17 デートの目的地
なぜこんな無理やりにでも秀介をデートに誘ったのかというと、先日、委員長と話し合っている時に気がついてしまったことにあった。
こっちに来てからの秀介のことを碌に知らないということに…。
昔の秀介のことならば、知らないことはないというくらいに知っていると、愛本人は思っているが、こちらに来てからは関わりをまったく持とうとしなかったせいか、ほとんど知らない。
本当に直近というくらいの最近は一緒によくいるため、昔と大して変わっていないように見えるが、ところどころ、やはり少し違うような気がした。
秀介は自分以外の女の子たちにあんなに笑顔を向けたりしなかったし、便利屋さんなどの女友達がいた。女性の友人など自分の他にはいなかったのに。
おそらく他にも何人かいるんじゃないかと思う。
自覚はないのかもだが、心境の変化というやつがあったことは間違いない。
委員長とくっつく前なら、私の初めてのデートの相手にしてもギリギリ問題はないだろうという打算もあった。
デートなら去年いっぱいしただろうって?
あれは攻略!
決して、デートなどという甘いものではない。
ゲームと現実を勘違いしていたからできたこと。
今回のはそんなやつではない。
…甘く…そして…いずれ…。
―
秀介はいつものように愛に行き先を尋ねる。
「で?これからどうするんだ?アニメか、それともオトメか?」
「…そんなわけないじゃない、秀ちゃん…デートだって言ったでしょ?」
「は?…でも…。」
「でももへちまもないの!今日はデート!今日こそはデートなの!誰にもケチがつけられないような完璧なそれをして見せる!これが今日の目標よ!わかった?」
苦々しい様子から興奮した様子に変わり、愛は秀介に抱負なんかを語ってくる。
はて、こいつはこんなにも暑苦しいやつだったろうか?
まあ、おそらく誰かに何か言われたのだろう。
それでプライドでも傷つけられたのだろう。
藪をつついて蛇を出すなんてのは御免だったので、素直に頷くことにする。
「…わかった。」
「よし!それじゃあ行くわよ!」
秀介の手を取ってくる愛。
デートというやつをしっかりやるという意思表示なのだろう。
それから、大人しく愛に先導され、案内された先は…
…定番中の定番の場所だった。
デートなんてものではないときは一緒に何度か来た場所。
映画館だった。
―
なんでもよかったので、カウンターに並んで適当なやつを選ぶことにする。
「今の時間ですと…こちらとこちらになります。どちらになさいますか?」
その2つをタイトルを見て、杜若愛は愕然とした。
前者はコテコテのラブストーリー。
そして後者は…
【ドコドコハムスター討ち入り先は温泉旅館】
という子供向けのアニメだった。
主人公は飼われたハムスター名前はジョン。
脱走グセのあるジョンがドンと言われる大きなハムスターに出会うことで物語が始まる。
ミランダ、シエスタなどの他のハムスターたちと他のハムスターたちとの抗争に明け暮れ、友情なんかを深めていくという子供たちに大人気のアニメだ。
今回は同盟の組の者から温泉旅館に招待され、そこで物語が始まるらしい。
明らかにハムスターが主人公でなければ、仁義なんてものが絡んできそうなそれな上、映画版になると大体泣けるシーンなどもあるので、大人でも楽しめることだろう。
愛自身密かに興味をそそられる作品だった。
実のところ、ふとテレビを見ているときにやっていて、手に汗握って見入ってしまったということがある。
…しかし…
「どっちがいい?」
秀介は愛に選択を委ねるらしい。
まあそれは当たり前だ。
さっきあれほどの啖呵を切ったのだ。
自分で決めろということだろう。
どちらがいいかなどもうわかりきっていた。
本心では後者がかなり気になっていたが、あれはどうみてもデート向けではない。
子供や友達なんかと一緒に見るか、ブルーレイなんかが出たときに借りて来て見るのが正しい選択だろう。
なにより絶対に子供たちで溢れているだろう。
少しうるさくなるだけなら我慢できないこともないが、もし男子小学生や幼稚園児が隣になどいれば、ほぼ100%茶化されることだろう。
ムードもへったくれもない。
…ここは前者だ。
前者しかない!前者しかないんだ…。
正直、アクションものやラブコメのようなものでお茶を濁し、見た後のお話に花を咲かせ、なんともデートをしましたよといった感じにはたから見てもしたかったのだが仕方がない。
…マジなデート…本当の恋人同士のそれでいこう…いかなきゃかな…。
「…こ、こっちで。」
てれり。
弱気を圧し殺したためか、やはり顔は真っ赤になっていた。
「じゃあ、こっちを大人二枚。」
お姉さんが手慣れた様子で確認している様子を愛は一仕事を終えた心地で眺めていたのだが…。
なにやら様子がおかしい。
「大変申し訳ありません。さきほど席が埋まってしまったらしく…。」
「…え?てことは?」
「…席はあるのですが…。」
「じゃあそれで。」
秀介が間髪入れずにそう返答するも、お姉さんは物凄く言いづらそうだった。
「…カップルシートとなっておりますがそれでもよろしいですか?」
「ああ、俺は別にいいけど、愛、どうする?」
本当になんでもないことのように言う秀介。
それに対し愛はというと…。
さきほど同様に顔を真っ赤にして俯いていた。
か、か、カップルシートっ!
そ、そ、それってあれよね!
肘掛けがなくて、二人で座る…それで、それでもって、くっついたり、み、密着したりっていうあの…その…。
それは…その…は、ハードルが…なんと言いますか…。
で、デートじゃなければ…それでも…ありだったかもだけど…。
テレテレでいっぱいいっぱいだった愛が秀介に視線を送る。
するとそこにあったのは…やはりなんでもない様子の秀介の表情だった。
もしかしたら早く決めろくらいにしか思っていないのかも知れない。
そこで愛の中でなにかが吹っ切れた。
…というかね、秀ちゃん…さっきからなんでそんなに…ね。
あはは…なんで、なんでそんなに…も、もう〜〜っ!
女は度胸!!
「それで!それでお願いします!」
鬼気迫る愛の様子にお姉さんはすぐさま返事をする。
「は、はいっー!」
手早く用意を済ませたお姉さんからチケットを受け取ると、愛は秀介を引っ張って行く。
ズカズカと歩いて行くため、道行く人たちが避けていくのを不思議そうに見ている秀介を愛は絶対に後悔させてやると、秀介の赤面なんかを見てやると心に決めた。