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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不和の女神の気まぐれ 

作者: ゆうき けい

SIDE E

風が吹いてきた時に、下界の会話が耳に入った。

「・・・様のお美しさは、あの美の女神ディーテに勝るとも劣りませんわ。」

ふと悪戯心が騒いだ。このセリフを女神に聞かせてやったら、あのプライドの高い女神はどんな反応をするだろうか?


森の泉の端で眷属のニンフ達とお茶をしている美の女神の方に、風の流れを変えてやる。

「本当に。お美しい。天界の神々すら、虜になりますわ。」

下界の馬鹿な女達の会話。あれは、カターリャの王妃の取り巻きか?ちょっと今、国が勢いに乗っているから、その尻馬に乗ろうとご機嫌伺いに躍起になっている。


さあ、僕の出番だ。

「ちっぽけなニンゲン風情が、天上の神を引き合いに出すとは、どれだけ、思い上がっているのか。神の名を呼ぶとか、信仰心のカケラもないですね。この無礼を見逃してよろしいのですか、美の女神よ。」


僕の登場に、女神の美しい顔が歪む。そんな顔すら美しいのだから、さすがは美の女神ディーテだと、感心する。


「何が言いたいのかしら?エリー。」

「調子に乗っている愚かなニンゲンに、罰を与える時ではないかと、僕は愚行するわけです。」

僕の言葉にニンフ達が騒ぎ出す。こいつらは何も考えない。ただ騒げればそれで良いのだ。だから、僕は焚き付ける。

「君たちもそう思うだろう。この頃のニンゲン達の行いは目に余る。天界に上がってくる信仰が減って、君たちも大変だろう。」

神々はまだしも、下位の存在であるニンフ達にとって、ニンゲンの信仰心不足は存在に関わる。まあ、本当は、神の存在もニンゲンの信仰によるところが大きいけど、それは今は、置いておこう。


「そうです、そうです、女神様。ニンゲンが神々に供物をささげなくなって、私達、新しく生まれる子が少ないんです。」

「このままじゃ、女神様の髪のお手入れにも影響が出ます。」

「手のお手入れも十分にできなくなります。」

ニンフ達は口々に騒ぎ立てた。


自分の美しさを整える環境が侵されるとなって、初めて、ディーテの表情が動いた。

「それは、困るわ。では、わたくしを蔑ろにした罰を与えましょう。」


そう言うと、美の女神は、その白魚のような細い指で下界を指し示した。

「わたくしを貶めた国を海の藻屑に。」


海の泡から生まれた女神は、同じく泡から生まれた怪物を呼び出した。

「愚かなニンゲンよ。自分の美しさをこの美の女神と比べたことを恥じて滅びるが良い。」

カターリャ全土、近隣諸国へもその女神の裁きを告げる声は響いた。


驚いたニンゲン達はそれはそれは見ものだった。

女神の名を泣き叫び許しを乞うて逃げ惑う。神の名を呼ぶ、それ自体が不敬である事すら忘れて。

怪物がカターリャの海岸に達した時、絶望感に打ちひしがれた多くのニンゲン達は、この厄災の元となった王妃ではなく、その息子、まだ幼いアンディ王子を生贄に差し出した。


問;なぜ、王妃では無くその息子が生贄になったのか?

答;女神が罰を与えると言った時点で王妃は殺されたから。捧げられた首を見た女神が、汚いものを見せるな、と余計激昂したため。


全く、ニンゲンの行動は予測不能だ。


生贄のアンディ少年は怪物によく見えるように大岩に鎖で厳重にくくりつけられていた。美少年だね。はっきり言って、神々は美少年が大好きだ。で、僕はまた思いついてしまった。こんな綺麗な子を怪物の餌にするなんて勿体無い。もっと楽しい使い道がある、ってね。


だから、美の女神にこう言った。

「王妃の罪をその子供に問うのは美しい事なのでしょうか?あの少年の美しさは生きてこそ輝きディーテ様に捧げられるべきです。」

次に海を統べる神に問うた。

「美の女神があなたの支配する海で勝手をしているのをお許しになるのですか?あの美しい少年はあなたに捧げられるべきではないのでしょうか?」

そして、天を駈けていた太陽神を呼び止めた。

「ご覧ください、あの哀れな少年を。不敬な母の息子に生まれたことは、怪物に食べられる罰を受けるような罪だと言うのでしょうか?」


三神はそれぞれ、僕の言葉に共感したみたいだ。美少年の繋がれた大岩の前で、その所有権を主張し始めた。勿論、喧嘩する神々の姿をニンゲンなんかに見せるわけにはいかないから、太陽は翳り、海は荒れ、雷鳴が轟く天変地異が局所発生していたけどね。

