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記憶  作者: ハシモト
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雲雀亭

 「雲雀亭」という名の食堂兼宿屋の入り口からは名前通りに喧騒が漏れていた。


 騒がしいのが好きではないランドは、もっと空いている時間に出直すべきかと考えたが、入り口の隙間からカウンター側が空いているのを見て、風雨にさらされた樫の扉を開けた。それは見かけ通りに盛大な軋み音を立てて開く。


 ランドの耳に、中の喧騒がひときわ大きく響いてくる。ランドはそれに背を向けるかのように足早に中へと進むと、カウンター席に腰を下ろした。


「ランド、潜りは休みかい?相が変わったとかで、他の奴らは稼ぎ時だと大騒ぎだぞ。」


 そう言うと、店主のグレッグは奥の卓の方を顎でしゃくってみせた。そこでは多くの雫師たちが、酒瓶を片手に大騒ぎをしている。


「稼げるかも知れないが、不安定でもあるからな。それに混んでいるのは俺には合わない。」


「まあ、人それぞれだな。」


「ランドさん、いつものでいいですか?」


 グレッグの一人娘で、この宿の看板娘のサマンサがランドに声をかけた。歳のころはまだ12〜13歳ぐらいだろうか?黒い髪を後ろで結んで、毎日健気に働いている。


「ああ、サマンサ、いつもので頼む。」


「もう、オムライスばかりじゃなくて、一度くらいは他のものも食べてみてください。」


 サマンサはそう言うと、ランドに向かって口を尖らせて見せたが、すぐに調理の為に奥の厨房の方へ引っ込んでいった。


「それよりグレッグ、あんたはどうするんだ。厄災の相が変わったのは間違いない。成長期は長くはない。その後は…」


「破綻か…」


 グレッグが小さく呟く。


「そうだ。それが起きたら、この辺りにはもう人が立ち入ることすらできなくなる。」


「その前に、あんたが中心核を始末してくれればいい。」


「俺では役不足だよ。」


 ランドは自分に片目を瞑って見せたグレッグに向かって肩をすくめて見せた。これは謙遜ではない。「手」ではない、つまりパーティーを組まない自分が単独で中心核を撃つなどと言うのは無理な話だ。パーティーを手と呼ぶのは、雫師達が普通は前衛から打ち手までの五人で組を作ることからきている。


「ギルドはどう言っているんだ。俺なんかより、あんたの方が詳しいだろう。」


「王都の方へは依頼は出してあるそうだ。最もここは辺境だから『王の手』が来てくれるかどうかは分からんということだ。」


「近くにいるやつらが居ないと、時間的に間に合わなくなるしな。」


「一応はここにいるメンツと、周囲にいる奴で中心核を撃てそうな連中にも声はかけているらしい。どうなることやら。」


「そう思うのなら、さっさと逃げるんだな。」


「俺は厄災が発生する前からのここの住人だ。サマンサの母親も眠っている。そう簡単にここから逃げる訳にはいかない。」


「そうか。辺境とはいえ、ここは街道筋だ。中央が動いてくれる可能性は高い。だがサマンサだけでもどこかに早めに移した方がいい。じゃないと…」


「なんだ?」


「俺や俺の故郷と同じになる。」


「そうか、あんたも厄災に故郷を追い出された口だったな。」


『厄災』


 まさにその名前の通りだ。突然に現れてそこに住むものから全てを奪うもの。この地に発生した厄災は竪穴を中心とした迷宮の形態をとっているが、他には昼でも真っ暗な森であったり、濃霧であったりとその形態は様々だ。


 だが一度それが発生すれば、もうその地では何の作物も育ちはしない。そしてそこからは「魔」と呼ばれる異形のものが溢れ出てくる。それは発生期から安定期、そして短い成長期を経て破綻に至る。破綻が起きた地は瘴気に満ちた地となり、ありとあらゆる生き物が生きてはいけない不毛の地となった。


 厄災を排除する方法はただ一つ。発生期と成長期に現れる中心核と呼ばれる根源を破壊すること。ただそれは剣や弓といった普通の武器では傷ひとつつけることはできない。その前にその周りにいる「魔」を排除することもままならない。


