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1.ガーデンパーティーにて

「……どういうこと?」


 自国の王妃様主催のガーデンパーティーに招待されたわたくし、レイラ・オパールは、綺麗に手入れされた王城の庭園で思わず立ち尽くしてしまった。


 そこかしこでわたくしと同じ年頃の貴族令嬢たちが楽しげに歓談している。何故かわからないが、彼女たちのドレスやアクセサリーは王都で流行の中でもだいぶ派手な部類で、化粧も濃いめだ。だけど、何より気になるところが。


 どうして、金髪縦ロールの髪型をしている子ばかりなの?


 ほとんどの令嬢が揃いも揃って金髪縦ロール。太さもボリュームも様々な金髪縦ロール。くるっくるの金髪縦ロール。

 笑い方は高笑いだし、態度もちょっと高飛車な感じだから、劇や物語に出てくるヒロインの恋敵、いわゆる悪役令嬢みたい。目の前の光景は、量産型悪役令嬢といったところかしら。

 量産型悪役令嬢……いいわね、劇の一場面で印象強く使えるかも!


 脚本家志望のわたくしは、ここ一年ほど特例で王立芸術学院に毎月脚本を提出している。オパール伯爵であるお父様の許可が下りず、通学できないことは残念だけど、専任の先生から忖度なしの採点や批評をもらえてとても勉強になる。


「「レイラ様!」」

「サマンサ、カーラ! ねえ、どうしてみんな悪役令嬢みたいな姿をしているの? あなたたち何か知ってる?」


 後で紙に書き起こすために量産型悪役令嬢たちを目に焼き付けていると、友人のサマンサとカーラが駆け寄ってきた。彼女たちはわたくしと同じく通常のドレスや髪型だったので安心した。子爵令嬢の二人とは観劇という同じ趣味を持つ仲間として親しくさせてもらっている。


 わたくしの質問に二人が気まずそうに視線を交わし合い、カーラがおずおずと口を開いた。常に冷静な彼女は絵が上手で、舞台美術に関わる仕事がしたいという夢がある。


「あの……レイラ様は、今回のガーデンパーティーがどのような目的かご存知ですか?」

「ええ! 芸術に造詣の深い王妃様が、昨今の流行の傾向などを聞きたいとご要望で、特に流行に敏感な貴族女性たちを世代別に呼んでいるのよね。流行は貴族から一般市民へ下りていくものだから」

「そうですわ。創作をする身として、王妃様とお話できる機会を私もとても楽しみにしていました。ですが、私たちの世代だけは別の目的もあるそうなのです。先程、他の令嬢方が話しているのが耳に入ってきまして……」

「別の目的?」


 カーラの困った顔を見たわたくしが首を傾げると、フンッと鼻を鳴らしたサマンサが答えてくれた。感情表現豊かなサマンサは裁縫が得意で、将来は舞台衣装を手掛けたいらしい。


「私たちの年代は、王妃様のご子息である第二王子のマリウス様の婚約者探しだそうですよぉ。王妃様との歓談中にたまたまマリウス様が通りかかるという、よくあるベッタベタな展開のようですわぁ!」

「思慮に富んだ王妃様が提案したとはとても思えませんから、誰かが仕組んだのかもしれせんが……」

「だからわたくしたちを含めて婚約者がいない独身の令嬢ばかりが招待されているのね。でも、それがこの光景とどうつながるの?」


 不機嫌そうにしかめっ面をするサマンサに対し、カーラはわたくしの表情を伺うように言葉を止めた。

 カーラったらどうしたのかしら? 普段の率直な物言いよりも歯切れが悪いわね。なかなか核心を付かないのは、マリウス様と悪役令嬢もどきたちと関係があるから?


 わたくしが色々考えている間に決心が付いたのか、カーラが言葉を続けた。


「どうやらマリウス様は、玄人好みの名作とされる歌劇『薔薇乙女奇譚』のある登場人物を理想の女性だと仰ったらしいのです」

「まあ、幼いわたくしが劇を見て感動して脚本家になろうと思ったきっかけの劇を! そういえば、そのときにマリウス様と並んで観たような……」

「お親しい間柄なのですか?」

「ううん、子供の頃に王立劇場で数回会ったことがあるくらいで……あら? あの劇は悪役令嬢なんて存在しないじゃない。明確にヒロインやヒーローの邪魔をするのは……!」


 幼い頃のマリウス様との思い出が一瞬頭をよぎったが、ある事実に気付いたわたくしはカッと目を見開いた。


「ええ。レイラ様が愛してやまない稀代の悪女キャラ、クレアですね。その劇をよく知らない令嬢方が、ヒロインの邪魔をするクレアを悪役令嬢と勘違いしたみたいで」

「マリウス様に気に入られようと、金髪縦ロールで派手な衣装と化粧の悪役令嬢の扮装コスプレをしたようですよぉ」


 カーラは諦めたようにため息をつき、サマンサはつまらそうに周囲を一瞥したが、それどころではなかった。


「どこの誰よぉぉ、クレア様を悪役令嬢に成り下げたのはぁぁ!!」

「レ、レイラ様、落ち着いて……!」

「悪役令嬢が悪いわけではないわ……恋敵としてわかりやすいし予定調和な物語をかき乱してくれる存在としてわたくしだって脚本で重宝しているもの……でもクレア様を悪役令嬢とするのは本当に無理過ぎる解釈違い過ぎる見た目も全然違い過ぎる……あの方は稀代の悪女よ美学を持った大輪の悪の華なのよぉぉ!?」


