第一章 4話
「うおおおお!」
村正は植物ゴリラに突っ込みました。とうふもそれに引きずられるようにして突っ込みました。
ゴリラは近づいてくるとうふたちにまだ気づいていません。
「い、いまだ!」
とうふは叫んで、村正を振り下ろしました。
植物ゴリラは、豆腐のようにスッと真っ二つに斬れました。あっさり斬れました。なんの引っ掛かりもなく、何も斬った感触が残らないほどです。これが村正の斬れ味でした。
「すごい。こんな固そうなゴリラを……。」
とうふが呆然としていると、村正はさらに暴れだします。
「もっと! もっと斬らせろ!」
続けて、とうふたちは、二匹、三匹と、斬り落としていきました。大きくて強そうな植物ゴリラたちが、なすすべもなくサクサクと斬られ、倒れていきます。とても楽しい気分でした。とうふは頭がぼうっとしてきました。
「うへへ、もっと。もっと斬りたい!」
気づくと、とうふは村正の呪いに取り込まれていました。周りの植物ゴリラを何十匹も斬り払いました。
「おい、あそこに警官がいるぞ」
村正が言う方向に目をやると、とうふを逮捕したおまわりさんたちが、市民を守るために、ゴリラと戦っていました。
「逮捕された仕返しで、あいつらもゴリラと一緒に斬っちまおうぜ」
村正の悪い誘いに、いつものとうふなら乗りませんでしたが、呪いに魅入られた今のとうふには、判断する力がありませんでした。
「うひひ。よし。いくか。」
とうふは血走った目でにやにやしながら走り出しました。これはいけません。普通の人間まで攻撃したら、とうふも植物ゴリラたちと同じ、ただの迷惑者になってしまいます。しかし村正の呪いは強く、とうふは逆らえないのでした。
「くらえ! 警察ども!」
村正が叫んで警官に飛びかかろうとしました。
しかしそのとき、とうふの足元が突然爆発しました。
「うわあ!」
とうふと村正は吹っ飛びました。
「いてて。あれ? ぼく、何してたんだろ?」
とうふは、村正を手放したことで、正気に戻りました。
「お前が神様に選ばれた、とうふとかいう奴か?」
見上げると、そこには、マッチ棒が立っていました。顔も手足もある、人間の子どもほどの大きさの、つまりとうふと同じくらいの大きさの、動くマッチ棒です。
「ふん。頼りなさそうな奴だぜ。」
「ま、マッチ棒がしゃべってる!」
とうふが驚くと、マッチ棒は怒って言い返してきました。
「俺様はマッチ棒じゃない! 神様から命をもらった、マッチぼうやだ!」
「こわい! ばけものだ! なんだこいつ!」
とうふはマッチぼうやに驚いて逃げ出しました。
しかしまた足元が爆発しました。
「ぎゃあ!」
とうふは倒れました。マッチぼうやが近づいてきました。
「ゴリラ対策に、その辺に爆弾しかけまくったんだ。まあ、コケさせる程度の威力しかないがな。」
「きみは、何者なんだ。」
とうふは警戒して尋ねました。
「だから言ってるだろ。神様に言われて来たんだ。とうふという奴に命を与えたが、未熟者なので、助けてやってくれ、ってな。」
「仲間なの?」
「どうかな。俺様は別に、世界を救う気はない。命令されたから、仕方なく、だ。そんなことより、まずはゴリラをなんとかするぞ。」
マッチぼうやはゴリラたちを指さしました。
「俺様が爆弾をしかけてゴリラたちを驚かせ、一ヶ所に誘導していく。公園の中央がいいかな。お前は、集まってきたゴリラをどんどん倒していけ。」
マッチぼうやは、とうふよりは、少しかしこいようでした。作戦を立てています。
とうふは、マッチぼうやに言われたとおり、公園の中央で待ちました。やがて、爆弾に驚いたゴリラたちが逃げまどい、しだいに公園に集まってきます。
とうふは、改めて村正を握りました。さっきの爆発で村正は気絶したようです。意外と気が小さいのかもしれません。今なら、狂気に取り込まれることもない。とうふは安心しました。
「さあ来い! ゴリラども!」
とうふは待ち構えて村正を掲げました。
