美少女時計
いつもギリギリまで寝ていて遅刻寸前で登校する俺に、母親が目覚まし時計を買うように勧めた。馴染みの通販サイトで申し込んだのは、声優が可愛い声で起こしてくれると言う、美少女時計だった。届いたのは何の変哲もない銀色の四角い時計だった。文字盤の下に3つボタンがあって、一番左のボタンで俺は時刻を合わせた。真ん中のボタンでは、ユーザー名を登録するらしい。ケイタと名前を入れ、俺は説明書を見た。肝心なのは右側の、声を選ぶボタンである。
「どんな声があるんだろう?」
試しに一番を押してみた。幼なじみボタンである。
「もう、6時だよケイタ君!起きないと遅刻しちゃうよ!」
高めの元気な声、ちょっと怒っているところもツボだ。これから苦手な朝も難なく起きられるだろう。気を良くして俺は二番を押した。
「ろ、6時だからね。ケイタ君、ベ、別に君のこと起こしに来たわけじゃないだからね!」
照れ混じりの困った声。ツンデレボタンである。これはこれで有りかもしれない。ツインテールの美少女が照れているところを想像して、俺はニヤニヤした。続いて三番のボタンを押してみる。
「6時だよ、ケイタ君。起きないと、君を刺しちゃうかもね?」
「ギャー!」
思わず叫んでしまった。優しいのに背筋が凍りつく声。ヤンデレボタンである。怖すぎてそもそも眠れない。目覚まし時計なのに寝かせてくれないという、恐ろしいボタンである。俺は慌てて四番のボタンに切り替えた。
「6時だよ、ケイタ。ほっぺにご飯粒、付いてるよ?」
「か、母ちゃん?」
驚いて椅子から転げ落ちそうになってしまった。間違いない。迫力のある、野太い声。おかんボタンである。
「な、何だよこれ」
何で母ちゃんの声が登録されているんだよ。俺は慌てて説明書を見た。そこには登録された目覚ましボイスが順に、明記されている。幼なじみ、ツンデレ、ヤンデレ、普通のおかん、困ったおかん、照れたおかん、泣いたおか等々。
「つーかこれ、おかん時計だろ?」
毎日母親に起こされているのに、わざわざおかんボイス選ぶ必要ある?もちろん無い。俺はそっと美少女時計を箱に戻し、引き出しの一番奥に押し込んだ。いつか本物の美少女が俺を、起こしてくれる日を夢見ながら。