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可愛い?


 ぞろぞろと兵士たちの列を連れて演武場に行くと、なんだなんだと演武場にいた兵士たちがレオンハルトたちを見た。その輪の中心から、汗を拭きながらクラウス団長が現れる。


「おぉ、レオンハルト!」


 ぺこ、と頭を下げて、ルーナに「クラウス団長です」と耳打ちする。


「まぁ、あの方が団長様なのね……なんだか、すごく……」


 レオンハルトとルーナの前に団長がずんずん歩みを進めて、二人の前に立ちはだかる。


「……とても立派ね?」


 レオンハルトにだけ聞こえるように紡がれたルーナのつぶやきは、きっとクラウス団長の体躯のことだろう。

 レオンハルトよりもゆうに10センチは高いであろう身長と、日ごろの鍛錬の成果である筋骨隆々の体。まさしく「男の中の男」そう例えられるのがクラウス団長であった。


 ……まさか僕と比べてるんじゃないだろうな、とレオンハルトは胸がもやりとするのを感じた。

 発育途中であるレオンハルトの身長は、まだ伸び続けてはいるものの、今のところ170センチ台前半とあまり高い方ではなく、体つきも縦に伸ばす方にエネルギーが行ってしまうのか、鍛えても筋肉は付きずらく線は細いままだった。

 おまけにルーナは身長が高い方で、160センチはゆうに超えていると見える。……まさかルーナは、大きくて筋骨隆々な男の方が好みなのだろうか?


「レオンハルト、こちらが?」

「えぇ、妻のルーナです」

「初めまして、団長様。いつも夫がお世話になっておりますわ」


 にこりと笑って、ルーナはリチャードに見せた時と同じく見事なカーテシーを披露した。


 *


「二人が演武場に着く前からもう噂が広まってたよ。レオンハルトがものすごい美人の奥方を連れてきたって」

「……あの短い時間にですか」


 呆れるレオンハルトに対して、ルーナは「恐縮ですわ」と微笑む。

 野次馬をしにきたうるさい部下達から逃れるように、一行は団長の執務室に移動した。


「俺がレオンハルトに奥方に会ってみたいと言ったんですよ。もっと渋られるかと思ったんだが、本当に連れてきてくれるとは」

「まさかあれは冗談だったんですか?」

 

 そうだとしたら連れてき損じゃないかとあんぐりと口を開けると、クラウスがいやいやと顔の前で手を振った。


「会いたいと思っていたのは本当だ。お会い出来て光栄です。こんなむさくるしいところまではるばる来ていただいて……」

「いいえ、私、前からレオンの働くところを見てみたいと思っていたんですの。だからここに来れて嬉しいですわ。わくわくしています!」

「それは嬉しいお言葉ですね」

「ねぇ、団長様。レオンは普段どのように過ごしてますの? 他の兵士さん達とはうまくやってますの?」


 ルーナの言葉に、思わずレオンハルトは口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになる。

 

「なっ……なにを聞いているんです!」

「いいじゃない。あなたって無愛想だし、皆さんよりも年下なんだもの。心配なの」


 仮にも妻にどんな心配をされているんだ。

 レオンハルトがぎょっとしていると、クラウスがハッハッと豪快に笑いだした。


「そりゃあそうだ、奥方が心配されるのも無理はない」

「?!」

「俺も最初レオンハルトが来ると聞いたときは年齢に驚きましたよ。だが先の戦いの英雄が来ると聞いて心強かった。軍部の奴らもお前が来るのを楽しみにしてたよ」

「……」

「実際にお前は仕事も早くて俺も助かってる。剣の腕は申し分ないし、兵士の鍛錬の相手もよくしてくれてみんなありがたがってるぞ」

「そうですか……」


 ありがたいと気恥ずかしいが入り混じって、ぶっきらぼうな返事をしてしまった。

 アイレンブルク家に入って以来、手放しに褒められることなんてほとんどなかったから、こういうときどうしていいのか分からない。ルーナは一体どういう気持ちでこの話を聞いているんだとちらりと横を見た。


 ルーナのこちらを見る優しい瞳と視線が重なって、どきりと心臓が跳ねる。

 不思議だ。……そんな、まるで自分が褒められたみたいに嬉しそうな顔をするなんて。

 

「それに加えてこんなに美しい奥方がいるなんて、お前は幸せ者だな! あとはもっと体さえ大きくなれば!」


 ハッハッと豪快に笑いながら放たれた言葉がぐさりと胸に刺さる。


「レオン! 大丈夫よ! レオンは今のままで十分可愛いですわ!」

「か、可愛いっ?!」


 団長のものよりも、もっと鋭くて重い言葉がぐさりと胸を貫いた。

 可愛いってなんだ?! 初めて会ったときは「いい男」と言ったのに! いつのまにルーナの中で僕の評価は「いい男」から「可愛い」になったんだ?!


