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記憶  作者: ハシモト
4/8

ベテラン

 ランドは朝よりは遅く、昼には早すぎる時間にギルドの前へと到着した。初夏の訪れらしく、新緑の香りがどことなく辺りに漂っている。ランドにとってそれは自分の故郷を思い出す香りだった。


 安定期が長かったことと、辺境とはいえここが街道筋であることから、ウィルトルのギルドの建物はそれなりに立派だ。少なくとも基礎は石でできていて、元は何かの役場だったらしい建物だった。


 だがこのハイランド王国の最も西の端にあるウッド半島は、その大半が森林に囲まれているため、湿度が高く、基礎のほとんどは苔むしていて、建物の外壁も少し朽ちた感じが拭えない。


 ランドは最後に潜った時以来、三日ぶりにそのファサードの中央にある大きな扉を開けた。既に朝の出発前の一番混む時間は過ぎているはずだが、中ではそれほど多くはない職員たちが駆けずり回っている姿がある。


 おそらく成長期になって、普段はお目にかかれないような素材や、核が持ち込まれたり、周辺の別のギルドに対して中心核を撃つための依頼や、成長期に一発当てようと、新たにここに来た者達への対応に追われている様だった。


 それだけではない、駆け出しの連中が角の方に集まって、何やら相談らしきものをしている姿も見える。成長期になったことで、今までは彼らが潜れたような低階層にも大物が出るようになり、潜ることができずにいるのだ。別のどこかのギルドに移動する相談でもしているのだろう。


 それでもそこに移動するだけの旅費や、新たな厄災に挑むための装備の為の蓄えがある者はいい。それもなくて、ギルドへの借入だけが残っているような場合は目も当てられない。厄災は一つとして同じものはない。自ずと必要な装備類も変わってくる。


「あれ、ランドさん。今日から潜りですか?もうみんな潜りに行って、最深部しか空きはありませんけど?」


 顔見知りの受付係がランドに声をかけてきた。厄災に潜るにはギルドに届けを出して、どこにどれだけ潜りたいのかを知らせないと行けない。それをしないと、下手をすれば雫師同士で撃ち合うことにもなりかねない。ランドは受付に向かって首を振って見せた。


「潜りじゃない。ブライスさんはいるかな?」


「居ますけど?」


「では話があると伝えてくれないかな。」


「分かりました。すぐに声をかけてきます。」


 受付係の若い女性が奥へと走り去っていく。ランドは年齢的にはまだまだ若手ではあるが、ここでは一番の稼ぎ頭だ。だからその扱いは悪くはない。ブライアンが一番だと言っているが、それはブライアンの自称だった。だがランドもギルドもそれをわざわざ否定して、一悶着を起こすようなことはしない。


「はい。お会いするそうです。執務室まで来てほしいとの事です。」


「了解した。」


 ランドはそう言うと、受付横の板をはね上げて奥へと進んだ。


「ここは安定期が長かった。成長期もそれなりに長いはずだ。」


「安定期の長さと、成長期の長さは関係がないはずだぞ。」


 奥の執務室の方から、何名かの男達が話しながら出てくるのが見えた。その気配からみて、間違いなくそれなりの腕の雫師だ。ランドがこれまで見たことがない男達だから、ギルドが周辺に声をかけているという腕利き達の一部なのだろう。


 ランドは自分よりも年齢が上の男達に向かって軽く会釈をすると、廊下の脇に避けて男達を通してやった。通り際に男達が不思議そうな顔をしてこちらを見る。ギルドの職員とは思えないし、雫師なら成長期の厄災に潜っているはずなので、少し不思議に思ったのかもしれない。


