18 きっとドキドキさせてみせる1
周知の事実として、秀介は朴念仁だった。
中にはモデルやアイドルなんかもいたが、どんな娘が秀介に色目を使っても、返ってくるのは無反応や冷徹な視線のみ。
しか〜しっ!
この世界で数々の男達を虜にした私ならできるはず!
そう愛は確信していた。
そんな言葉を秀介が聞けば、反省の色がまったく見えないため、折檻をすること受け合いだが、今の愛の頭にはそんな些事は欠片も残っていなかった。
まあそうは言っても、相手はあの秀介。
作戦というやつが必要だろう。
…とりあえずナンパや不良はここら辺にいないかな?
「…。」
などと考えた時点で自分の男を誘惑する思考の無さを自覚し、さっそく慌て始める。
手汗が出始め、秀介が少し心配そうな顔をしていたのも気がつかず、思考にふける愛。
え、えっと…た、確か…そう!
ボディ!ボディブロー…ボディブローを重ねて顔を上げさせること、これが秘訣だったはず…?
秀介のお腹のあたり目掛けて…パンチッ!
…あはは…なんてしたら、カウンターが返ってきますね、はい…。
だからそんな冷徹な視線をこちらに送らないでくださいませ、秀介様〜。
えっと…確かボディタッチでしたね、はい!
ボディタッチ?
手をつなぐ?
…繋いでる?じゃあオッケー?
よし!きっと秀ちゃんもこれでドキドキ♪
愛が思考から戻り視線を秀介の方に送ると、秀介は目をすっと細め、繋がれた手を解き、愛に対して半身になった。
その表情は無く、愛を明らかに敵として見ていた。
け、警戒されてるっ!?
な、なんで!?
愛はなにやらショックを受けたように固まっているが、それは当然だ。
なにせいきなりボディブローを放とうとしてくる奇怪な女だ。
誰であれ、なにかしらの対応を取ろうとするだろう。
しかし、そんなことも客観視できないほどに動揺した愛にはそんなことはわからない。
愛は思った。
きっとこれが…これこそが秀介の防衛ラインの一つを突破した結果なのだと。
ふふふ…私はやった。
秀ちゃん、きっとあなたは私にドキドキしているから、そんな行動をとっているのね。
これ以上、そんなにドキドキすることしないで!
秀ちゃんの心の声が聞こえるわ!
愛の想定とは違い、むしろ他の意味でドキドキさせないでほしいという思いが伝わっている点は幼馴染みの妙というやつなのかもしれないが、秀介としてはたまったものではない。
しかし、前日の夜、碌に眠れず、朝はなぜか早くに目が覚め、混乱というスパイスを加えた最悪な徹夜明けにも似たテンションの愛は留まるところを知らない。
ぎゅっと腕に抱き着く。
きっとこれでトドメ!
ううん!ここはもっと責めて…。
「…おい、席に着いたぞ。」
呆れた様子の秀介がようやくひと心地と椅子に座った瞬間。
今だ!
愛は腕に抱き着くなんかよりも、大技。
秀ちゃんの上に座る!!
接地面積はそれの倍以上、感じる感触も、さらには体温までも。
秀ちゃんに腕を回して貰えれば、もう一心同体も同然!
さぁ、秀ちゃん!
やっと落ち着けると思い、安心したあとのこれだ…。
…秀介の表情は笑顔…だった。
他の誰にもできなかった偉業を遂に、遂に成し遂げた…というわけではない…当然ながら…。
「…なあ…いい加減にしないか?」
その言葉の裏の意味が伝わるほどに秀介の威圧感は増していた。
「ひゃいっ!」
愛はそんな声を上げて、立ち上がると、大人しく隣に腰を下ろし、端のほうでごめんなさいごめんなさいと真面目に反省し始めた。
秀介は自身の太ももあたりに軽く手を触れると、一瞬固まった後に、そっと上着を愛の肩に掛けた。
「…秀ちゃん、どうしたの?」
秀介の行いにキョトンとする愛。
「待ち合わせのとき、急いで走って来たから、汗かいて寒かったんだろ?まったく…それならそう言えばいいのに…。」
秀介はさっきのわずかな触れ合いで微かに湿った感触を感じたのだ。
愛は自分の浅はかな考えと秀介の優しい気遣いを比較し、バツが悪そうに顔を赤くする。
「えっと…うん…。」
そんな気のない返事を返し、照れ隠しに上着に顔を埋める。
すると、どこか安心する匂いがした。
「秀ちゃんの匂いがする〜。」
「…はあ…風邪引きたくないなら、我慢しろ…。」
「は〜い♪」
上着に袖を通し、秀介の腕に抱きついて暖を取る。
まったく仕方のないやつだと肩の方に腕を回し、さらにくっつくと、程なくして映画が始まり、寄り添いあって、それを見た。
産まれたときからの付き合いで家が隣同士な幼馴染みの二人が、感情が揺れ動くような出来事を共に体験し、いつしか二人は互いを意識するようになる。
途中、拾った犬が死んでしまうシーンがあったのだが、動物のそういう悲しいシーンに弱い愛が泣き始め、ハンカチで涙を拭ったり、あやしたりしていると、いつの間にやら愛が眠ってしまった。
おかげで真ん中あたりがゴッソリ抜け落ちてしまい、最後の結ばれるシーンのみをよくわからず見る羽目になった。
今度、香菜とでも見に来るか、と考えながら、幸せそうに眠る愛の始末を考えていた。