コウヤ亡命す
「グロースアイレン解放の英雄にしてイレニア公に告ぐ。汝は我が帝国の秩序を乱した罪によって位剥奪と領地の没収を命じる!そして当地の支配をグレイシア帝国第二皇子ディクトアに任命する!」
大陸にあるグレイシア帝国本土からトルヴィク海峡を挟んで浮かぶグロースアイレン島に位置するグレイシア帝国領イレニア公国の公爵だった、英雄コウヤ・カワナシ・イレニアは皇帝スティルニウスの裁断により公職追放となった。
帝国本土の帝都グリーディンの中心にある大宮殿において皇帝の名のもとに行われた裁判を終えたコウヤは玄関前でコウヤを待っていた二頭の白馬がいた。
「コウヤ殿、どうされましたか?」
白馬を操っている馬主でコウヤの補佐を務めており、年齢にして50くらいで白髪と身なりの整ったスーツ姿は貫禄のある高貴な執事のような雰囲気が出ていた、アルバート・アンフォルソンはコウヤが宮殿の玄関から疲れきった様子で出てきたことに気づいて、気遣った。
「あぁ、アルバートさん…」
コウヤは少し間を開けたあと、表情を和らげて言った。
「いいや、何でもない。帝室中枢の重厚感に慣れてないだけだ。」
すると、アルバートはハッハッハと笑って、前を向いた。
「左様でしたか。さて、この後はどういたしますか?」
「グレイシア帝国の東にあるヴィッヘンラント共和国に向かう。」
「承知しました。」
そう言うと、コウヤたちは宮殿を後にした。
コウヤは宮殿を出ると、後ろに見える宮殿を見つめながらボソッと過去を振り返った。
「それにしても、この世界にやってきて10年でこれか…よく粘ったもんだな。」
コウヤ・カワナシ・イレニア、いや、嘗ての名前で川梨甲谷と呼ばれた彼は10年前、日本から勇者召喚の儀によって招聘された異世界人であった。
1年間の訓練を経て僅か2年でグロースアイレン島を解放したその才はグレイシア帝国全土で称賛され、グロースアイレン島に新たに設置されたイレニア公国の領主として島を復興させた。
しかし、コウヤがイレニアを支配し、復興を進めれば進める程、帝国の方針と真っ向から対立することが増えていった。
それもそのはず、コウヤは異世界人であることや、グレイシアの宗教との関わりが浅かった。それ故に、科学の推進と制度の近代化を次々と行った。
5年前、世界各地で発生していた宗教改革の波にグレイシア帝国も晒されるようになると、コウヤとの対立が激化する。新教徒は帝国本土での弾圧から逃れるようにイレニア公国へ避難した。
大量の国内避難民を抱えたイレニア公国は一時的に経済の停滞を引き起こすが、イレニア公国独特の自由な空気によって技術革新を加速させた。
そして今やコウヤは帝国の反逆者として旧教徒らの目の敵となったのである。
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そんなことを思い返しているうちに、帝都からでており、アルバートが声をかけた。
「コウヤ殿、馬を走らせていきますか?」
「そうだな、天気も良いし、帝都から刺客が走ってくるかも分からん」
「承知しました。」
アルバートがそう言うと、手綱を一回振るわせ、全速力で平野を駆け抜けた。