おかげで美少年はずぶ濡れで寒さと恐怖にガチガチ震えていたよ。


優しい僕は、彼の為に救世主を用意した。

大神ジウとニンゲンの王女との息子にして英雄、神々から与えられた10の試練の旅に出ているテーシウスだ。彼自身、神とニンゲンの子供に生まれ、理不尽な試練を課せられているから、美少年アンディ君の境遇には深く同情してくれた。

僕の力で、姿を見えなくしてあげたちょっとの間に、頑丈な鎖を解き、アンディ君を開放してしまった。あまりの手際の良さにびっくりしたね。当然、喧嘩、おっと討論中の三神にも気づかれなかった。ちょっと君達、周りへの注意不足じゃない?


これでアンディ君とテーシウスは晴れて恋人同士って訳、には、まあ、ちょっと難しいかな。男同士だし、親子ほど歳が離れているからね。

でも、まあ、とりあえずは、めでたしめでたし。


あー面白かった。


僕は不和の女神エリー。世界に不和をもたらす傍迷惑な神様さ。




SIDE D

ある気持ちの良い日にお気に入りの泉の端でニンフ達とお茶をしていたら、不愉快な声が風に乗って聞こえてきたわ。


「・・・様のお美しさは、あの美の女神ディーテに勝るとも劣りませんわ。」

「本当に。お美しい。天界の神々すら、虜になりますわ。」


下界の馬鹿な女達の会話。あれは、カターリャの王妃の取り巻きね。ちょっと今、国が勢いに乗っているから、その尻馬に乗ろうとご機嫌伺いに躍起になっているみたい。本当にニンゲンという生き物は浅ましい。


「ちっぽけなニンゲン風情が、天上の神を引き合いに出すとは、どれだけ、思い上がっているのか。神の名を呼ぶとか、信仰心のカケラもないですね。この無礼を見逃してよろしいのですか、美の女神よ。」


あら、いやだ。不和の女神だわ、どうして気分の良い時に限って、この女神は現れるのかしら。まあ、今は、下界のお喋りのせいでちょっと機嫌が悪いけれど。それにこの女神って地味に美しいのよね。勿論、わたくしには叶わないですけど、中性的で未熟な、完成していないからこその美しさ?とでも言うのかしら。近くに居られるとイライラして美貌の敵よ。


「何が言いたいのかしら?エリー。」

「調子に乗っている愚かなニンゲンに、罰を与える時ではないかと、僕は愚行するわけです。」

不和の女神の言葉にニンフ達が騒ぎ出したわ。この子達は考えなしに楽しければ良いのだから、あまり焚き付けないで欲しいわ。


「君たちもそう思うだろう。この頃のニンゲン達の行いは目に余る。天界に上がってくる信仰が減って、君たちも大変だろう。」

わたくし達神々はまだしも、下位の存在であるニンフにとっては、ニンゲンの信仰心不足は存在に関わるのよね。本当は、わたくし達《神》の存在もニンゲンの信仰の強さが神格に影響するのだけれど、それは今は、置いておきましょう。


「そうです、そうです、女神様。ニンゲンが神々に供物をささげなくなって、私達、新しく生まれる子が少ないんです。」

「このままじゃ、女神様の髪のお手入れにも影響が出ます。」

「手のお手入れも十分にできなくなります。」

あら、それは大変。わたくしの美しさを維持するために何とかすべきね。

「それは、困るわ。では、わたくしを蔑ろにした罰を与えましょう。」


わたくしはそう言って、下界を指し示した。

「わたくしを貶めた国を海の藻屑に。」


わたくしは他のオリュポスの神々と違って、海の泡から生まれたから、同じく泡から怪物を呼び出すことができるのよ。

「愚かなニンゲンよ。自分の美しさをこの美の女神と比べたことを恥じて滅びるが良い。」

カターリャだけでなく、その近隣諸国へもちゃんとわたくしの怒りを伝えなければね。


驚いて逃げ惑うニンゲン達はそれはそれは醜かったわ。無礼にもわたくしの名を叫んで許しを乞うのだけれど、神の名を呼ぶ、それ自体が不敬である事すら知らないなんて。しかも、あろうことか、あの不愉快な王妃の首を、わたくしの祭壇に乗せたのよ!汚らしい!祭壇ごと粉々にしてやったわ。


