8 幼馴染に彼女がいた?
「あっ!
そうだ秀ちゃん、今日バイト見に行ってもいい?」
弁当を食べ終わり、
報告会も終わった教室に向かう道中、
愛がそんなことを言い始めた。
「なんで?
というか、お前もあそこの店員だろうが。」
「えっと…それはまあ、そうなんだけど…。」
なにやら煮えきらない。
あらかた目的を達成したから、
バイトをやめたいなどと考えてでもいるのだろう。
どうせ放っておくと、また碌でもないことを始めて、
色々な人々に迷惑をばらまくのだから、
放課後の一部は拘束して置きたいのだがな…。
俺がそのことに言及しようとしたのに気がついたのか、
愛はすぐさま話をもとに戻す。
「まあ、それはそれとして、で、どうなの?
見学OK?」
「…はあ、別にいいと思うぞ。」
「ほんとっ!」
「ああ、今日俺はシフト入ってないけどな。」
ガクンっ!
階段を踏み外す愛。
それを支えて起こしてやる。
「あ、ありがとうって、なんでシフト入ってないのっ!」
どうやら俺は思い違いしていたらしい。
愛はバイト先の見学をしたいのではなく、
俺がバイトをしている姿を見学したいらしい。
…理由は皆目見当がつかんが。
「いや、用があってな…ちょっとした。」
というか、俺自身バイト命というわけではないので、
元々せいぜい週2日入ればいい方なんだが…。
「で?ちょっとの用ってなに?」
今日はヤケに食いつくじゃないか。
「お前またなにか良からぬことでも考えているんじゃないだろうな?」
「え?なんのこと?
べ、別にそんなこと考えてないですよ、はい!」
最初は問題なかったが、
少しじと目を向けてやるとすぐにボロを出し始めた。
どうやらその悪事だか、企みには俺が必須のようだ。
「とにかく!用とかあとに回してバイトに来てよ!」
お願いと拝んでくる愛。
愛はどうしても今日俺にバイトをしてほしいようだ。
碌な用向きでなければ、
押しに押して拝み倒して、
無理矢理にでもバイトに連れて行かんばかりだ。
とはいえ、今日の用向きは俺としても早めに済ませておきたい要件だ。
時間を取ってもらっている以上、相手にもにも悪い。
…仕方がないな。
ちょっと言い方を弄るか。
「悪いな、愛。今日はデートなんだよ。」
―
母が経営する【喫茶梓弓】の店内で、
杜若愛はズ〜ズ〜と音を立て、
オレンジジュースを飲みながら、苦悩していた。
幼馴染に彼女がいたのだ。
あの女なんて興味無いですよといった雰囲気を地でいっている彼のことだから、
どうせいないと思っていたのに…。
かなりのショックだ。
なぜかわからないか、裏切られた気分。
「愛さん、どうかしたの?」
さらに問題は積み上がっている。
先日調子に乗って、
この委員長に協力します的な雰囲気を出してしまったのだ。
まず、
乗りに乗って、バイト現場に突撃!なんて予定を組んでしまった。
それは、なんとか先生の手伝いを引き伸ばしに引き伸ばし、
あの約束はまた後日、という転回に持ち込もうとしたのだが、
今日は両親が用でいないため、
遅くなっても構わないと言われてしまい、失敗した。
正直に話して、今日は秀ちゃんがアルバイトに入っていないから、
やっぱり後日にしようと提案したのだが、
どんな店なのか知りたいし、
私の母にも会ってみたいとのことで強行する羽目になった。
なので、まあ、それはいい。
委員長の私に対するイメージにお調子者かうっかりさんが付いただけだ。
…本当は良くないけど背に腹は代えられない。
「あらあら、アイちゃんのクラスの委員長さんなのね。
クラスでのアイちゃんはどうなの?」
「えっと〜、まあ、男の子を…いえ、男の子にすごくモテます。」
委員長、今、「男の子をもてあそんでいます」って言おうとしてなかった?
それもなにやら、苦笑いだし…。
っと、そんなことよりも、
店に呼ぶのは良かったの、
久々に秀ちゃん以外の友だちを連れてきたと
母も喜んでいるし、
綺麗なお母さんだねと委員長も褒めてくれたし、
それはいいのだが…。
問題は秀ちゃんに彼女がいることだ。
それを委員長は知らない。
調子に乗ってしまったせいで期待を持たせてしまったため、
私には話す義務が生じてしまったのだ。
お調子者の面目躍如といったところだ。
ははははは…はあ…。
ゲーム内での委員長からもわかるように、
下手に隠し立てすると私の身には災厄が降りかかるかもしれない。
せめてあと1日早くにこのことがわかっていたら…
と思わずにはいられない。
どうしろって言うのよ…秀ちゃんのバカ…。
私は伝え方を、ああでもないこうでもないと考え悩み、
ぐるぐるぐるぐる目を回す。
すると、
不意に入り口のベルが鳴った。
それ自体は何でもないことなのだが、
自然と目が吸い寄せられた。