白のチューリップ
兄の訪問からしばらくして、ナディア王女からレオンハルト宛に手紙が来た。
『レオ、私の騎士よ。お元気にしているでしょうか? 私のために、レオを危険な目に合わせていると思うと申し訳ない気持ちでいっぱいです。魔女に気をつけて。いつもあなたを思っています』
手紙から、ナディア王女がいつも付けている香水の花の香りがふわりと鼻をくすぐった。
その瞬間、波のような多幸感がレオンハルトを襲う。その勢いで意識が薄くなっていくほどだった。頭がぼうっとして、胸がぎゅうと痛む。
そうだ。僕はナディア王女様の為にここにいる。
ルーナのことを憎からず思う自分がいるのは事実だ。きっといっしょに住んでいる間に魔女に情が移ったのだ。兄の言う通り、この結婚のすべては王女のためのものなのに。
レオンハルトはもう正式にはナディア王女の騎士ではない。けれどいまだに、ナディア王女はレオンハルトを私の騎士、と呼んでくれている。
レオンハルトはその手紙を握りしめ、心のうちで再度ナディアに忠誠を誓った。
全てはナディア様のため。己の存在価値も、生きる意味も、全部ナディア王女あってこそだ。それを忘れてはいけないのに。
レオンハルトは決めた。これ以上ルーナに余計な感情を持ってしまわないように適切な距離を取ろう。ルーナを人間ではなく、兄の言うように、民衆が呼ぶように"魔女"だと思うのだ。そう、決意した矢先だったのに。
――――――――
「ピクニック?」
レオンハルトが聞き返すと、ルーナはうんうんと嬉しそうに頷いた。
「お庭がついに完成したの! お披露目会もかねて、ピクニックをしましょうよ!」
「あー……でも、僕はこの頃は仕事が忙しくて……」
「約束したじゃない! 約束を破るの?!」
あんぐりと口を開けられてうっと言葉に詰まる。ルーナろ距離を取ろうと決めた矢先に、ピクニックだなんて……。なんであんな約束をしてしまったんだと過去の自分が憎くなる。
「……分かりました」
「ありがとうレオン! 私一生懸命準備します!」
ルーナが腕に飛びついてきて、ぎゅうと腕を抱き締められた。突然のことにレオンハルトはフリーズしてしまう。
あ、あたたかい……柔らかい……いい匂いがする……!
「は、離れてください!」
べりっ! と腕からルーナを引き離してごほんと咳払いをする。
「僕は仕事があるので……」
「あら。ではまた夕食でね」
「……」
一体どういうつもりでべたべた触れてくるんだ。
レオンハルトはじとりとルーナを見つめたが、ルーナはきょとんとして「なぁに?」と首を傾るのだった。
「君は随分パーソナルスペースが狭いようですが……あんまりベタベタしないでもらえますか」
「あら、どうして?」
「ど、どうしても何も……」
「うふふ、もしかして私にくっつかれると緊張するのですか?」
「なっ……!」
図星だった。レオンハルトはどぎまぎしながら「そんなわけないでしょう!」と否定して、逃げるように自室へ向かったのだった。
――――――
その週末、レオンハルトはルーナに腕を引かれて庭に足を運んだ。
この屋敷に初めてきたときに、一度庭を見て回ったことがある。荒れているわけではないが、殺風景で、よく言えば平凡。悪く言えば無頓着な庭だと思った。前の持ち主はあまりガーデニングに興味がなかったのだろう。
なんのこだわりも感じられなかった庭が、色とりどりの花や統一性のある白のインテリアに囲まれて、見事な庭に生まれ変わっている。レオンハルトの口からはほぉ、と思わず感嘆のため息が漏れた。
「どう? 素敵じゃない?」
えっへん、と腰に手を当てて満足げな表情をするルーナの振る舞いは、やはり貴族らしくない。やけに得意げなのがおかしくて、ふっと笑ってしまいそうになった。
「……僕は正直、草木やインテリアのことはよく分かりません。けれど、この庭はとても……素敵だと思います」
「まぁ……!」
ルーナがぱぁと顔を輝かせた。その顔を見ると、どうしてだろう。胸が温かくなる。もっと喜ばせてあげたい、そう思ってしまう。ルーナは魔女なのに、距離を取らなくてはいけないのに。どうせ3年で離婚するのに、喜ばせても何の意味もないのに。
自分の感情に戸惑って、気まずさに視線を逸らすと偶然ある花が目に入った。
「……チューリップを植えたんですか」
それも白。レオンハルトが花祭りでルーナに贈った花だ。
「えぇ。もちろん白の薔薇もありますわよ」
ほら、と指差す方向に、ルーナがレオンハルトに贈った花がある。
「今まで一番好きな花はラナンキュラスだったのだけれど、最近は白のチューリップが一番好きですの」
「……そうですか」
なぜですか、とは聞かなかった。答えを聞いて心を揺らしたくなかったから。
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