わたくしの怪物がカターリャの海岸に達した時、絶望感に打ちひしがれた多くのニンゲン達は、今度は王妃の息子、まだ幼い子供を生贄に差し出して来たの。全く、ニンゲンの行動は予測不能だわ。


生贄のアンディ少年は怪物によく見えるように大岩に鎖で厳重にくくりつけられていたの。美少年だわ。はっきり言って、好み。こんな綺麗な子を怪物の餌にするなんて勿体無いわ。でも、どう収拾をつけようかしら。


考えていたら、また、あの女神がやって来たの。

「王妃の罪をその子供に問うのは美しい事なのでしょうか?あの少年の美しさは生きてこそ輝きディーテ様に捧げられるべきです。」

そうね、わたくしもそう思うわ。怪物は街に向かわせましょう。わたくしはあの子を回収するわ。


大岩の前に行ってみたら、海神ホセが現れたと思ったら太陽神サンまで降りてきたの。二人ともアンディは自分が引き取る、って言うんだけど、意味わかんない。

勿論、喧嘩する神々の姿をニンゲンなんかに見せるわけにはいかないから、嵐を呼んで見えなくしたわ。太陽は翳り、海は荒れ、雷鳴が轟く天変地異が局所発生していたけどね。

で、気がついたら、アンディはいなくなっていたの。は?って思ったわ。

どうやら、あの忌々しい不和の女神が英雄を連れて来たらしいの。

大神ジウとニンゲンの王女との息子にして英雄、わたくし達が与えた10の試練を果たす旅に出ているテーシウスよ。


わたくし達が喧嘩、あら嫌だ、討論をしているちょっとの間に、頑丈な鎖を解き、アンディを開放してしまったみたい。あまりの手際の良さにびっくりだわ。ちょっと集中しすぎたかしら。


結局、テーシウスはアンディを連れて行ってしまったわ。流石に試練中の英雄、しかも大神のお気に入りのデミゴットの邪魔をするのもどうかと思ったから、この件はこれでおしまいね。まあ、テーシウスとアンディの関係が今後どうなるのか、ちょっと気になるけど。男同士だし、親子ほど歳が離れていても、愛があればね。

だって、わたくしは美の女神で愛の女神ですもの。


あー面白かった。


わたくしは美と愛の女神ディーテ。世界一美しい女神。




SIDE T

良い風が吹いていた。今日の順調な航海を予感させる風だった。クソッタレの神々の試練も半分を終えた。故郷を旅立ってもう何年になるのだろうか。今向かっているのは黄金羊のいる島だ。行けと言うから行き、取ってこいと言うから取って来ているのに、成果を上げて帰ってくると、露骨に嫌な顔をする父親の正妻。あれが、オリュポスの大神ジウの正妻、神々の母というのだから、神と言ってもニンゲンと変わらぬ妬心を持っているのだと呆れてしまう。わが父・大神ジウは確かに神にしか成し得ない女好きだ。自分が結婚の神でありながら、子を成せない正妻は嫉妬の神に宗旨替えしたと、仲間内では蔑まれている。仲間、すなわち、俺と同じ大神の私生児・デミゴットで、嫉妬の神の被害に遭わなかった者は一人もいない。


父に愛され、幼い時からデミゴットの能力を発現していた俺ですら、あの女神は夫の目を盗んで暗殺を仕掛けてきた。非力な女子供に天罰と言う名の嫉妬を落とすぐらいなら、自分の夫の手綱ぐらいしっかり握っておけ、と言いたい。いや、今回の試練を全て終えたら、俺は神としてオリュポスに上がることになっている。その時に、堂々とあの女神の前で言ってやるのだ。「お前のような、妬心にまみれた薄汚い女神の居場所はこの天界にはない。己の相応しい場所に行け。」と。

その時のあの女神の顔を想像するとにやけてくるな。


??いやいや、ちょっと待て。俺はこんなちっぽけな復讐で満足する男だったのか?

