ぼくは職質をパリイする⑦
「この近所に小さな市民公園があるでしょ?」
うん?
「朝から巡回に出ていたのに連絡をもらってないのですか?」
「うん? そちらで何かありましたか?」
「え? あんなに大変な騒ぎがあったのにご存じないんですか!?」
大変な騒ぎなどが近所で起これば他の巡回警官が現場に急行する。
もちろん連絡がパトロール員にも入ってくる。
だがその様な連絡は受けていない。
またなにか引っ掛けようとしているのか。
在りもしないことをでっちあげて「職質スルー勇者」のレベル上げでもしようというのか。
わたしは坊やのレベル上げに必要な「経験値を持つ魔物」ではない。
街の治安を守る警察官なのだ。
正義の味方なのだ。
仮にそのような魔物が現れても退治できるのはお巡りさんですからレベルが上がるのはわたしのほう……。
いやそうじゃない。
少年の勇者ごっこに巻き込まれてどうするのだ。
「坊や、警察にはね、管轄というものがあるんだ。そっちはわたしの担当エリアじゃないんだよ。だからそのような連絡はもらっていません」
「管轄外でしたか。それはそれでまた奇妙な話になりますよね……」
ぬおっ、また出た!
今度は「奇妙な話」と言い回した。
一体なにを言わんとしているのやら。
そして警察の管轄をも理解していたか。
「坊や。管轄のなにが、奇妙なのですか?」
「だって今朝、大きく揺れましたよね?」
満面の笑みを浮かべておるな。
地震が起きて近隣が大きく揺れた。そのようなことがあったのかはわたしには分からない。
この日の朝に、わたし自身が……存在していたかは不明だからだ。
彼が自信をもってそう言うのだから地震があったのだろう。
それでか。
奇妙と言っているのは、「地震」にまで管轄があるのかと。
そう言いたい訳だ。
その解釈なら確かに奇妙だな、地震の連絡がないのは。
地震による火災や事故が発生した場合はその連絡が入るのだ警察には。
わたしはスマホで調べてみた。
なるほど地震は確かにあったようだな。
今朝方の地震では建物の倒壊などには繋がらない程度の震度3弱だった。
どこに居たかで地震の揺れ方も、感じ方も変わるだろうが。
それが公園で何かしらの騒動につながったのか。
だが公園は管轄外なのだから仕方のないことだ。
それで不思議というのはなんだ?
地震のことは話を合わせて置かなくてはな。
「地震のことなら存じています。坊やの不思議の話を聞かせてください」
「地震のことは知っているのに……。ぼくの不思議の話への興味が先ですか。ぼくの安否の確認とかではなく?」
はいはい、それはそれは。
これは気配りが足りなくて申し訳ありませんで。
「お見受けした所、大丈夫そうじゃないですか。どこか具合が悪いのですか?」
「いいえ。大丈夫でした!」
彼がにっかりと笑ってくれて安心しました。
「じつは、ぼくは公園の近くに住んでいまして。朝の散歩をして公園まで行きました。そして公園の砂場の脇を通りかかって、ふと砂場の異変に目が釘付けになりました」
「その異変とは、どのようなものでしたか?」
「それがですね、砂場に地震のせいで出来た大きな亀裂があったのですが……」
はあん?
地面が陥没したとでも言うつもりか。その地震で。
周囲はびくともしていない様子だ。
どこぞの欠陥住宅大国かってーの。
そんなことが本当にあったなら、ニュースになっているだろう。
ニュースになるような事象ならもれなく連絡が入る。
ここに足を運んで来るまでにそんなニュースは飛び込んできていない。
そんな連絡は受けていないぞ。
まったく口から出まかせにも程があるな。
「そんでね──興味本位で亀裂をのぞいて見たところ、砂場の地面の中がとても明るいので不思議に思い、亀裂のフチに身をせり出して確認してみたのです」
「君……地震でできた穴かも分からないのに近づくなんて、危ないでしょう」
好奇心旺盛な年頃か。
男の子は冒険をしたがるが。
落ちたらどうするとかは考えないのか。
ちょっと砂場を振り向いて見ただけの無謀人だな、それ。
「それがですね、のぞきこんだら空が見えたんですよ。青い空が」
「…………痛ッ!」
少年が不思議な話を切り出した途端に頭の奥に頭痛を覚えた。
だがすぐに鎮まった。
わたしは何かを言おうとしてたのだが、なぜか思い出せなくなった。
代わりに口をついて出て来たセリフがある。
「そんな馬鹿げた話を真に受けたりしませんよ、わたしは」
仮に亀裂が本当の話なら、すでに調査隊が降りて、できた空洞にライトが設置されていた可能性がある。はたまた地面の下で水道管が破裂し、水が溜まっていたか。
空はその水面に写り込んでいたに過ぎない。
まあ、そんなところだろう。