その後は、作戦も上手くいって、町中の植物ゴリラのほとんどを撃退することができました。斬られたゴリラたちも草木に戻り、町には平和が戻りました。暗かった空もいつの間にかきれいな青空に変わっています。
「いやあ、よくがんばってくれたねえ。これはお礼だよ。」
とうふとマッチぼうやの活躍を見ていた警察が、お菓子セットをくれました。チョコとポテチとケーキがいろいろ入っていて、おいしそうでした。
「やったあ! がんばって良かった!」
とうふが受け取ろうとすると、横からマッチぼうやがそのお菓子セットを奪っていきました。
「いやあ、すみませんねえ、おまわりさん! ありがたくいただいていきますわ!」
そして、マッチぼうやはどこかに歩いていこうとしていました。
「ちょ、ちょっと! 待ってよ! ぼくもお菓子ほしい!」
「あん? ゴリラに勝てたのは、俺様のおかげだろうが。」
「そうだけど、ぼくもがんばったよ。」
「村正の呪いから助けてやったの、忘れたか? そのお礼もふくめて、このお菓子セットはぜんぶ俺様のものだ!」
とんでもない奴だ、ととうふは思いました。そのとき、目覚めた村正がとうふの耳元でささやきました。
「お菓子は俺もほしい。おい、とうふ。マッチ棒にこう言え。」
村正は、とうふに何か助言しました。とうふもお菓子が欲しかったので、言われたとおり、マッチぼうやに勝負を持ちかけました。
「じゃあ、あの木まで競争しようよ。勝った方が、お菓子をもらえる。どう?」
「あん? なんで俺様が、そんなこと。」
「負けるのがこわいの?」
とうふは、マッチぼうやを挑発しました。これは村正の作戦でした。いつも偉そうなマッチぼうやは、きっとバカにされるのが嫌な性格のはずなので、こう言われたら乗ってくるはずです。
「ああん? この俺様がてめーみてえな豆腐野郎に負けるわけないだろうが。」
まんまと、マッチぼうやは挑発に乗りました。
競走、決定です。二人は位置につきました。村正がスタートの音頭を取りました。
「よーい、どん!」
「ドーン!」
マッチぼうやは叫び、スタートと同時にとうふの足元を爆発させました。
「うわあ!」
とうふはコケました。
「お先に!」
マッチぼうやは走っていこうとしました。
「うーん。俺が言うのもなんだが、ひどい野郎だ。」
村正はそう言って、すぐさまマッチぼうやの足を斬り落としました。
「ぎゃあ!」
マッチぼうやはコケました。じたばたするも、足がないので、起き上がれません。
その間にとうふは先にゴールに着きました。
「さあ、お菓子は俺たちのもんだな。」
村正はお菓子セットを拾い上げ、ふんぞり返ります。マッチぼうやはそれを見上げて、毒づきました。
「ひきょうもの!」
村正は言い返しました。
「お前だ!」
「まあまあ、けんかしないで。」
とうふは、にらみ合うマッチぼうやと村正をなだめました。
「みんなで、お菓子を分け合おうよ。」
とうふは落ち着いてお菓子を取り出し、村正とマッチぼうやに配りました。
「みんながんばったから、みんなのものだよ。」
とうふは最初から分け合うつもりで、勝負を持ちかけたのでした。
マッチぼうやも、仕方ないと言った表情で、お菓子を受け取りました。
「次も助けてやるとは限らないからな。」
マッチぼうやは、捨て台詞を残して去っていきました。足も回復していました。どうも、神様に命をもらった存在は、どこを怪我しても、待っていればそのうち回復するようです。
「これにて一件落着。」
とうふはホッとして村正をしまいました。しまわれる前に、村正はつぶやきました。
「でもなんで突然、植物がゴリラになったんだ?」
とうふはハッとして思い出しました。
『私はイァン。』
得体の知れない存在が、地球を狙っているようです。神様は、それと戦えと言っているのかもしれません。少し不安でしたが、とうふは立ち向かう決意をしました。
「お菓子を食べて、がんばるぞ!」
がんばったあとに食べたお菓子は、とても美味しかったので、またがんばろうという気になったのでした。