頭の隅で警戒音が鳴っていた。これは、不味い。手にじっとり汗が滲んでくる。


「あれぇ、おかしいなあ。流石は英雄テーシウス。僕の誘導から逃げ出すとは、参りましたね。」


航海の安全を願う船首像の上に何かが浮いていた。

「何者だ。」腰の剣に手を伸ばす。突然、航海中の船に現れたものがニンゲンのはずはない。魔物か?いや、この前触れの無さ、嫌な感じは間違いなく“神“。


「あ、警戒されちゃった?嫌だなあ、これでも僕は、神々の中でも嫌われ者なんだよ。神嫌いの君とは仲良くできると思ったんだけどなあ。」

「どちらの神であられる?」

剣から手を離さず、俺はその得体の知れないものに問うた。俺が神を嫌っていることは誰も知らないはずだ。


「不和の女神、エリー。」

笑いを含んだ声がそう告げた時、ヒヤリとした手が俺の首に絡みつき、その神は痩せすぎた老婆の姿に変わった。おぞましさに体が動かなくなった。

「そんなに怖がらなくて良いんだよ。僕は君にお願いがあって来たんだ。」

「お断りする。私は今、神々の試練の最中で、これから黄金羊の島に行かなくてはなりません。」

恐怖で声が震えないよう、腹に力を込めると、少し気持ちが落ち着いた。

「そりゃあ、ちょうど良かった。僕のお願いを聞いてくれたら、黄金羊の見張りに見つからないよう、君の姿を短時間だけ見えなくする秘薬を分けてあげよう。あの百目の見張りに見つかると大変だよぉ。」


もし本当にそんな秘薬があるのなら、攻略が楽になることは間違いない。だが、神々はただの親切でニンゲンやデミゴットを助けることなど無いのだ。神に祈ってもどうにもならない、など子供の時に思い知ったはずだ。

「勿論、タダじゃないよ。だけど人助けさ。」


そう言って、不和の女神は、心を乱すような声音で語り始めた。


「酷いだろう?王妃が自分の美貌を自慢した訳では無い。追従者のおべっかを聞き咎めて、言われた王妃に罪を問うんだよ。ましてや、年端も行かない幼い王子を生贄に、だなんて。神だからって許されると思う?」

「あなたは神でしょう。」

「そう、そこ。だから、君、英雄テーシウスに頼みに来たんだよ。僕が動くと神々の調和が乱れる。でも、君なら?偶然、近くを通りかかった君が、少年の運命を憐れんで助ける!何の問題もない!」


俺は美の女神の横暴に心底怒っていたから、この時、不和の女神が“調和“を気にする、なんてあり得ないことを言ったのに聞き逃してしまった。そして、女神に手を貸すことを了解した。


女神の秘薬は、本物だった。海上で喧嘩をしている三神も国を襲った怪物も、姿を消した俺には全く気が付かなかった。これなら、百目の見張りにも見つからずに黄金羊に近づく事も可能だ。

俺は、大岩に鎖でがんじがらめに縛られた少年を救い出し、不和の女神の力を借りて船に戻った。


「流石は、テーシウス。英雄の名に相応しい、流れるような救出劇だったね。じゃあ、僕はこれでさようならだ。今後の君たちの活躍に期待しているよ。」


「君たち?」女神の耳障りな声が消えて、ホッとした。が、その一言が耳についた。目の前に呆然と座り込んでいる少年。周りの船員達の息を呑む様子。奴らの目の色が変わっていくのに気がついて、ゾッとした。あいつは間違いなく不和の女神だ。この美少年が、長い航海の間に船員達の欲望に火をつける未来がまざまざと目に浮かぶ。かと言って、今更、どうしろと言うのか。俺は、頭を抱えた。


あー、クソッタレ。


俺はテーシウス。大神ジウと王女エウロの息子、デミゴットにして英雄。神々の試練の最中に厄介者を拾った。




SIDE A

突然、母さまが、いなくなった。国中が大きな声で溢れている。みんな怖い顔をして走り回っている。昨日まで、みんな笑っていたのに。僕のこと抱きしめて、頭を撫でたりしてくれてたのに。今日は、痛い、って言っても僕の手を離してくれない。どんどん引っ張って、海の方に連れて行くんだ。海に行っちゃいけない、って、言ってたのに。怪物が来るよ、って言ってたのに。


おっきな岩に僕を縛り付けて、みんな帰って行っちゃった。助けて、って叫んでも、どんなに叫んでも、誰も助けてくれない。うるさい!って言われて、なんかを口に入れられた。変な匂いがして、気持ち悪くなった。


母さま!父さま!