「トン、トン。」


 ランドは執務室とは名ばかりの小部屋のドアを軽く叩いた。


「ランドかい?空いているよ。」


 中からここのギルド長をやっているノエル・ブライアスの声がした。


「失礼します。」


「来客があったから、バタバタしていてすまないね。片付けもまだだけど、とりあえずはそこに座っておくれ。誰かにカップを下げさせて、お茶ぐらいは持って来させるよ。」


「いやノエル、気を遣わないでくれ。大した用事じゃない。すぐに終わるよ。」


 ランドは親しみを込めて、ブライスの事を名前で呼んだ。いくつかのギルドを経てからとはいえ、彼女とはまだまだ駆け出しだった頃からの付き合いだ。


 初めて会った時には、ブライスはまだギルド長ではなく、自分の夫や自分の兄弟、夫の兄弟達と厄災に潜っていた。この厄災の深部の探索のほとんどは、ブライスの「手」が行ったものだ。


 やがて彼女以外が全員死ぬ事故があり、ブライスは厄災に潜るのを止めた。そしてギルドの職員として働き始めた。彼女としてはその様な事故、同士討ちを二度と起こしたく無かったのだろう。彼女によってこのギルドの規律は良く守られている。ブライアンでもブライスには逆らわない。


「なんだいランド、つれないね。中心核を撃つ気になってくれたのかと思って、少しは期待したのだけど。」


 ブライスは自分の執務机に足を組んで座ると、そうランドに告げた。


「あんたならよく分かるだろう。俺では役不足だ。中心核は一人では撃てないよ。寄ってたかって周りに居る有象無象を押さえて、誰かが撃つ。ともかく山ほど待ち受けているのは分かっているのだから、力押しだろう。俺の様な斥候が得意な人間などお呼びじゃない。」


「そうかい。私はそうは思わないけどね。」


「さっきの連中は中心核を撃つ依頼か?」


「そうだよ。辺りに声をかけた。だけどこの周辺じゃ、ここウィルトルの厄災が一番大きい。だから結局のところみんな及び腰だね。それでも成長期に稼ぎたいというのも本音だから、出来ないとは言わない。うちで一番やる気があるのがブライアンだと言うのだから頭が痛いよ。」


 そう言うとブライスはランドに向かって、小さくため息をついて見せた。


「ノエル、ブライアンに任せるぐらいなら、あんたが潜った方がよくないか?」


「こんなおばさんを捕まえて、最深部までいけと言うのかい?そもそもどれだけ潜っていないと思っているんだ。」


「ギルドの金庫を開ければ雫は足りるだろう?それに間違いなく、ここではあんたが一番の雫師だ。」


「ランド、それはあんたを抜かせばの話だよ。」


「買い被りすぎだ。悪かった、さっきのセリフは取り消させてくれ。それより、『王の手』が当てにならないなら、ここの職員を連れて、逃げる算段を早めにしておいた方がいい。相の変わり方が急すぎる。ここの中心核は俺たちのような半端者(ギルド所属)の手には余ると思う。」