 だが人は生き残りをかけてそれを破壊する方法を編み出した。「雫」だ。雫とは厄災によって発生する魔を倒すと現れる、核と呼ばれるものを特殊な技術で精製したものだ。それは「厄災」という毒に対して、そこから得た毒でそれを制しているとも言えた。


 雫を使うことで、「魔」に対抗する様々な力を持つものが現れた。雫師だ。雫師は魔から抽出された雫をもとに、本人が持つ属性に応じた力を振るうことができる存在だ。そして人によって属性と振るえる力は異なる。つまり雫師として「厄災」に挑むことができるのは、才能がある一部の限られた人間ということになる。


 雫師達は少数のパーティー、「手」を組んで厄災に挑んで来た。多くのものが同時に雫を使うとその効果が薄れてしまうからだ。それと迷宮のような厄災に大人数で挑むのは物資の輸送などを考えても、無駄が多すぎて効率的ではない。


 厄災の発生は国土を失うことを意味する。なので国が中心となって雫師を集め、国内で発生する厄災に対してそれの鎮圧を行う者達がいた。「王の手」と呼ばれる者達だ。彼らは王国の安全を担う者達であり、まさに精鋭そのものだった。


 たとえ平民の出であっても、王の手になるということは、一代貴族になるのと同じぐらいの栄誉と富を得ることができた。中でも「青」「赤」「緑」「黄」という雫自体の属性の色を冠した王の手は、その中でも精鋭中の精鋭として知られ、その栄誉は下手な伯爵家よりも高いとも言われている。


 そしてその上には、「銀」と「金」と呼ばれるこの世界での最高の雫師達が存在する。彼らの持つ権力は王族、いやそれすら凌ぐと言われていたが、ランドの様な者からは雲の上の存在で、噂以上の事は知らない。


 だが発生する厄災の数は多い。実際は「王の手」だけでは手に余った。特に王都から離れる辺境がそうだった。それで民間でギルドが組織された。そこには厄災に故郷を追い出されたような者を中心に、多くのものが雫師を目指して集まり、そして厄災に挑んだ。何故なら厄災は金にもなったからだ。


 雫そのものを得るには「魔」を討伐して核を得る必要がある。そして「魔」からは他では得られない貴石や薬になる貴重な部位などが手に入った。中心核が現れる発生期を過ぎた安定期などでは、このギルドに属した雫師達が金だったり、あるいはそこで名を上げて、王の手になるのを夢見て厄災に挑み、そして多くの者が死んでいく。


 それでもギルドで管理されているだけ、このウィルトルの厄災はマシとも言えた。田舎町に発生した厄災などは誰の助けも得られず、ランドの故郷同様、ただその地を追い出されるだけだ。あるいはもぐりの雫師に頼んで、騙されて金だけを踏んだくられるぐらいが関の山だった。


「ランド!一人で夕飯か?相変わらず暗いやつだな。」


 自分の故郷で起こった厄災について、しばしもの思いに耽っていたランドに、背後から急に声がかかった。


「なんだ、ブライアンか?」


「なんだとはなんだ!?それにどうした、成長期の稼ぎ時だというのに潜らないなんて、腹でも壊したか?」


 少し背が高く、整った顔をした男が、ランドに向かってにやけた顔を向けた。


「それがいつまで続くか分からないからな。様子見だ。」


「相変わらずの小心者だな。だから手を組む奴がいないんじゃないのか?俺のように大胆かつ繊細にだな…」


「ランドさん、オムライスお待たせしました。私の愛情のおまけ付きですよ。」


 背後から話を続けていたブライアンを無視して、サマンサが湯気の立つオムライスをランドの前へと置いた。


「サマンサ、ありがとう。」


「おい嬢ちゃん、人の話を折るんじゃない!」


「食事の邪魔をしているのはそっちでしょう!」


 サマンサがブライアンに向かって、酔っぱらいに負けないぐらいの大声を上げる。


「ねえ、ブライアン。あんな愛想のない小娘の相手なんて何でするのよ。」


 ブライアンの横に座っていた若い女性が不満げな声を上げた。若いと言ってもサマンサよりはだいぶ上だ。おそらく二十を超えたぐらいだろうか?