王子は泣いちゃいけません、って教わったけど、無理です。怖い。怖い。怖い。どうしてこんな目に遭うの?母さまのせいで、神様の怒りをかったって言われたけど、母さまのせいって何のこと?母さまが何をしたって言うの?


寒いよ。腕も足も痛いよ。誰か助けて!神様!誰でもいいから、僕を助けて!


「助けに来た。少年、今、鎖を外す。」


突然、誰もいないはずなのに、目の前から声が聞こえた。「んー、んー。」変な布のせいで声が出ない。

「しっ、静かに。神々に気付かれると面倒だ。」

誰だろう、父さま?でも声が違う。お城の人?大臣?騎士達?

その人(?)はあっという間に僕を縛り付けていた鎖を外して、そっと抱き上げてくれた。そして、僕はフワッとしたと思ったら、もうそこは岩だらけの海岸じゃ無かった。


「流石は、テーシウス。英雄の名に相応しい、流れるような救出劇だったね。じゃあ、僕はこれでさようならだ。今後の君たちの活躍に期待しているよ。」


頭のずっと上の方から、そんな声がしたけど、僕は何もわからなくて、どうしようもなくて、ただそこに座ってた。


「クソッタレ。」


僕を助けに来たと言ってくれた同じ声がしたから、あの人が近くにいるんだ。顔を上げると、騎士団長より大きな男の人が、僕を睨みつけていた。怖い。助けてくれたんじゃ無かったの?どうして怒っているの?


「あー、泣くな。俺はテーシウス。この船は俺の船だ。お前は、怪物の生贄にされそうになっていたところを俺が助けた。わかるか?」


とりあえず頷く。やっぱり助けてくれたのはこの人なんだ。

「テーシウス様。」

名前を呼んだら舌打ちが聞こえた。怖い。「助けて下さって、ありがとうございます。」

「そのまんまじゃ風邪をひいちまう。着替えをやるから、来い。」

僕は腕を捕まえられて持ち上げられた。


「テーシウス様、俺がやりますよ。」周りに沢山の男の人がいるのに、その時やっと気がついた。ねっとりするような嫌な感じがして、思わず、テーシウス様にしがみついた。

「さっさと島へ進路を取れ。」

すごく大きな声でテーシウス様が命令して、男の人たちは、ブツクサ言いながら、どっかへ言ったけど、僕の方をチラチラ見る目がとても気持ち悪かった。


テーシウス様は、僕に着替えを渡して言った。

「生き残りたければ、食われたくなければ、決して俺のそばを離れるな。強くなれ。クソッタレの神々の嫌がらせに負けないぐらいに。」


その時の僕には、テーシウス様の言っていることは全然わからなかった。


助かったのかな?神様、ありがとう。


僕は、アンディ。たった一人のカターリャの生き残り。




SIDE A-E

僕、アンディ・カターリャが美の女神の厄災から、たった一人、英雄テーシウスの手により救われて、何年か経ったある夜に、それは突然、吐き気を催す現実となって、僕に襲いかかってきた。


テーシウス様が最後の試練を果たしたけれど、大怪我を負って帰って来た時、それまでは、テーシウス様を恐れて従っていた船員達が、一斉に彼に剣を向けた。「アンディを渡せ」と。


流石の英雄も手負いで大勢に囲まれて、どうしようも無かった。だけど、テーシウス様は僕を渡すことはしなかった。

国に帰れば、神様になるはずだったのに、切り刻まれて、海に投げ込まれてしまった。次は僕の番。そう思ったけれど、あいつらは、いやらしい顔をして、今度はお互いに

殺し合いを始めた。誰が僕の一番()()になるか、を決めるとか言って。


「全く、ニンゲンは愚かが服を着ているようなものだねえ。」

頭上から綺麗な声がした。昔、子供の頃に聞いたことのある声。テーシウス様に助けられた時に一緒に助けてくれた人の声。


「やあ、久しぶり、アンディ君。元気してた?テーシウスは残念だったね。でも、彼はちゃんと神の庭に迎えられたから、安心して。」

「それよりも、今は君の方が大問題だよ。この状況をどうしたい?」


その人、ううん、神様は、とても可愛い女の子だった。


「へー、君には僕がそう()()見えるの?面白いね、僕は不和の女神、君を美の女神の生贄から救い出すようにテーシウスに頼んだのは、僕だよ。ここへ連れてきて、面倒を見るように勧めたのもね。」

