【81.5】カティアナの記憶。上
お姉様は神に愛された人だった。生まれた時から聖女としての素質を持ち合わせていたお姉様に両親は期待を寄せていた。
私の三つ上の、二番目のお姉様と私は聖女の力を継がなかった代わりに光属性に特化していた。両親からは聖女になれなかった出来損ないとして蔑まれたが、後に全属性持ちであることが分かり、教養とマナーを六歳の聖誕祝祭までに叩き込めと半ば強引に軟禁された。
お姉様はそんな両親の態度に気付いていて、いつも私達姉妹を守ってくれていた。お姉様は力だけではなく、中身までも聖女のように清廉で美しく聡明なお方だったのだ。聖女の力は継げなくても、お姉様のように思慮深くそれでいて謙虚で、心まで美しい人間になろうと、幼いなりに努力した。
お姉様と私たちは全く似ていなかった。容姿も、声も、力の有無も全て。美しいシルバーのストレートヘアーに宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。凛とした声は聞く人全てを振り向かせ、立ち居振る舞いは上品で優雅。聖女の力に驕ること無く性格も穏やかで常に笑顔を絶やさず、どんな人にでも分け隔てなく接して下さる。
私と二番目のお姉様はウェーブがかった金髪に青い瞳、落ち着いた声と同じように性格も大人しく内気で、お姉様のようになりたいと努力はしていたが到底なれそうもなかった。
それでもお母様とお父様が望むような令嬢になろうと、マナーの勉強もダンスの練習も必死になって頑張った。その甲斐あってか、上流貴族の嫡男から婚約者を決めるということになった。聖女の力も持たず、三女である私がこんなに良い扱いを受けると思っておらず最初は困惑したが、ここで私の婚約者が決まれば両親も少しは見直してくれるかもしれないと思い、頑張ることにした。
そして私は現実を知る。やはり聖女の力を持っていないとなると、お姉様とは比べ物にならないと婚約の話に頷く人は誰もいなかった。
「聖女の血筋でも、神託を受けられなかったら意味無いよな。まあ、顔は良いから愛人くらいならいいかもな」
縁談を断られ家に帰る時、すれ違った伯爵子息がそう吐き捨てるように言うのを聞いて、私は呆然とした。
「うぅ……、っく、マリアお姉様……」
屋敷に戻ると二番目のお姉様が迎えてくれる。マリアお姉様は婚約者の話は出ていないが、魔法の扱いが上手く若くして魔法研究所にスカウトされ、そこで出会った歳上の男爵子息と密かに想いあっているらしい。きっとそのまま結婚するだろう。マリアお姉様は私の涙をハンカチで拭い、背中をさすってくれた。
「カティ……」
「やっぱり私には……貴族の婚約者だなんてなれないですわ。せめてマリアお姉様のように、心から愛せる殿方に出会えたら……」
両親のために上流貴族の妻にならなければならないと頑張ってきたが、流石にあのような言葉を吐かれ、結婚後も愛がなく、お姉様に比較され続けながら暮らすのを想像すると辛い。そんなことならいっそ平民になった方がマシだ。聖女としての功績で一応両親は爵位にしがみついているが、どうせ三女の私は爵位を持てない。だが、そんなことを両親が許してくれるはずがない。
「カティ……大丈夫よ、私、魔法研究所に所属して気付いたことがあるの」
「マリアお姉様……?」
マリアお姉様が真剣な表情で言う。何だろうと首を傾げていると、お姉様は私の頬に手を添え、じっと私を見た。
「私、聖女の血筋だって一言も魔法研究所の人達に言ってないのに、色んな人からチラチラ見られるのよ。勿論魔法が上手だからっていうのもあるけど……なんでだと思う?」
「えぇと……?」
「顔よ。か・お! 私とカティは似てるから、カティも自信もって。私、その事に気付いてから自分に自信が持てるようになって、そしたらあの人にも好きになってもらえて……。あっ、ディーラ様は私の顔だけに惹かれたわけじゃないからね」
そう言ってお姉様はコロコロと笑う。私は目を丸くした後、思わず笑ってしまった。
そう言えば昔、お姉様は私の髪と瞳を褒めてくれた。羨ましいとも言っていた。私からすれば儚げな印象を持ちつつもどこかクールで、美しくかっこいいシルバーのストレートヘアーのほうが素敵だと思うのだが、お姉様はそうでは無かったみたいだ。後に知ったことだが、お姉様はお姉様で自分一人だけ姉妹の中で容姿が違うことにコンプレックスを抱いていたようだ。
マリアお姉様の言葉で涙が引っ込み、笑顔になる。二人とも前向きに、今を生きている。私も二人のように前向きに生きなければ。努力して磨いた教養とマナー、マリアお姉様曰く恵まれた容姿は無駄にはならないはずだ。もう少し頑張ってみる、と笑うと、応援してるよと微笑まれた。
数ヶ月後、朝食を終え自室に戻る途中、お父様とお母様が私を呼び止めた。何だろうと思い足を止めると、また婚約者の件だった。今日は公爵家の嫡男だからと両親は張り切って私を着飾らせる。前の伯爵子息の言葉が胸にずっと刺さっていたせいか、正直乗り気ではなかった。公爵家の人間が聖女の力を持たない私を婚約者にするわけが無い。あの時以上に酷い言葉をかけられるかもしれない。そう思うと、自然とため息が出た。その様子を見たお父様が顔を顰める。
「……ったく、いつも縁談の時そんな顔をしてるんじゃないだろうな。教養と顔だけが取り柄なんだから、男の後ろでニコニコと愛想良く笑ってればいいんだよ」
お父様は呆れたように言う。今まで散々言われてきた言葉なのに、何故か今は酷く傷つき、胸が痛んだ。
馬車に乗り公爵邸へ向かう途中もずっと気分は沈んでいた。嫡男はお姉様と同じ私の六個上のようだ。なら尚更聖女のお姉様と比較されるだろうなと憂鬱になり、窓の外を見てぼんやりとしていた。
そうしているうちに目的地に着く。私が降りると、男性の使用人が出迎えてくれた。




