第一章 9話
インドのおじさんに指示されたとおり、とうふはフタの中で息を潜めていました。
「料理のフリをして、ボスに近づき、一気に斬り裂く。たぶんそういう作戦だろう。」
村正はそう言いました。とうふもなるほどと思いました。
とうふとカレー料理を乗せ、メカラクダは、だいぶ長く歩いていきました。その動きに合わせて、とうふの皿もガチャンガチャンと揺れます。ときどきカレーがこぼれて、とうふにかかったりしました。
だんだん、人の声が聞こえなくなってきました。町からかなり離れたところまで来たようです。
やがて、メカラクダの動きが止まりました。
「ぐっふっふ。どんなカレーを持ってきた?」
低く野太い声が、フタ越しに聞こえてきました。
これが、ボスってやつの声だな。とうふは身構えました。
「いっただっきまーす。」
メカラクダと皿が、ぐらぐらと揺れました。
フタが開きました。
とうふは飛び出しました。
「くらえ!」
村正を構えて、弾丸のように前方へ突っ込みます。
しかし、その先には誰もいませんでした。
「あれ?」
とうふは、着地して、辺りをきょろきょろ見回しました。真っ暗闇です。夜ではないはずなのに、何も見えません。近くに植物ゴリラがいる感じもありません。
「どこ? ここ。」
明らかに、さっきまでいたインドの大地とは異なる雰囲気でした。
まず、空気がべっとりと、サウナのように湿っています。妙に酸っぱいにおいもします。
そして、地面も熱く、にちゃにちゃと、泥のようにやわらかいのです。
耳を澄ますと、ゴゴゴと、地震のような、虎の唸り声のような地鳴りもそこかしこから響いてきます。
「いただきますって、確かに、誰かの声が聞こえたんだけど。」
「ピピ。ガガ。われワれは、食べラれまシた。ヤキソバ。」
メカラクダが無機質にしゃべり始めました。
「食べられた!?」
とうふは驚きました。とうふたちはメカラクダごとひょいっと掴まれて、一口に食べられたのでした。辺りを観察して、とうふはやがて理解しました。
ここは、敵の体の中なのだ。
目が暗闇に慣れてくると、周りが少しずつ見えるようになってきました。ミミズが集まってできたようなボコボコの物体が、壁・天井・地面、一帯すべての構成物となっていて、忙しなくうねうねとうごめいています。
「ボスって、そんなにでかい奴だったの?」
「ガガ。体育館くラい大きナ植物ゴリラでしタ。モリソバ。」
「体育館かあ。」
体育館ととうふでは、大きさが違いすぎます。
「どうしよう?」
「そうか。一寸法師作戦だな。」
村正は改めて、納得いった、という感じでうなずきました。
「いっすんぼうし?」
とうふは一寸法師を知りませんでした。村正は簡潔に説明しました。
「――って感じで、ちっちゃい奴が中から鬼を攻撃して、やっつけたって話がある。」
「へえ。」
「インドのおっさんは、俺たちにそれをやってほしいんだ。たぶん。」
「じゃあ、その辺をとにかくめちゃくちゃに斬りまくればいいのかな?」
「そうだろう、たぶん。」
「よーし。がんばるぞ!」
とうふは村正を握りしめ、周りの細胞を斬り刻み始めました。
グオオオオ、と外から中から、おぞましいうめき声が響きます。
「きいてる! この調子だ!」
やがてとうふたちは、中からボスを斬り裂いて、外へ飛び出しました。
「ブグオオオオ!」
体育館のような巨大な植物ゴリラでしたが、とうふたちに内臓を八つ裂きにされて、力なく崩れ落ちました。
「やったあ!」
とうふたちは、見事にボスを倒すことができました。
しかし、その直後、突然体が動かなくなりました。
「あれ?」
とうふたちの手足が石のように固まっていきます。
「なんだ? なんだ?」
村正も混乱した様子でした。
考える間もなく、とうふたちは石像のようにカチカチに固まってしまいました。
やがて、インドのおじさんがやってきました。
「おや、まさか、ボスを倒したのか。すごい!」
とうふたちを見て、感心していました。
「きみたちの食べるカレーに、一時的に体が固まるヨガスパイスを混ぜておき、きみたちごとボスに食べさせ、ボスも固まらせて倒す、という作戦だったのだが。」
おじさんは、うんうんとうなずきました。
「手間が省けた。それじゃあ、とうふ君たちは、飛行機で日本に送ってあげよう。」
固まって置物のようになったとうふたちは、荷物として飛行機に乗ることができました。どうやら、そこまでがおじさんの作戦だったようです。
成田空港についたとき、薬の効果が切れて、とうふたちは身動きが取れるようになりました。
「はぁ、はぁ。いったい、なんだったんだ。」
とうふは、飛行機から降ろされたあと、ぐったり倒れこみました。
「よくわからんが、日本に戻ってこれたみたいだな。」
村正は、辺りを見回しました。見慣れた牛丼屋やラーメン屋、そして日本語。確かに、日本に戻ってきたようです。
村正は首を傾げました。
「あのインドのおっさん、結局……いい奴だった……のか?」
「まあ、無事だったから、いいよ。」
とうふは、立ち上がりました。
窓の外を見ました。
植物ゴリラたちが、空港の外を自由に歩き回っています。
「軍事バスが着くまで、外に出ずお待ちください。」
不気味なアナウンスが流れました。
「東京全域、現在植物ゴリラに占領されています。決して生身で外へ出ないでください。軍備化されたバスが町と空港を運行しているので、帰国された皆様は、それに乗って、気をつけてお帰りください。」