「だけど、そうすることを望んだのはテーシウス本人だから、やっぱり君を助けたのは、テーシウスだと、僕は思うんだ。」

「それで、命の恩人の仇に、その身体を狙われている君は、これからどうしたい?」

「乗りかかった船だからね、こんな所で君に死なれても僕は楽しくないから、力を貸してあげても良いよ。」


女神様は、僕に口を挟ませず、言いたい事を言い続けて言い切ると、そこでやっと、僕を見た。こんな時なのに、小首を傾げた様子に、子猫みたいだな、と思ってしまった。


「僕は・・・。」

「あ、言っとくけど、神罰を下して、は無しね。僕は、提案はするけど、決めるのは君たち、って言うのが信条だからね。」


神様は誰にも見えないのだろうか?誰もこちらを見ようとしない。断末魔の叫びがどんどん小さくなって行く。決着がつくのも近そうだ。早く決めなければ。


「僕はテーシウス様のような英雄ではないので、力では敵いません。それ以外で、戦う方法をください。」


女神はクスクスと笑った。「君はもう武器を持っているじゃないか。君の武器はその容姿だよ。神々をも争わせた実績は伊達じゃないよ。」


「え?」

「さあ、その武器を振るう時だよ、アンディー。」


神様が避けたその場所に、血まみれの男が5人、血刀を片手に現れた。

「えへへ、アンディー。俺たちと楽しもうぜ。テーシウスのクソ真面目野郎のせいで、何年もお預けを食らってたんだ。」


怖い、気持ち悪い、怖い。神様、本当に僕、勝てるの?


恐怖で体が動かない。血糊の付いた手が伸びて、僕の顎を掴んだ。濁った目をした男の顔が迫ってくる。

ぎゅっと思いっきり瞼を閉じて覚悟を決める。目を開けた時、そこに滴るような媚びを込めて、近づいてきた口元に囁く。

「こんな所じゃなくて、ベットに連れて行って。」

男は僕がそんな事を言うとは思ってなかったのだろう。驚いた顔をして、けれど次の瞬間には欲望にまみれた表情になって、僕を担ぎ上げた。

「なんだ、お前も乗り気だったのか。」

強張りそうな顔を意味深な作り笑いで誤魔化した。


僕は1対1の状況を作り出すことに成功した。抵抗しない僕に油断した男を殺すのは、初めての僕にも呆気ないほど簡単だった。その後も、一人ずつ誘い出しては、何とか全員を倒すことに成功した。

もう、体も心も疲れ果てて、海の上で、操る者のない船の上で、僕は一人立ち尽くした。


パチパチパチ。

「素晴らしい。よく頑張ったね、アンディ。見事にテーシウスの無念を晴らし、我が身の純潔も守った。」

女神様はまた突然現れた。何も言わない僕に、また、子猫のように小首を傾げる。

「ひょっとして、僕の事、嫌い?君を助けてあげなかったものね。」


「いいえ、助けて頂きました。僕は、幼い頃からずっと守られてばかりだった。自分で戦うなんて考えたことも無かった。城にいた時は両親や騎士達が、海に出てからはテーシウス様が守って下さった。その僕が、戦うことができるなんて。ありがとうございます。」

そう言うと、女神様はすごくびっくりした顔をされて、その後、とろけるような笑顔を見せた。


「ああ、アンディ、君は最高だ。どうだい、僕と一緒にこのクソッタレな神々の支配する世界を滅茶苦茶にしないかい?君の両親を、国を奪った神に、君の保護者を苦しめた神々に。きっと、僕と君なら、可能だと思うんだ。」

「だって、僕は不和の女神で、君は不和の種だから。」

そう言って差し伸べられた手は、ほっそりして小さくて折れてしまいそうだった。クソッタレな神々、それは、よくテーシウス様が呟いていた言葉。何故か嬉しくなって、血まみれの僕は跪く。

「はい、女神様。僕はあなたの不和の種です。」

女神様は泣きそうな顔で笑った。


そうして僕は、不和の女神様と共にオリュポスに行った。

神々の間に不和をもたらし、神格を下げ、この世界を彼らがさげずむニンゲンの物とする為に。そうして、望まぬ不和の女神となったこの方を終わらせて差し上げる為に。


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