 その後、ずーんと心に重い鉛を置いた状態で演武場で剣を取った。ルーナは団長と共に2階からレオンハルトが剣を振るうのを見ている。

 

「可愛い」だと? 僕が? 先の戦争で英雄と呼ばれ、王家から伯爵位を賜り、17歳で南部軍の副団長にまでなったこの僕が、可愛い?!

 心外だ。妻ならば、夫を「可愛い」ではなく「かっこいい」と言うべきなのでは?!


 やけにむしゃくしゃして、その苛立ちをそのまま剣に込めた。


「うわあっ!」

「遅い!」

「ぎゃぁ!」

「脇が甘い!」

「ぐわあぁっ!」

「いつまで倒れている! 早く剣を取れ!」

「ひぃいっ!」

 

 いつにもまして苛烈なレオンハルトのしごきに、幾多の兵士たちの悲鳴が響いた。

 ルーナはそんなレオンハルトを見ながら「レオンすごいわぁ~」と喜び、クラウス団長は「レオンハルトの奴、気合入ってるなあ!」と笑った。


 *


 鍛錬の見学も終わり、屋敷に帰るルーナを見送るときがやって来た。

 

「今日は来てくれてありがとうございました」

「こちらこそ、お招きありがとう。レオンの仕事中の姿が見られて嬉しかったわ」

「そうですか」

「えぇ、剣を持つレオン、とてもかっこよかったわよ」


 にこやかにほほ笑みながら掛けられた言葉に、レオンハルトはぽかんと口を開けた。

 「かっこいい?」 ……「可愛い」じゃなく?

 

「僕の鍛錬の様子がですか?」

「えぇ、レオンってとっても強いのね! レオンよりも大きな兵士さんたちが次々に倒れていって、すごかったわ!」

「そうですか……」


 じわじわと胸が温かくなってくる。これは、「嬉しい」だ。レオンハルトは、ルーナに褒められて嬉しいと思っている。


「でも、あまり無理をしないで。怪我をしないようにしてね」

「大丈夫ですよ。実戦でなるべく怪我をしないように訓練しているのですから」


 そのとき、ルーナが乗って帰る馬車の後ろに、誰かが押してきた荷台が停まった。


「誰かしら、この馬車。邪魔ねぇ……」


 荷台を押してきた人物はこちらに人がいるとは気づいていないのか、悪態をつくのが聞こえてくる。レオンハルトは馬車の陰から顔を出した。


「すまない、すぐに出す」

「ッ! レオンハルト様?! あらやだ、私ったら……全然、邪魔なんかじゃありません!」


 荷台を押してきたのはパン屋の娘のエミリーだ。パンを卸しに来たのだろう。もうそんな時間か。ルーナもお腹が空いているだろうし、そろそろ帰してやらなくては。

 エミリーは頬を桃色に染めて、いそいそとレオンハルトの近くまでやって来た。

 

「またお会いできて光栄です! この間お渡しした差し入れ、お口に合いましたか……?」

「え? あぁ、あれは……」


 ルーナにあげてしまったので食べていないんだよな……。どうしたものかと思っていると、横からひょこりとルーナが現れた。


「まぁ、あなたがあの美味しいお菓子をくださった方?」

「え、誰……」

「私、ルーナ・アイレンブルクと申します。レオンハルトの妻ですわ」

「あ……つ、妻……」


 エミリーの顔から急にストン、と表情が抜け落ちた。レオンハルトがその豹変っぷりに引いていたが、ルーナはそうしたエミリーの態度を気にすることもなく、「あのお菓子、とても美味しかったわ」と言った。


「そ、そうですか……」

「えぇ、いつも夫と部下の皆さんに美味しいパンを届けてくれてありがとう」

「いえ……とんでもございません……」

「いつかあなたのところのパンも食べてみたいわ! あぁ、パンの話をしたらお腹が空いてきちゃった」

「ルーナ、もう時間も遅いですし、帰りましょう」

「そうね。ではレオン、また後でね」

「えぇ、また後で。気を付けて」


 ルーナをエスコートして馬車に乗せた。

 馬車が見えなくなるくらいまで見送ってから、後ろを見ると、どこかげんなりした様子のエミリーが立っていた。

 


 


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