第1章 第2話 着せ替え人形
「あ、おかえり~大樹くん」
「…………」
トイレから部屋に戻ると、起き上がった依月さんが出迎えてくれた。ブカブカのワイシャツだけを纏い、胸元と長く細い脚を惜しみなく晒した依月さんが。
「なんでそんな格好なんだよ……逆ならわかるけど……」
「だって普通のパジャマだとすぐパツパツになっちゃうんだもん。大き目のシャツなら寝てる時苦しくないんだよ~」
合理的な理由すぎて反論ができない……そしてどうしても脚に目が行ってしまう……! ちゃんと下は履いてるんだろうな……!
「椿さんは?」
「今日は椿ちゃんが朝ごはん当番だよ~。ごめんね、おねえちゃんのおいしいごはんじゃなくて」
「……なら俺も手伝ってくるからちゃんとした服に着替えておいてね」
「だめだよせっかくの当番制なんだから~」
「その当番に俺が割り振られてないから言ってるんだけど」
「しょうがないじゃん大樹くんじゃ台所に手が届かないんだから~」
そうだった……この巨人家系め……!
「じゃあ俺着替えるんで……出ていってくれる?」
「え~? いつきちゃんが手伝ってあげるよ~」
「あのな……確かに俺は平均よりも少しだけ小さいのかもしれない。でもれっきとした中学2年生だ。着替えくらい一人でできるよ」
「それはどうかな~」
なぜかニヤニヤしている依月さんを無視し、タンスを開ける。……あれ? 服がない……。
「俺の服どこやった?」
「ちゃんとあるよ~ほら」
そう言って依月さんが指した場所は、タンスの一番上。俺がギリギリ手が届く場所だ。これじゃあ開けられても服を選ぶことはできない。
「なんでこんないやがらせするんだよ……」
「いやがらせじゃないよ~。ほら、大樹くん中二病だから全身真っ黒の服ばっかでしょ? だからおねえちゃんがコーディネートしてあげようと思って~」
「ちゅっ……! ……残念だったな。これくらい……クソ……!」
「がんばれがんばれ~」
ぴょんぴょん跳ねることしかできない俺と、その様子を動画で収めている依月さん。こんな屈辱があるだろうか……。
「だっこしてあげようか~?」
「いらない! これくらい……一人で……!」
「お姉ちゃんだっこして、ってお願いできたらやってあげるよ~?」
「だからいらないって……!」
格闘すること5分。
「……お姉ちゃん、だっこしてください」
「きゃ~~~~!」
普通に無理だったので見上げながらそう懇願すると、依月さんは物凄いときめいた顔をして俺を抱きしめ持ち上げてきた。
「ちょっ……! この持ち方じゃ取れないだろうが……!」
「かわいいかわいいかわいいかわいい!」
脚がつかないので暴れるが、そのたびに胸の感触が伝わってきてものすごい恥ずかしい……!
「あのな! 俺は……!」
「いい子いい子~。ご褒美あげちゃう~!」
「っ!?!?!?!?」
俺の話を全く聞かないどころか、口が口で塞がれてしまう。そしてタンスと格闘していたのと同じくらいの時間、たっぷりと吸われ。
「待っててね~。今お洋服出してあげるからね~」
「ぁ……ぁ……」
すっかり精根尽きた俺は寝かされた布団の上で悶えることしかできず、満足した依月さんの着せ替え人形になるしかなかった。
「俺の……ファーストキスが……」
義理とはいえ家族にそれを奪われた俺にはもう抵抗する気力すら起きない。でもこのままじゃ駄目だ……。何とかして反抗しないと……俺は一生かわいがられるだけの存在になってしまう。
「俺は……あんたの理想の弟じゃないんだぞ……!」
「わかってるよ~それくらい」
悶えながらそう吐き捨てた俺に寄り添い、依月さんは囁く。
「大樹くんが弟だから、いっぱいかわいがってるんだよ」
意味深な台詞を吐く依月さんに、俺は着替えさせられるのだった。