……え? 断られる? ルーナに……?


 想像すると悲しくなった。考えてみれば、ルーナに何かを断られたり、拒絶されたことなんてこれまでほとんど、どころかまったくなかったのでは……。


 ルーナは夫婦なのだからいつでも会いたいときに会っていいし、抱きしめたいときに抱きしめていいと言ってくれた。キスだってしていいと。なら、いっしょに眠るのもいいのではないか……?


「いや、でも……」


 執務室で、机に向かってうーんうーんと唸っているレオンハルトの目の前には、件の恋愛小説が鎮座している。


 内容に衝撃を受けすぎてしまったせいで、エミリーの友達に渡すのを忘れてしまっていた。明日その友達とやらに渡さなくては……。

 世の女性というのは、みんなこういう読み物を嗜んでいるのだろうか……?


 本を睨みつけていると、コンコンと扉がノックされた。

 メルケンだろうかと思い、「どうぞ」と返事をする。しかし、現れたのはルーナだった。


「っルーナ?!」

「レオン……眠れないの? 今日、帰ってから夕食の間もずっと難しい顔をしていたわ。もう夜も遅いのに、執務室に明かりもついているし、心配になって……」


 寝着姿のルーナが、レオンハルトの方に近付いてくる。知らず知らずのうちに心配させてしまっていたらようだ。申し訳ない反面、気にかけてくれたことが少し嬉しい。レオンハルトは立ち上がってルーナの正面に立った。


「すみません心配をかけてしまって……ルーナ?」


 ルーナと視線が合わない。不思議に思ったレオンハルトは、ルーナの視線の先を追った。すると、ルーナの視線はレオンハルトの執務机の上、に……本だ!!


「うわぁっ! る、るるルーナ、これは、そのっ!」

「……私の?」

「ち、違います! ルーナのものを勝手に読んでいたわけではなく! 兵舎で借りたんです!」

「兵舎で……? そう……」


 ルーナは不思議そうな顔をしていたが、なんとか納得させられたようだ。ふぅ、と小さく息を吐いていると、ルーナの口から次の爆弾が落とされた。


「読んだのかしら?」

「えっっ」

「読んだのね?」

「う、ぐ……」


 顔が熱くなっていく。本の内容を思い出してしまった。

 真っ赤になってしかめっ面をしているレオンハルトを見て、ルーナがぷっと噴きだした。


「やだ! どうして私じゃなくてレオンが照れているの?! おかしいわ!」


 あはははとお腹を押さえて笑い出したルーナに、レオンハルトはしかめっ面のまま黙っていた。ルーナは笑い過ぎて目の端に涙さえ溜めている。


「でも分かるわ。びっくりしちゃうわよね。私も流行っていると聞いたからハンナに貸してもらったのだけれど、読んでみて刺激の強さに驚いたわ」

「そうでしたか……」


 それを聞いて、レオンハルトは内心ほっとした。レオンハルトと同じ感想だったことが分かってよかった。


「その本のことで悩んでらしたの?」

「あ……いや、ルーナが熱心に読んでいたので気になって……ひょっとして、ルーナはこういうのに憧れがあるのかと……」

「もしそうだと言ったら?」

「え"っ? ……それは、できる限りのことは……」


 ……するのだろうか? できるのだろうか?

 また本の内容を思い出して汗が噴き出してきた。


「んふ、ふっ……ごめんなさい、冗談よ。それで?」

「じょ、冗談……? いや、クラウス団長に相談したら、童貞でもないのにと……。でも僕は、経験がなかったので正直にそう言いました。そうしたら、団長はゆっくりでいいと仰ったけれど、僕は一応貴族であるし、義務を果たせていないなと……」

「ほうほう、そうなのね。それで?」

「団長が貴族の奥方は当主の寵愛によって屋敷での立場が決まると仰るので、それは大変だと思い、その、こ、行為……はまだ早いにしろ、いっしょに寝るのはどうだろうかと思ったんですが、なかなか君に言い出せず……」

「それで難しい顔をしていたのね?」

「はい」


 ……あれ?

 促されるがままに、すべて言ってしまった。途中、ルーナ本人に言うべきではないことすら言ってしまった気がする。


「私のことを想って、気を揉んでいてくれたのね。でも大丈夫よ、私はこの屋敷の使用人たちに尊重されて大事に扱われていると感じるわ」

「そうですか……」


 安心したとともに、少し惜しい気持ちにもなった。

 では、別にルーナにはレオンハルトとともに寝る必要はないのだ。


「でも、それとこれとは別に、寵愛をいただけるならいただけるに越したことはないとも思ってるわ」

「あ、で、では……?」

「ずっと私に言いたかったお誘い、今してくださる? ちょうど、誰もいないことだし」


 にこりとルーナが笑った。

 あぁ、情けない。妻にこんなにおぜん立てしてもらって、ベッドに誘う夫のなんたる情けないことやら。


 ルーナに年下扱いされるのを好まないつもりだったが、こうして甘え切っているのはレオンハルトの方だった。ルーナの言う通り、男女の年の差はたとえ一歳でも大きいのかもしれない。


「……いっしょに眠りませんか。ルーナが良ければ、これからずっと……」

「えぇ、眠りましょう」


 ルーナが快諾してくれた瞬間、腹の底からじわじわと喜びが湧き上がるのを感じた。嬉しい。胸がポカポカして、無性にルーナに触れたくなった。


「……キスをしても?」

「もちろん」


 ルーナがレオンハルトに抱き着いて、顔を上げた。目を閉じて、ん、と口を突き出すのが可愛くて、レオンハルトはひっそりと笑った。白い頬に触れて、頭を屈めてそっと唇を落とす。

 最近は、顔の角度を変えるとうまく唇が重なることに気が付いた。

 

 本の中のヒーローほどスマートではないし、むしろ情けないし、ロマンチックでもないかもしれない。

 しかし、あの本を読んでいるときよりもよっぽど、現実の方がドキドキするとレオンハルトは思った。

 

 

 

 


 

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