「それでも二月ぐらいは持つだろう。それまではせいぜい足掻いて見ることにするよ。それよりあんたは潜りもしないで、何を…。ああ、休暇だね。」


 ブライスが呆れた様な顔をする。


「元々決めていることだからな、成長期も何も関係はないさ。」


「あんたは本当に変わり者だね。将来誰があんたの嫁さんになるのか知らないけど、その頑固さには苦労すること間違いなしだ。わざわざそれを告げにここまで来たのかい?」


「いや、別にお願いがあってきた。ベテランさんの登録書類を見せて欲しい。」


「登録書類?それは秘密事項、、。そうか、あんたが引き受け人になったんだね。」


「グレッグに押し付けられたよ。それに引き受け人を変更させるなんて、一体どんな手を使ったんだ。ここの誰かにしこたま酒でも奢ったのか?」


「ハハハ、違うよ。酒を奢られたぐらいで規則を破るなんてのは、私の目が黒いうちは絶対に許さないよ。グレッグは雫師ではないからね。だから拒否ができるんだ。」


「そう言うことか。」


「ランド、もしかしてあれを誰かに届けるつもりかい?」


「ああ、少し旅に出てくる。それにそれは俺がこの世界に足を踏み入れるきっかけでもあったからな。」


「なるほどね。それも何かのあやというもんだろうさ。ここを離れるつもりなら、早めの方がいいのは確かだ。欲を掻くと碌なことにならない。」


 ブライスは胸元にある、女性のものにしては少し大きく、無骨なペンダントを無意識に握っている。それは彼女の夫がかつてつけていたものだった。


「引っ越しじゃない。休暇だよ。だから戻ってくる。それにベテランさんはある意味で有名人だ。それほど時間はかからないと思っている。」


 ランドの言葉に嘘はない。実際にベテランの存在は有名で、そのため、雫師としての第一歩をこのウィルトルのギルドで始めようとする駆け出しは大勢いた。


「そうだね。あの男もここではそれなりに有名人だったね。」


 そう告げるとブライスは執務室の机に向き直って、書類入れの中から取り出した一枚の紙に署名をすると、それをランドへと渡した。


「これを受付に出しておくれ。書類はすぐに見せる。中身を書き写してもいいが、持ち出しはなしだよ。」


「分かった。」


 ランドはブライスに頭を小さく下げて謝意を表すと、その手狭な執務室を後にした。


* * *


 ランドは受付に出してもらった紅茶を飲みながら書類に目を通した。書類には大きくその名前が書いてあり、その名前で署名もあった。そこには「ドルフ・フレミング」と書いてある。ブライスには有名人と言ってはみたが、ランドは自分が彼の名前を初めて知ったことに気がついた。


 誰もが彼の事を「ベテランさん」としか呼ばなかったのだ。おそらくグレッグでも名前を知らなかったのではないだろうか?店のツケの伝票にも「ベテラン」と書いていた様な気がする。


 ベテランこと、ドルフはここに所属する前に、ここから徒歩で10〜12日ほど離れたところにある、ウィルナスの街のギルドで雫師としての登録をしている。辺境ではあるが、ウィルナスは子爵領の中心地で、このウッド半島の中では比較的大きな街の一つだ。


 書類に書かれていることが正しいとするならば、そこからさらにウッド半島を西側、半島のほとんどを占める山地側に3〜4日離れた村の出身のようだ。


 ランドは馬を替えて使うつもりなのと、荷物もほとんどなしなので、おそらくは4日、遅くても5日もあればウィルナスにはつけるだろうと考えた。そこで何日か宛を探すのに費やしても、月が新月から満月までの間(15日)には済む。丁度休暇に決めていた期間だ。


 何かがあって長くなっても、月が満ちてから欠けるまでの間(30日)には戻ってこれるはずだ。つまり破綻前には間違いなく戻って来れる。そうと決まれば時間を無駄にすることはない。ランドは書類を書類挟みへと戻すと席を立ち上がった。


「あの、ランドさんですよね。」


 不意に背後から声がかかった。振り返ると、まだ幼さを残した少年がランドの方を見ていた。


「そうだが。」


「僕は、マークと言います。ここで雫師を始めたばかりの駆け出しです。ベテランさんの遺品を持って帰ってくれて、ありがとうございました。」


 そう言うと、少年はランドに向かって頭を下げた。


「ベテランさんには本当にお世話になっていました。戻って来ないのをみんなで心配していたんですけど、何もできなくて。まさか…。あんなに慎重には慎重をと言っていたのに…」


 そう言うと目を伏せて俯いて見せた。


「相が変わったんだ。運がなかったんだな。」


「はい。本当に残念でした。」


「グレッグのところに金を持って行ったのは君か?」


「えっ、はい。残された人がいるかもしれないと思って。」


「先程書類を見た。どうやら家族らしい人はいないらしい。だからこの金は不要だ。君達が自分の為に使うんだな。」


「で、でも…!」


「墓はギルドが建てる。そういう約束だ。だから墓代はいらない。それに金は死んだものではなく、生きているものが使うべきだ。」


 ランドは懐に手を入れると、グレッグから預かった金が入った小さな皮袋をマークに渡した。


「それと、これは先達としての忠告だ。今のウィルトルの厄災には君たちが潜れるようなところはない。雫師を続けるつもりでもそうでなくても、早めに他に移った方がいい。どちらにしてもブライスに、ギルド長に相談するんだな。悪い様にはしないはずだ。」


 ランドはそう告げると、あっけに取られてランドを見ているマークを残して、ギルドを後にした。

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