第1章 第7話 薬
「人は常に欠点を補い続けてきた。寿命を延ばし、失った手足を作り、顔を変え、髪を生やす。しかし身長を伸ばす技法。これについてはまだまだ未発展と言える。身長は顔にも負けずとも劣らないコンプレックスの元凶だというのに! だから私は研究しているんだ。身長を伸ばす方法を!」
ジョイルさんの高説に手を叩く門矢さん。俺も思わず手を叩いていた。その通りだ。身長は人権だなんだと言われるほどに重要な要素なのにも関わらず、伸ばそうと思うとシークレットシューズがせいぜい。毎日苦手な牛乳を飲もうが一生伸びないのが現実だ。
「ということで身長が伸びる薬を開発した」
「マジで!?」
液体が入った試験官が机に置かれたので叫んでしまう。え? ほんとに!?
「そんな夢のような薬が……!」
「当然必ずしも上手くいくかはわかりません。だからこその実験体。多少のリスクを背負ってでも身長を伸ばしたい! そういう気持ちが必要なのです」
門矢さんが試験管を俺に手渡してくる。多少のリスク……か……。
「たとえばどういう危険性が……」
「それについてはわからない、としか言えないな。今回は大人にあって子どもにない細胞を培養した。それを取り入れて何が起きるかは未知数。まぁ死ぬことはないし、5分で効果が切れるようになっているからそこまで不安に思わなくてもオーケーさ」
「ですが飲むも飲まないも自由。強制はしません。あなたが飲まないのなら私が飲みます。なぜなら私は、五十嵐姉妹のように背が高くなりたいし胸も大きくなりたい……! かっこいい大人の女性になりたいのです!」
門矢さん……そんなことを思っていたのか。だからこそあそこまで突っかかったのだろうか。
持っていない者の前で持っている者がその才能を見せつける。それだけで何よりの暴力だ。それは俺が一番よく、わかっている。
「俺が飲む……! 俺だってかっこいい大人の男になって! お姉ちゃんや妹を守ってあげられ……」
「ちょぉっと待ったぁ!」
覚悟を口にしていると。突然理科室の扉がバン、と開かれて、ここにはふさわしくない2人の巨人が入ってきた。
「大樹くんの想いにキュンキュンしちゃったけど、それとこれでは話が別!」
「危険なものをおにいちゃんに飲ませるわけにはいきません……!」
そこにいたのはバレーのユニフォームを着た依月さんと、エプロンを着けた椿さん。そういえば依月さんは女子バレー部で、椿さんは料理部に所属してたっけ。
「なんでここにいるんだよ!?」
「大切な弟がどこの馬の骨とも知らない女に密室に連れ込まれたんだもん! 見過ごすなんてできないよぉ~!」
「とりあえずその危ない薬、こっちに渡して……!」
2人が俺から薬を奪い取ろうと近づいてくる。まずい、取り合いとなったら俺じゃあ勝ち目が……!
「取ったぁ……!」
勝ち取ったのは上ではなく下を攻めていた椿さん。一番、やばい……!
「160cmならワンチャン届くかもしれないから! それ以上大きくならないでぇ!」
「だめ……! おにいちゃんを変な部活に入れるわけにはいかないから……わたしが守る……!」
「あぁっ……!」
そして試験管の中の液体を全て飲み干してしまった。
「ぁぁぁ……」
直後よろけて机の上に背中から倒れてしまう椿さん。苦しそうに荒く息を吐き、汗を滲ませて悶えている。
「椿さん!? 大丈夫か!?」
「ぁ……あついぃ……」
体温が上がっているのだろうか。頬を紅く染めた椿さんは自力でエプロンを外し、ジャケットも脱ぐとシャツのボタンを外し始めた。胸の谷間が見える辺りまでボタンを外すと手を下半身にも伸ばし、黒ストをふとももの辺りまで下ろす。露わになった脚にまで汗が滲んでいてとても苦しそうだ。
「椿さん! 返事して! 椿さん! 椿!」
「ぁぁ……おにぃちゃぁん……すきぃ……っ」
「!?」
椿さんの顔を覗き込んで叫んでいると。突然俺の身体をがっちりと握りしめ、キスをしてきた。
「んぁ……んんぅ……」
「んん……んんんん……!?」
椿さんの口からいつもと違う、とても甘い液体が俺の体内に流れ込んでくる。これを飲まされたからか、キスをされたからか。俺まで身体が熱くなって……。
「大樹くんが抵抗してない!? どういうこと!?」
「おそらく身長ではなく性欲が大人になったようだ。失敗だね」
「は……破廉恥です……!」
なんか遠くから声が聞こえるが……どうでもいい……気持ちいい……。
「こ、このお薬、あるだけほしいんだけど……!」
「それはできないよ。実験は一期一会だからね。まぁ5分で効果はなくなるから安心してくれ」
「は……破廉恥です……!」
だめだ……意識が……。
「まぁ同じ配合物なら似たようなものはできると思うけど……彼の入部を認めてくれるかい?」
「そ……そうだね……。あ、安全な部活みたいだからね……! その代わり……!」
「ああいいよ。時間があったらまた作っておく」
「やったぁ!」
何がどうなっているかはわからないが、どうやら俺は科学研究部に入部することになったようだ。