第1章 第3話 知らないこと
「はい大樹くんあ~ん」
「おにいちゃんあーん」
両隣で姉妹が俺にスプーンを差し出してくる。ここはいい。まぁいい。でも……。
「これ……なに?」
食卓に置かれたのは、バケツ大のヨーグルト。これで3人分の朝食らしい。
「おにいちゃん背高くなりたいって言ってたから……」
「いや言ったけど……限度があるだろ……」
そして、何より。
「俺は俺だけ背高くなりたいんだよ! 2人はもういいだろ!? これ以上大きくならなくても!」
「だめだよ~大樹くん。出されたものに文句言っちゃ」
「そういう話はしてないんだよな……」
だが依月さんが言っていることは正しい。2人が差し出したスプーンを無視し、自分で掬って口に入れる。
「……絶妙に、おいしくないぃ……!」
なんか寒天みたいな味がするというか、寒天作るレシピだろというか……食べられなくはないが、絶対においしいとは言えない味だ。え? これをこの量食べなきゃいけないの……!?
「おにいちゃん……おいしくなかった……?」
「うっ……!」
椿さんがうるうるした瞳で見下ろしてくる。そうだよな……俺より10cmも高いとはいえ妹だ。妹が作ってくれたものを食べないなんて兄失格だ。
「いただきます……!」
「あ、おねえちゃんがあーんしてあげる!」
「おにいちゃんにあーんするのはわたし……!」
ヨーグルトが乗った大皿を引き寄せると、両隣からそれをひったくろうと手が伸びてくる。
「いや一人で食べられるから!」
「だめだよ危ないもん!」
「ヨーグルトの何が危ないんだよ!」
「……すごい、危ない」
「椿さんなんで力強めたの!? 危ないもの入れた自覚あった!?」
「「「あ」」」
全く力の拮抗しない引っ張り合いの結果ヨーグルトは宙を舞い。
「「「………………」」」
俺たちの全身に降り注いだ。
「……ごめん。無駄にしちゃった」
とりあえず椿さんに謝らないとと思って顔を向けると。
「ぅぇぇ……ベタベタする……」
全身白濁液を浴びた椿さんがいて、慌てて顔を背ける。
「服の中入ってきて……んん……っ」
顔を背けた先にいた方が絵面がやばかったので、俺はもうテーブルに顔をつけるしかなかった。何なんだよこの家……!
「大樹くんたいへんっ。おそうじしないとっ」
「おにいちゃん、わたしが拭いてあげるねっ」
「…………!」
2人がテーブルの中に入り俺の脚の間に入ったところで、限界が来た。
「もうやめてくれっ!」
この家に来て初めて出す大声に、脚に触れていた2人の手がビクリと震える。それでも我慢できなかった。
「何度も言うけど俺は子どもじゃない! 一人で何でもできるんだよ! 2人は弟と兄ができてうれしいのかもしれないけどさ……俺は俺なんだ。2人の理想を叶える存在じゃないんだよ!」
「だからあまり構わないでくれ」。そう告げると、2人がテーブルから出てきた。身長の高い2人の顔を見るのは俺の身長じゃ不可能だ。
「ごめん……優しくしてくれるのはうれしいけど、過保護にされるのは嫌なんだ」
俯いたまま俺はそう告げる。良くしてもらったのに申し訳ない。それでも我慢することはできなかった。
「ごめんね……大樹くん」
そんな俺に、今までで一番優しいハグが向けられる。
「でも本当に……悪気はなかったの。大樹くんは知らないかもしれないけど……いつきちゃんも椿ちゃんも、ずっと昔から大樹くんを知ってたから……家族になれてうれしかったんだ」
「昔から……?」
「うん……ずっと好きだった。おにいちゃんがおにいちゃんになってくれて、すごい幸せなの」
椿さんも俺に優しく抱きついてくる。どういうことだろうか。俺が2人に会ったのは2週間前が初めてのはずなのに……。
「なんで俺は知らないの……?」
「それは……知らない方がいい」
「うん……大樹くんは知らなくていいんだよ。ただいつきちゃんたちは、大樹くんに幸せになってほしいだけなの」
俺が知らないことを2人は知っている。それを俺は知らないのに、酷い言葉を浴びせてしまった。
「ごめん……勝手なこと言って。早く家族になりたいって焦ってた。でも2人には2人の考えがあるんだよな……。ごめんなさい、お姉ちゃん、椿」
「大樹くんっ!」
「おにいちゃんっ!」
「ぐえっ」
2人の俺を抱きしめる力が異常なまでに強くなり、早速謝ったことを後悔した。
とりあえずここまでがプロローグ的な感じです。あまり暗くならないようにちょっとずつ物語を進めていきたいと思います。
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