 怒りで体を震わせながら、わたくしは地を這うような低い声で唸った。


「レイラ様はクレアが関わると普段の気さくさがなくなって、高位貴族としての迫力が増すわねぇ。お顔立ちも緋色の髪もとてもきれいだから、威圧感がすごいわぁ」

「相変わらずサマンサは動じないわね……私は説明しながら嫌な汗が止まらなかったんだから。どう上手く話しても、レイラ様の地雷を踏んでしまうのですもの……あら?」


 サマンサとカーラの小声でのやり取りは耳に入ってこなかった。しかし急に視界が薄暗くなり、誰かが目の前に立ったことに気付く。


 見上げるとそこには銀髪の美しい青年が優しげな笑みを浮かべていた。


「相変わらずだね、レイラ」

「マリウス様!? ご、ご無沙汰しております」


 慌てて淑女の挨拶を取ると、マリウス様は何故か一瞬寂しげな表情になった。不思議に思ったけれど、その間にマリウス様は他の令嬢たちの前へ歩み出る。


「第二王子のマリウスだ。母上が体調を崩してしまったため、すまないが本日のパーティーを延期させてもらう。別日に改めて招待するとのことだ。よろしく頼む」


 艷やかな銀髪と琥珀色の瞳が物語の主人公のように華やかだ。国王陛下や王太子殿下を陰日向に支え、整った容姿と実務能力の高さで評判は良い。

 突然の王子の登場に他の令嬢たちは色めきだつが、王妃様目当てのわたくしたちは明らかに落胆した。


「王妃様、心配ね。残念だけど今日は帰りましょう」

「そうですね」


 解散の宣言を受け、三人連れ立って庭園の出口へ向かう。


「レイラ!」

「はい?」


 何故かマリウス様に呼び止められた。そもそもさっきから親しげに話しかけてくるのは何故?


「先程、『薔薇乙女奇譚』のクレア様への愛を語っていたが、まだまだ僕には敵わないね。真に彼女を理解し敬愛しているのは、この僕だ!」


 そういえば、マリウス様はクレア様のファンなんだっけ。それにしても唐突だけど……もしかして、クレア様に関しての令嬢たちの誤解を解くおつもりかしら? それなら加勢させて頂くわ!


 わたくしはゆっくりと振り返りつつ、婉然と微笑んだ。マリウス様を囲む令嬢たちの刺すような視線など何も気にしていないかのように。


「聞き捨てなりませんわね。ではクレア様の信条は当然ご存知ですよね?」

「もちろん。まず何事も美しく為すこと。そして完璧であること。最後に潔くあること」

「お見事ですわ。まあ、これは常識ですから」

「では逆に問おう。脚本は実は二つ用意されていたが、クレア様に関してどんな違いがある?」

「クレア様の生い立ち、クレア様の腹心の部下の正体、クレア様の薔薇乙女の伝説の解釈、そしてクレア様の最期の言葉ですわ」

「さすがだな。では……」


 クレア様の良さをアピールしているうちに、「どちらがクレア様のことを知っているか」という意地の張り合いになってきた。


 そのうちに令嬢たちは一人二人と立ち去り、サマンサとカーラも「お先に……」と言い残してそそくさと退散してしまった。

 いつの間にか庭園にいるのはわたくしたち二人だけに。


「もうこんな時間か。レイラ、クレア様への思いの強さは僕が一番ということで」

「お待ちください、まだ話は終わっておりませんわ!!」

「すまないが、第二王子とはいえ僕も忙しい身でね」

「くっ、もっと時間があれば、わたくしの方がクレア様を崇拝しているかわからせてやりますのに……!!」


 グッと拳を握りしめるわたくし。

 立ち去りかけたマリウス様が振り返って微笑んだ。


「じゃあ僕の婚約者になればいいよ。僕との時間が確実に取れるし、母上からも詳しい話が聞ける。無理にとは言わないけど……」

「いいわよ、婚約者でも何でもなってやろうじゃないの!!」

「……え?」

「その代わり、わたくしのクレア様愛をいくらでも語り尽くしてやりますから覚悟なさい!!」

「あ、ああ、わかった。では改めて城からの使いを送るから」


 興奮して冷静さを欠いたわたくしは、何故か耳を真っ赤にした彼の背中を鼻息荒く見送った。

 熱っぽい表情で口元を押さえたマリウス様が「まさか、本当に婚約を了承してもらえるとは……」と呟いていたことなど知らず。


 あれ、今、何が起きた……?


 時間が経ち、段々落ち着いてきたわたくしは、先程のやり取りを思い返す。


『じゃあ僕の婚約者になればいいよ』

『いいわよ、婚約者でも何でもなってやろうじゃないの!!』


 どうして私はクレア様のこととなると周りが見えなくなるの!?


 とんでもないことを口走った事実が体中にじわじわ浸透していく。震えが止まらない。あまりのことに気が遠くなってきた……。




 ーーその後、マリウス様の正式な婚約者ではなく婚約者「候補」の一人になって、ひとまず安堵するのだけど……。


 王立芸術学院に入学できることも、何故か事件に巻き込まれてマリウス様と探偵の真似ごとをするようになるなんてことも、意識を失っていくわたくしには、到底想像できない未来だったわけで……。



*****


挿絵(By みてみん)

秋の桜子様よりいただきました!



挿絵(By みてみん)

アホリアSS様よりいただきました!



挿絵(By みてみん)

加純様よりいただきました!



挿絵(By みてみん)

黒星★チーコ様よりいただきました!



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― 新着の感想 ―
[一言]  あら、王子は元々気があったのですね。  もしかして、クレアを好きな理由の一端に、レイラが絡んでたりして(^^)
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