第一章 7話
出発して数時間後、ラクダと村正は、ドバイの砂漠のど真ん中で、ケンカを始めていました。
「このゴミラクダ! こっちだって言ってんだろ!」
「ピー。ガガ。ワたシのGPSでハ、このマま東に行ば、日本に近づキまス。カツドン。」
「だから、東は海だ! 俺たち泳げないんだから、北に回っていくしかねーんだよ!」
「ガガ。ワタしの、航海機能を使エば、海も越えラれマす。ヒレカツ。」
「お前の機能なんか信じられるか! このオンボロ!」
「ピピ。オンボロ刀に、言わレタくあリまセん。エビカツ。」
「その、最後にカツ言うバグをやめろ!」
「ピピ。スパゲッティ。」
「ぶっころす!」
二人は、ずっとケンカしっぱなしでしたが、めんどくさいので、とうふは放置していました。
「うーん。のどかわいた。このままじゃ、ひからびちゃうよ。」
とうふは汗をぬぐいながら辺りを見回しました。ガンガンに照りつける太陽が、一面の砂景色を黄金に輝かせています。風もときどきしか吹きません。周りには草木も動物も見当たりません。砂の焼けたにおいがします。ラクダから降りてみると、やわらかい砂の感触に足が少し埋もれました。
「砂漠って、オアシスとかあるって聞いたけど。」
「ガガ。この辺りにハ、ありマせん。ミカン。」
どうしたものか。とうふは、しゃがみこんで砂山を作り始めました。砂漠の砂はサラサラしていて、山はすぐに崩れてしまいました。
「うーん。」
「おや、君たち。ここで何をしてるのかね。」
現地のドバイのおじさんが、とうふたちを見て興味深そうに近づいてきました。
「こんにちは。日本に帰ろうと思って。」
おじさんは驚いて聞き返しました。
「ドバイから? 歩いて?」
「はい。」
「飛行機で行けば?」
「とうふって乗れます?」
「わからん。刀とラクダは絶対無理だろうな。」
「じゃあやっぱり、歩いていくしかないですね。」
「ふーん。」
おじさんは、考え込みました。
「途中までなら、車で乗せてってやるよ。」
おじさんは、近くの車を指さしました。
「ほんとですか!」
「ああ。その代わり、ちょっと頼まれてくれないか。」
「何をすればいいですか。」
「ま、とりあえず乗ってよ。」
とうふたちは、促されて車に乗りました。ラクダは形態変化して直方体になり、後部座席に座りました。
「どっちみち、刀とか物騒なもの持ってたら、国境越えられないだろう。私が協力してあげるよ。」
「ありがとうございます。」
おじさんの運転は豪快でした。ところどころ盛り上がった砂漠の丘を登り降りするたびに、とうふたちの体は跳ね、ごんごんと車内に頭をぶつけました。とうふは半分幽体離脱しながら耐えました。ややもすると車ごとひっくり返ってしまいそうなくらい、ワイルドなハンドルさばきでした。
「ドバイでは、こういう運転が普通なんですか。」
「いや。私は砂漠ツアーの運転手なんだ。観光客乗せて、楽しませるためにいつもこうやって運転するから、クセになっててな。」
目的地に着くころには、とうふの頭はへこんでいました。
「さて。ここだ。」
おじさんは車を止めて、降りました。とうふたちも続きました。見ると、人がたくさんいます。白い布をかぶった現地の人だけではなく、アジア人や西洋人に見える人たちもたくさんいます。
「ここは?」
「世界各国の特産品が集まる、テーマパークだよ。グローバル・ビレッジっていうんだ。さあ行こう。」
広く土地を取り囲んでいる、どこまでも永遠に続くかと思えるような白い壁に沿って進んでいくと、やがて遊園地のようなゲートが見えてきました。一行は、チケットを買ってそこをくぐりました。中は、お祭りの屋台みたいなお店が、東京ドーム32個ぶんくらいの広大な敷地内に、所狭しとひしめきあっていました。わいわいがやがやと、大盛り上がりです。遠くを見てみると、絶叫マシン・遊覧船・各国のダンススペースなど、娯楽施設もあるようでした。
「ドバイはヨーロッパとアジアのちょうど真ん中だから、色んな人やモノが集まるんだ。」
おじさんの言うとおり、ここの屋台は多国籍で、様々な色や形の品物・食べ物が店頭に並んでいました。おいしそうな香りも漂ってきます。
「わあ! たのしそう!」
とうふはお店巡りをしたくなりました。
「まずは働いてよ。遊ぶのはそのあと。」
「はたらく?」
「俺の知り合いの日本人も、ブース出しててね。そこのお店の手伝いをしてほしい。」
「日本のブースもあるんですか。」
「もちろん。今回は、うまい棒とポケモンと書道の店があるね。」
なんだそのチョイス、とうふは首をかしげながら、おじさんについていきました。
「とうふの君が刀をぶんぶん振ってくれれば、いい宣伝になるんじゃないかな。」
おじさんに言われたとおり、とうふは日本のブースで刀を振って観光客を喜ばせました。
「ごくろうさん。これがお礼だよ。」
終わったあと、おじさんは1000ディルハムくれました。ディルハムはドバイの通貨単位です。これが円でいくらくらいなのか、とうふにはわかりませんでした。でも、少しは路銀の足しになりそうです。
そのあととうふたちは色んなお店を満喫して、旅や戦いに役立ちそうなものも買い込みました。刀を振るパフォーマンスもたくさん行い、お金ももらえたし、剣術も上手くなりました。この一日で、とうふたちはちょっと成長したようです。そして、ふたたびおじさんの車に戻ってきました。
「さあ、出発だ!」
おじさんは、何日かかけて、インドまで連れていってくれました。
「おじさん。遠くまでありがとう。」
「いいってことよ。こっちこそありがとな。」
おじさんはインドの国境でとうふたちを降ろし、ドバイのお菓子をくれたあと、走り去っていきました。
「さて。けっこう時間かかっちゃった。急がないと。」
車内で聞いたラジオでは、もう日本は、練馬区と豊島区まで宇宙人に占領されてしまったとのことです。自衛隊がミサイルとかを爆弾や宇宙人に撃っているらしいですが、効果は薄いようでした。ぼやぼやしている暇はありません。
「見てろよ。宇宙人。ぼくたちは強くなったんだ!」
とうふはインド領に足を踏み入れ、村正を掲げ、えい、えい、おー!と気合いを入れました。
そして逮捕されました。