ぼくは職質をパリイする⑧
「信じてくれないですか?」
「なにかの見間違いだと思います」
少年には、考えられる可能性の話を伝えてみた。
「水溜まりですか……でもぼくは手を入れたので水なんかで溢れていたりではないと確信していますが」
手を突っ込んで見たのか。
というより、大騒ぎになっていたのだろう?
ほかの証人もいるのかも聞いて見た。
「君だけか? 確認を取ったのは」
「散歩をしていたひとはもっと居たので人だかりはできていましたが……」
「が?」
「不思議なんです。亀裂のフチにせり出した身体は重力に逆らえずにフチの裏側へとズレていって。そっち側にも見えていた空を見上げて、視線を砂場に戻したら普段通りの砂場の上でした」
は?
「結局夢でも見ていたってことですよね?」
「夢でも見ていたかのように人だかりも消えていました」
「坊やは普段からそのような想像をされているのではないですか?」
「お巡りさん……ぼくのいうことは馬鹿げていて信憑性がありませんか?」
「はっきり申し上げて1ミリもありませんね」
少年は絵空事を並べ立てたが、がっかりしたように下を向いて。
「そうですか。それではお巡りさんは、ぼくのいうことは信じられないわけですね」
「その公園の砂場の亀裂のお話に関してはね」
「それでもぼくは夢を見たわけではないです。夢なんか見たこともない……見れるわけがない」
見れるわけがない、と言われても。
それについての理由まで聞いていたら日が暮れてしまう。
これだけ人に対して意味不明なことを平気で語れるなら誰も連れては行かないだろうし。
誘拐や行方不明の心配はなさそうだ。
住まいは大体わかったから。
名前と年齢を聞いて、職務への協力を感謝して帰るとするか。
「なんだか気落ちしているところ申し訳ないのですが、お名前と年齢を教えてもらえますか?」
少年は意外そうな表情をわたしに向ける。
「お巡りさん……質問が変わっていますけど」
「ああ。君と話をしているうちに迷子の心配はなさそうと判断したので、名前と年齢を参考までに聞かせてもらって帰ろうかとおもいます」
「ごめんなさい。聞かれたことに素直に答えないから嫌いになって、ぼくを保護の対象から切り捨てるのですか?」
「い、いえ……そんな風に捉えないでください。わたしは好き嫌いの話は一度もしていませんよ」
職質の警官が退散してくれるのが目的なのではないのかい。
なんだか深刻な顔で絡んでくるのだが。
どうして欲しいのだ。
率直に聞いて見るか。
「嫌いにはなってませんが、率直にお尋ねしますと君は今流行りの「職務質問をスルーできたら勇者」の真似事をしているのかなと考えています」
「スルーというのは無視するということですか?」
「はい、そうです」
「ぼくは質問に対して無視してましたか?」
「まったくの無視ではなかったですが結局答えてはもらえませんでしたよ」
「じゃあ……お巡りさんの中では無視の部類に入ったわけですか?」
「いえ無視はされていません。色々と聞かせてもらえましたから」
「ごめんなさい。ぼく本当は迷子なんです……それと親はもうこの世にいません。あ、いるかもしれないですけど、ぼく捨て子だから。施設で育った孤児です。だから正義のお巡りさんが目の前に来たから、話をはぐらかしていました。罰せられると思ったのです」
へ?
それはマジで言っているのかな。
謎のスーパーエリート少年は、その実は演技派俳優だったりしませんか。
本当はすでに迷子だと?
孤児だから親はいないか。
わたしの質問においそれと答えられなかった見事な理由が登場したわ。
だが、なぜ孤児だと罰せられると思うのか。
そういや先ほど「頭のいい人はミスをしない」みたいなこと呟いたな。
これは聞かずとも「いじめ」に遭ってきましたの予感がプンプンする。
面倒くさい人に職質かけてしまったな。