10 兄と妹1
鷹尾香菜は兄である鷹尾秀介のことが好きではなかった。
母の再婚相手の連れ子。
別段、第一印象は悪くなかった。
知り合いのどんな子よりも見た目は良かったから。
「これで寂しくないね。」
母は再婚して、兄たちと暮らし始める時、こう言っていた。
小学生だった私はいわゆる鍵子というやつで、
母が外で働いていたせいか、
家に帰るといつも一人だった。
だから、いつも友人と遊んでいたのだが、
それが逆に一人なんだと強く実感させた。
もし、兄か姉がいたら…。
こう夢想したのは、少なくない。
そんな私だったからだろうか?
私も仲良くなりたいと思い、
声も掛けたし、行動も共にした。
秀介もそれに応えようと、自分なりに頑張っていたと思う。
しかし、なんというか、合わないのだ。
今思えば、私は彼に年上の兄として求めていたのだろうと思う。
おそらく私は理想を押し付けていた。
…私の寂しさを埋めてくれる理想を。
諦めて、家族としてではなく、友人として付き合っていたら、仲良くなれたんじゃないかと思う。
勉強を聞くと、まともな答えが帰ってこない。
「あ〜…そんなの習ったっけ?
そ、そんなことより、サッカーやろうぜ。」
誤魔化した。できないなら、できないなりに頑張ってほしかった。
秀介は勉強ができなかった。
運動について聞くと、天才すぎて参考にならない。
「これをこう!
そしてここはギュンっ!
で、ここでゴォ!」
どんなスポーツでもそんな感じだった。
ちなみに今のはサッカーボールの蹴り方だ。
秀介に説明能力は皆無だった。
買い物に行って服の意見を聞くと、
自分は無意味に明るい服を着て、
妙なあからさまに変な服を持ってくる。
「これ、これいいじゃん!面白いだろ?」
面白い?妹の服に求めることではないと思う。
秀介は色々な意味でセンスがなかった。
自然と兄と私の距離は離れていった。
顔を見ると、自然と漏れる溜め息。
目線が合うと、溢れる嫌味。
…こんな存在で寂しさを埋めろと?
思わず失笑した。
あ〜…うざっ……。
これが一年ほど前の私と秀介の関係だ。
そして…
―
「ねえ、お兄ちゃん。
勉強教えて?」
「ノックくらいしろよ、
香菜。」
落ち着いた雰囲気にどこか色気を醸し出すお兄ちゃんは、
どこかダルそうに文庫本を閉じる。
「え〜、いいじゃん。
私とお兄ちゃんの仲でしょ?」
「…まあ、兄妹ってそんなもんか?
で?どこ?」
「うん、ここ。」
問題集を開き、示す。
「ここか?」
整理された机の中から、
ルーズリーフを1枚取り出し、
そこに問題を書き込む。
そして、軽く悩む。
問題が難しかっただろうか?
全国模試1位のこの兄に?
「もしかして…。」
お兄ちゃんはスラスラと回答を書いていき、
ある部分で止まった。
「もしかして、ここらへんでわからなくなったのか?」
「えっ…うん…。」
凄っ!どうしてわかったの?
驚いている私にどこか意地悪く微笑む。
「香菜はそそっかしいからな。
はい、ここ、計算ミス。」
「あっ!」
「はい、お疲れさま。」
ガクン。
項垂れる私。
その頭に軽く手を乗せるお兄ちゃん。
「まあでも、この問題結構難しいから、
ここまで解けたのは良く頑張ったな。」
「う〜〜〜っ。」
これが今の鷹尾秀介だ。
優しく、時に意地悪く勉強を教えてくれる。
運動はサッカー部を辞めてしまったが、できるのを知っている。
半年くらい前、ストバスに連れて行ってもらった時、
何本もシュートを決めて、格好良かった。
(メンバーが女子のみなのは気になったが…。)
試合が終わって、少し教えてもらったが、
優しく丁寧に教えてくれた。
手が添えられた時、凄くドキドキした。
服も今着ているような落ち着いた色合いで、
ハイセンスさは感じられないが、似合っている。
無意味に明るい色の服は着ていない。
なにやら杜若愛に振られて、
落ち込んでいたら、頭の回路が繋がったとか言っていた。
今度、テストで良い点がとれたら、
また買い物に行く約束をした。