「焼くなジュリー、俺が一番頼りにしているのはお前だよ。」


 ブライアンの「手」の女雫師はその言葉に機嫌が直ったのか、ブライアンの腕にその胸を押しつけた。


「そうだ、ブライアン。あんたは俺たちの希望の星というやつだ。」


 ブライアンの手の一人が、愛想笑いを浮かべながら相槌を打って見せる。その追従に、元々ニヤけていたブライアンの顔がもっとニヤけた。


「ランド、お前は小心者だが、それ故の斥候としての腕は認めてやる。だから俺と手を組め。そうすればお前が探知して、シリルがそいつを抑える。そしてジェリーの風に乗せて俺がそいつを焼き払う。」


 そう言うと、ブライアンはランドに向かって両手の掌を上に上げて見せた。


「簡単な話だ。成長期で荒稼ぎをして、適当なところで中心核を仕留める。」


「三層で牙蛇の死骸があったという話だが、あれもあんたがやったのか?」


 酔客の一人がブライアンに声を掛けた。


「三層…」


 ブライアンはしばしとまどった様な表情を浮かべたが、すぐに芝居かかった様で頷いて見せた。


「そんなところだ。」


「伊達にここの一番上を張ってはいないな。流石はブライアンだ!」


「そうだ。王の手が来る前にここの中心核を仕留めて、来年は王都で銀糸に金糸のマントを着て贅沢三昧だ!今日は俺の奢りだ。みんな好きにやってくれ。」


 周りの酔客達が手を叩いてブライアンを褒める。そして一斉に手にした杯とつまみのお代わりをカウンターのサマンサに向かって告げた。サマンサは目を回しそうになりながらそれを帳簿につけると、厨房の方へと駆け去った。


「どうだ、王の手になって、こんなドサ廻りからもすぐにおさらばだぞ!」


「悪いなブライアン。何度も言っているように、俺は一人でやるのが好きなんだ。」


 ランドはそう告げると、だいぶ酒が回っているブライアンに向かって首を振って見せた。


「本当に根暗な奴だな。だから女にもてないんだぞ!おいジェリー、お前の柔らかい胸をあいつの腕に押し付けてみろ。そしたらあの根暗も考えを変えるかもしれないぞ。」


「えぇーー!こんな根暗はいやよ!」


 そう言いながらもジェリーのランドを見る目には怪しい光があった。この女は男は全てブライアンと同じだと思っている。


「ほらみろ。根暗は女にモテないんだ。」


「それに用事もあるから、しばらくは潜るつもりはない。」


「はあ?用事ってなんだ。女でもできたか?」


 ブライアンの言葉にランドは思わず苦笑いをした。この男は他の男も皆自分と同じだと思っている。


「休暇だ。」

 

「休暇!?成長期だぞ!」


 ブライアンが信じられないという顔をする。確かに成長期の厄災では、普段はお目にかかれない様な奴が、それも浅い階層に出てくる。一儲けを企む奴らにとって、絶対に見逃せない状況だ。だがいつ滅亡が起こるかも分からない。その危険との隣り合わせでもある。

 

「前から決めていたことだ。それに休みをきちんと取らないと下手をうつ。俺たちは一度でも打ったらそれでお終いだ。そうだろう?」


「ブライアン、私とシリルが居れば十分よ。あんな奴はほっておいて、皆なで乾杯しましょう。」


「おー、酒が来たぞ。では未来の王の手、いや色持ちの誕生を祝して乾杯だ!」


 酔客達がブライアンの奢りの酒を手にして、上機嫌に叫ぶ。


「ブライアン、万歳!」


 サマンサが給仕して回る酒を手にした男達が口々に叫ぶ。ブライアンもランドの事を諦めたのか、彼らの輪に混じって酒杯を天井に向かって突き上げた。


「今日は忙しい様だし、俺は早めに休ませてもらうよ。」


「ちょっと待ってくれランド、あんたに話がある。」


 席を立とうとしたランドに向かって、グレッグが声をかけた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公ランドの過去にも未来にも大いに興味が湧きますね。 この先を楽しみにしてます。
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