第1章 第5話 お弁当
「詰んだ……」
転校してから半日。昼休みになったが誰も話しかけてきてくれない。転校生にそんな仕打ちがあるだろうか。でも当然だ。学校のアイドル的立場にいると思われる2人と公衆の面前でキスをしている男となんか関わりたくないに決まっている。
一応苗字が同じなので五十嵐姉妹の弟であり兄であることは知られていると思うが、それまでだ。狙っていたであろう男子たちは遠巻きに睨みつけてきているし、噂好きの女子たちはこっちをチラチラ見ながらコソコソと話している。非常に居心地が悪い。
しかも昼食にと持たされた依月さんが作ってくれたお弁当。その白米の上にはノリで作られた大きなハートが描かれている。なに? 新婚? 椿さんと比べて料理が上手いのはありがたいが、これを見せながら誰かと昼食を囲めるはずもない。
駄目だ……どこかに行って一人でごはんを食べてこよう。牛乳も買わないといけないし……と思っていると、突然教室のざわめきが大きくなった。
「大樹くんっ。おねえちゃんと一緒におべんとたべよ~っ」
「おにいちゃん……っ。ヨーグルト持ってきたよ……っ」
「…………!」
嘘だろ来やがった……どこまで俺を甘やかしてくるんだあの巨人たちは……!
「どう~? おいしい? おねえちゃんのラブラブ♡愛情たっぷりお弁当!」
「わ……わたしも作ってきた……っ。ラブラブ♡愛情たっぷりヨーグルト……っ」
最悪すぎる……! 依月さんは声が大きいし椿さんは恥ずかしそうに張り合ってくるし絶対このヨーグルトかさましのために寒天入れてやがる……!
「あ、あーんしてあげるねっ。はいあ~んっ」
「おにいちゃん、実はね、身長が伸びますように、って牛乳入りごはん作ってきたのっ。こっちも食べて……っ」
「いい加減にしろ!」
どこまでも構ってくる依月さんと、どうしようもないゲテモノを作ってきた椿さんにどうしても叫ばざるをえなかった。クラス中の視線が集まってくるが、関係ない。
「いいか!? 俺は依月さんの弟でも、椿さんの兄でもない! 五十嵐大樹っていう一人の人間なんだ! でも2人が教室にまで来たら、俺はどうしてもそう見られるしかなくなる! 俺は俺でがんばるからほっといてくれよ!」
シンと静まり返った教室に俺の絶叫が木霊する。視線と静寂が痛いが、間違っていない。これだけは絶対に……!
「ご、ごめんね大樹くん。いつきちゃん大樹くんが心配で……。クラスメイトの子もごめんね……っ。大樹くんいい子だから仲良くしてあげてね……!」
「そういうとこだよ……」
クラスメイトにペコペコと頭を下げる依月さんにまた怒りが込み上げてくるが……はぁ……。
「……ごめん言い過ぎた。2人が俺を気遣ってくれるのはうれしいけど、その……なんていうか……愛情がすごすぎるというか……ありがたいけど……ありがた迷惑というか……」
「大樹くんっ」
「おにいちゃんっ」
「ぐえっ」
少し褒めた瞬間いつものプレス。もうフォローとかしない方がいいのだろうか。そうに違いない。
「あの!」
2人の胸に挟まれ完全に動けないでいると、一人の真面目そうな女子が怒り顔で正面に立ってきた。
「学校で過激なスキンシップは控えてください。破廉恥です!」
「破廉恥? ただ弟にハグしてるだけだよ?」
「それが破廉恥だと言っているのです! 間に挟まれている五十嵐くんの顔を見てください。とても幸せそうです」
「そ……そんなこと……!」
どうしても逃れられない男の本能を晒され死ぬほど恥ずかしい。しかもそれを聞いた2人とも力を強くしてきやがった。
「私はこれから部活の勧誘をするつもりです。なのであなたたちに引っ付かれると迷惑です」
「そ、それだ!」
部活! 部活だ! これなら2人と強制的に離れられる! よーし……!
「部活? それはちゃんと大樹くんのポテンシャルを見て言ってる? ただの人数合わせとして考えてない? 大樹くんは身体が小さいから一般的なスポーツでの活躍はあまり期待できないの。補欠要員として考えているのならお断りだよ」
「それに学校生活の大部分を占める部活動は将来にも役立つものがいいと思う。適当な部活動だとただ無為に時間を過ごすだけ。おにいちゃんの時間を無駄に使わせないで……っ」
「えぇぇ……」
そしてここにきて過保護が発動した。将来のことを考えたら部活なんてどれもできないじゃないか……。だが目の前の女子はあくまでも自信満々に。そして堂々と言った。
「安心してください。私が所属する部活は運動部でもありませんし、将来に必ず役に立つ崇高な内容です。きっとお二人も納得してくださるでしょう」
2人を納得させるためにそう言ったのだろう。しかし過保護の2人は俺を手放さないといけないとわかるや否や、抱きしめる力をより強めてきた。