ぎくしゃくなデート
春が過ぎ、夏になった。
ある日の朝食で、ルーナは今度舟遊びに行くんだとウキウキしていた。
舟遊び……。したことがないな。
でも、僕は泳げるからルーナがもし水に落ちてしまっても助けてやれるぞ。と、静かにカトラリーを動かしていたレオンハルトは次のルーナの一言で「えっ」と大声を出してしまう。
「だから今度の日曜日は家を空けるわね!」
「えっ」
「? レオン、どうしたの?」
「あ、いや……その」
……まさか、その舟遊びとやらに僕は行かないのか?
ルーナは不思議そうな顔で首を傾げている。レオンハルトはだんだんと羞恥心に襲われてきた。
誘ってもらって当然だと思っていた己を恥じたのだ。だって、花祭りもピクニックも、ルーナはいつもレオンハルトの意思に関係なく強制的に参加させられたから。今回も無理矢理連れて行かれるのは当然だと思っていた。
「……いや、なんでもない……です」
カトラリーを握りしめながらレオンハルトはハッと気づいた。
その数々のイベントを経て、もしかしてルーナは気付いてしまったんじゃないだろうか。レオンハルトと出かけても、面白くないと――。
まるで雷が落ちたかのような衝撃にレオンハルトは固まった。
そういうことか? もしくは、レオンハルトではない相手と舟遊びをするとか? まさか浮気?!
「……奥様。旦那様はお誘いにならなくていいんですか?」
「え? あぁ、毎年舟遊びはハンナと行っていたから……」
「……」
僕は邪魔だと?
じっとりとした視線をルーナに送れば、ルーナはレオンハルトをちらと見て、うふふとはにかんだ。
「レオンが来てくれたら、もっと楽しくなるわね。レオンさえよければ、いっしょに舟遊びに行かない?」
「……お邪魔でなければ」
「あら? 本当? レオンは舟遊びなんか行きたくないとおっしゃるかと思ったのよ! 嫌がられるかと思ったわ!」
「嫌がってほしかったんですか?」
「いやね、そんなわけないじゃない。もしかして私が誘っていなかったから拗ねてらっしゃるの?」
「なっ……!」
「レオンは可愛いわねぇ。可愛いレオンの為に舟遊びデートのコーディネートを考えなくっちゃ!」
い、言い返せない。 それにまた可愛いと言われてしまった……。
黙ってパンをちぎっていると、先ほどレオンハルトに助け舟を出したハンナと、その他使用人たちが皆同じような表情でにやにやと笑っていた。
なんだその生温かい表情は……。
――――――
ルーナは舟遊びデート用に、と色味やデザインがレオンハルトとルーナの服がリンクするような服を用意して、レオンハルトは大人しくそれを着た。
白地にベビーブルーの淡い色味が差し色になったスーツは、夏っぽくて爽やかだが、少し子供っぽく見られるのではと心配になる。
しかしルーナがよく似合うとレオンハルトを手放しで褒めたため、すぐにそんな心配ごとは忘れてしまったレオンハルトであった。
「お昼になったらそこの木陰でピクニックをしましょうね」
「好きですね、ピクニック」
先に木製の小さな舟に乗って、ルーナの手を取ってエスコートする。
元々はメイドのハンナと行くつもりだったはずの舟遊びだったのに、ハンナは頑なに「お二人でどうぞ」と生ぬるい笑みを浮かべて乗船を拒否した。
「本当にオールを漕いでくれる従者を乗せなくて平気なの?」
「えぇ」
ルーナが心配そうに見つめる中、レオンハルトはオールを手に取った。舟遊びはしたことはないが、オールを漕ぐ訓練はしたことがある。
レオンハルトがオールを漕ぎ出すと、舟はゆっくりと湖の中を進んでいった。
「わ、すごい! レオン上手ね!」
ルーナがきゃっきゃと喜び、レオンハルトはふふんと得意げに笑った。
「ねぇ、レオンは舟遊びはしたことがある?」
「いえ、これが初めてですね」
「私は小さい頃、屋敷の近くの湖によくお父様と舟遊びをしに行ったわ。お父様ったら、舟を漕ぐのが下手で下手で……ふふ、思い出したら笑っちゃう」
口元に手を当ててくすくす笑うルーナを、気が付けばじっと見つめていた。
……可愛いな。
「レオン?」
「あ、いや、」
慌てて目を逸らすレオンハルトに、ルーナはん~? と唸りながらずい、と顔を近付けてくる。
「……ルーナ、急に動くと危ないですよ」
「なんだか、レオンってば最近変ねぇ?」
「変?」
オールを水の中に落とさないようにしっかりと持って、ルーナが近付いてくる分、レオンハルトが後ろにのけぞって距離を取った。
「結婚して3、4、……今が7月だから、もう5か月よ? 5か月も経つのに、全然私に慣れてくれないじゃない。最近は特に私のことを避けているように見えますわ」
「そんなことはないと思いますが……」
「ならどうして目を合わせてくださらないの?」
「……」
「レオン?」
だらだらと背中に汗が流れていく。
初夏の暑さのせいじゃない。オールを漕いでいたからじゃない。
ルーナが近いからだ。ウェーブがかった長い髪が当たる。息すらぶつかってしまいそうなほどの顔の距離に、なにも考えられなくなる。
端的に言えば、ルーナに緊張しているのだ。だけれど、そんなかっこ悪いこと本人に言えるわけがない。
思わずレオンハルトはぎゅうと目を固く瞑った。
「レオンってば。……もしかして」
「……」
「私が怖いの……?」
何を言われるんだろうと身構えた次の瞬間に聞こえたのは、蚊の鳴くような小さな声だった。きっとこの距離でなかったら聞こえなかったことだろう。
「え……」
一瞬言われたことへの理解が追いつかず、脳内でルーナの言葉がリフレインする。
――私が怖いの……?
「ちがっ……」
目を開けたレオンハルトの前にいたルーナは、困ったように少し眉を下げて笑っていた。
……失敗した。きっと傷つけてしまった。
そのとき気が付いた。
レオンハルトはもうすっかり、ルーナが魔女であることなど忘れてしまっていたのだ。




