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【81】諦めて認めよう。

「失礼します」


 声をかけてから部屋の扉を開けると、そこにはベッドの上で上半身を起こした状態の母の姿が見えた。私の方を見て微笑む母に頭を下げてから部屋に入り、静かにドアを閉める。

 ベッドの近くまで歩いて行くと、母はテーブルに移動しようと言ったので先にテーブルへ向かった。

 母が席に着くと侍女が紅茶とお菓子を持ってきてくれて、お礼を言って紅茶を一口飲む。香りがよくて美味しい。思わず顔が綻んだ私を見て、母がふわりと笑った。


「ヴィラールから体調が良くないみたいって聞いていたけど、もう良くなったのかしら」


「うん、平気」


 母の問い掛けに答えると、なら良かった、と微笑む。


「少し安心したわ。セドリックもソフィも、二人とも乳母やメイドに任せっきりだったし……私の体調を案じてくれているとはいえ、こうしてゆっくり話す機会がなかったもの。本当はもっと一緒に居たいんだけど……」


 申し訳なさそうな顔をして呟く母に、私は慌てて首を振る。体調があまり良くないみたいなのに時間を作ってもらってこっちの方が申し訳ない。

 それで話したいことって? と訊ねられ、大したことじゃないんだけどね、と前置きして言葉を続ける。


「お父様とお母様ってどうして結婚したのかなって思って……。なんというか、うーん……私ももう成人するわけだし、結婚とか考えなきゃいけないって思った時、二人はどうだったのか気になっちゃって」


 何となく恥ずかしくて目を逸らすと、母は少し驚いたような表情を見せたあと、くすりと笑ってそうねぇ、と口を開いた。


「完全に恋愛結婚だったわけではないけど……政略結婚でもなかったわ。いずれは結婚する運命だったけど、それを自覚するより前に好きになったもの」


 そう言ってどこか懐かしそうに遠くを見つめる。その視線の先にあるのはきっと、過去の記憶だろう。


「誰か気になる人でも出来たの?」


 母にそう聞かれてどきりとする。慌てて別にそういう訳じゃ……と首を振ると、それを見た母はあらまあ、と楽しげな様子でこちらを見た。完全に見透かされているような気がする。


「私とヴィラールの馴れ初めじゃあまり参考にならないと思うけど……。私の家系は代々聖女を輩出している家系で、女は上級貴族と結婚して男は魔法騎士として働いてきたの。だからヴィラールとは出会うべくして出会った訳だけど」


「えっ、お母様って、聖女なの?」


 驚いて尋ねると、母は首を横に振った。どういうことだろうと首を傾げていると、色々あるんだけどね、と前置きしてから教えてくれた。


 曰く、母には姉が二人いるらしいのだが、一番上の姉が歴代でもかなり強力な聖女の力を受け継いだせいか二番目の姉と母は聖女の力を持たずに生まれてきたらしい。ただ二人は聖女の力を受け継がなかった代わりに帝国内でも珍しい光特化の全属性持ちで、代々の聖女と変わらず上級貴族の家に嫁ぐことになったらしい。とはいえ聖女の力が欲しい貴族たちは二人との結婚に消極的だったみたいだ。

 一応お互いの家の面子があるから公侯伯の家に挨拶は行っていたみたいだが、そんな時に出会ったのが私の父であるヴィラールだったそう。父は母を一目見て気に入ったらしく熱烈な求婚が続き、そんな父に母も心惹かれたのだという。


「聖女特有の特化魔法は受け継いでないけど、血筋もだし光特化だからソフィは高位精霊に気に入られて契約することになったのかもしれないわ。あの猫さん、光特化の高位精霊でしょう?」


「あ……たしかに、リリーの気まぐれで契約したようなものだけど……契約した時公爵領にリリーがいたのも本当はお母様の魔力につられて来たのかな」


 いくら魔力の純度が高くて魔力量が多いとはいえ、高位精霊であるリリーがわざわざ特化魔法が違う私と契約するなんて、と少し疑問に思っていたが、母が聖女の血筋だったのなら納得出来る。


「この帝国には聖女の血筋が三家あって……そのうちの一つが私の生家だったわけだけど、代々みんな短命でね。姉二人はソフィが生まれるより前に亡くなったわ。だから私の家はお母様が最後の聖女よ」


「あ……そうだったんだ」


 母の話を聞いて思わず俯く。あとの二つはどこなの? と聞くと、意外な答えが返ってきた。


「ひとつは大教会の神官の家系で、もうひとつが……確か侯爵家の夫人が聖女の系譜に連なる人だったかしら」


「侯爵……って、アメリシア侯爵?」


「ええ、確かそうだったわ。そういえば、アメリシア侯爵のところにもソフィと同い歳の令嬢がいたわね。その子が聖女の託宣をうけたかどうかまでは分からないけど」


 まさかのアリスのお母さんが聖女の家系で私は目を丸くした。アリスからそういう話を聞いたことはないけど、彼女も聖女なのだろうか。


「だからまぁ……きっかけは政略結婚なのかもしれないけど結果お互い惹かれて結婚したし、相性は良かったと思うのよね。ヴィラールったら私にぞっこんで他の女性なんか目に入らないくらい愛してくれてるの。ふふ、素敵でしょ?」


 母は頬に手を当ててうっとりとしながら言った。その表情は幸せいっぱいといった感じだ。


「それで……ソフィは誰なの? 意中の人」


 突然母に尋ねられて慌てふためく。そんな私を見て母はあらあらまあまあと楽しげな様子で笑った。


「違う……と思うんだけど、なんだかよく分からなくて。一緒に居ると楽しいし、優しいなぁって思うけど……。恋愛感情なのかは自分でもよく分かってないっていうか……」


 私が答えると母はなるほどねