師弟と騎士の話
黒と赤の数字が書かれた机の前に青い長髪を持った小柄の女性が座っておりをそれを見守るようにフード付きのローブを着た大柄の男性が後ろに立っていた。
「師匠、もうやめませんか?」
「やめる?ここまで来てか?弟子よよく覚えておくのだ。成功は犠牲の上に成り立っていると」
大柄の男が女性の耳元に近づき静止の言葉をささやいたが、返した言葉の勢いのまま彼女は残りすべてのチップを勢いよく机にたたきつける。しかし、その勢いは動き出した球の動きと連動しているかのように失われていき、球が止まった同時に力なく項垂れた。
「弟子よ。まだ金は残っていたよな?」
「いえ、ギャンブルに費やせるお金はもとより持っておりません」
「頼む。絶対に取り返す。いや増やすから。せめてあと1回だけ」
後ろに立っていた男はすべてのチップを失い駄々をこね始めた女性の体を横に抱えあげ、カジノの出口から大通りへ出る。
女性はカジノを出たことで諦めがついたのか無言ではあるが宿への帰路を自身の足で歩いていた。
「後をつけられているな」
「師匠また何かしたのですか?」
「弟子よ。なぜ私を疑うのだ。お前こそ何かあるのではないか?」
「師匠に心あたりがないのであれば俺にもありませんよ」
人気のない暗い路地へと入り奥へと進み、大通りの喧騒や明かりが遠ざかった所で足を止め振り返る。
「何か御用ですか?」
振り返った先では何もなかったはずの空間から月明りに照らされ輝く白銀の鎧を身に纏った5人の騎士が姿を現していた。
「我々はカテラ王国の騎士である。賢者イリス様とその弟子カイ様を保護せよというカテラ国王の勅命により迎えにあがった。大人しく王城まで同行していただきたい」
イリスとカイはお互いに顔を見合わせる。イリスはどこか誇らしげに。カイは疲労を感じる表情で。
「師匠。勅命だそうですがやっぱり何かしたんじゃないですか?」
「弟子よ。私は賢者だぞ。何もせずとも私のこの知識は様々な組織から狙われているんだよ」
イリスは変わらず誇らしい顔で指で頭を突きながら話、カイは諦めた表情を浮かべ頭に手を当て、力なく俯く。
「そうでしたね。最近は平和でしたから師匠が追われる身であることを忘れていました。どうしますか?」
「ついていくわけがないだろ。悪名高いカテラ王国それも国王に魂まで捧げている白銀騎士。保護という名目で他国にまで出張って来る奴らだ。何に利用されるか考えなくとも察しが付く」
「とのことです。お引き取り願えるでしょうか?」
カイの返答と同時に騎士たちは各々の武器を構え、先頭に備え立ち位置を微調整する。さらに最後尾の騎士が持っていた長杖の下端を地面に突き刺す。その瞬間、5人の騎士が光に包まれる。
「これが最後の警告だ。おとなしく同行していただこう。拒否するのであれば強制的に保護します」
「強制的に保護ね。陣形を整えて鎧と剣、槍の強度を上げ、さらに身体能力を上げる補助魔法を使用する保護とはどんなものなのかぜひとも教えてほしいね」
言葉を言い終わると同時にイリスは右腕を伸ばし、最も近い剣を構える騎士へ向けて光の玉を放った。それは素早く騎士の元へ辿り着くが騎士はそれを剣の腹で受け止める。
「さすがは賢者様。無詠唱かつ杖なしでこれほどの魔法が使えるとは」
「魔法と呼べるような代物ではないからね。詠唱も杖も必要ないんだよね」
イリスは更に左手を槍を構える騎士に向けて伸ばし光の玉を両手から同時に放つが、その玉は2人の騎士の元へ辿り着くことなく短杖を持つ騎士が放った火の玉と氷の槍によって打ち消される。
光の玉は仲間が対応してくれると信じていた2人の騎士は間髪入れずに走り出しイリスへと接近し、剣を振り下ろし槍を突き出すが、剣と槍はともにカイによって受け止められる。
イリスも攻撃の対応をカイに任せて放った光の玉はカイと対峙している2人へと再び向かい飛んでいったが、その球を打ち消そうと放たれた火の玉と氷の槍を避けるかのように急激に軌道を変え、短杖を持つ2人に向かい飛び始める。しかしこの攻撃は見えない壁に防がれるかのように弾けて消えた。
「補助魔法に特化している長杖とはいえ、障壁魔法まで無詠唱で扱えるとは」
他の補助魔法に比べて難易度が障壁を作成する魔法を無詠唱で使用したことに驚きながらも飛んできた火の玉と氷の槍はイリスが追加で飛ばした2つの玉で打ち消す。
「武器を扱う動作や連携が精錬されている。編成も近距離要員は補助魔法と相性が良い直剣と槍に遠距離魔法を主体とした短杖が2本、そのうえ補助魔法を使用できる長杖。さすがは白銀騎士様。だな」
「感心してる暇はないと思うのですが」
「そうだな。私達でもこのままでは防戦一方だろう。10秒私を守れ」
「また無茶なことをですが、了解です」
剣と槍の攻撃を弾くことしかしなかったカイが騎士たちの攻撃に合わせ片腕ずつ掴んで攻撃を止める。騎士たちは掴まれていない腕だけで攻撃を仕掛ける。
「10秒だけだ。力を貸せ」
近距離にいる騎士たちにも微かにしか聞こえない小さなカイの呟きに疑問を持つこともできないほどの強烈な痛みが掴まれている腕から鎧の金属が砕ける音とともに発せられる。
痛みに気を取られ一瞬ではあるが攻撃の手が止まってしまう。その隙にカイは両腕を素早く閉じて騎士同士を衝突させる。その攻撃によるダメージは鎧に凹みを与えることなかったが衝撃により武器を手から零すことに成功する。
拘束された2人の騎士を救うために短杖の2人によって放たれた攻撃魔法は騎士たちを投げつけて防ぐ。さらに投げつけられた2人は短杖の2人と衝突する。
短杖の2人は寸前に掛けられた補助魔法によって態勢を崩すだけで済んだが、魔法を放つために杖を構えなおした時にはすでにカイが目の前に迫っており、長杖の騎士の元へ飛び退くことしかできなかった。
「よくやった」
イリスの声とともにパチンという指を鳴らした音が路地に響く。
「「レイ!」」
短杖の騎士たちが人命を叫ぶ。イリスはそれが自身の魔法の対象になった騎士の名前だと理解した。
「なるほど。あの長杖使いはレイという名前だったか」
「レイに何をした」
「ただの転移魔法。それが嘘なのか真実なのか体験すればわかることだけどね」
カイの攻撃によって倒れ未だに立ち上がることもできない騎士の問いに答えながら、パチン、パチンと両手で指を鳴らす。それによって短杖の騎士が2人消える。
「ありえない。転移魔法は転移元と転移先の魔法陣を同時に起動することで発動できる儀式魔法のはず」
「儀式魔法は1人では行使が難しい魔法を複数人でさらに魔法陣を用いて行う魔法。私はその魔法を1人で行使できるだけの話だ。それに君は納得せざる負えない転移されるのだから」
イリスが再び両手の指を鳴らして、残された2人も転移魔法で姿を消した。
「よくやった弟子よ。体に異常はないか?」
「短い時間でしたので体に異常は出ていません。この後はどうしますか?」
「これからのことは宿に戻ってから考えるとしよう。これ以上の長居は危険だろうからね」
2人は戦闘音を聞き駆け付けた衛兵に見つからないように素早く路地の奥へと進んでいく。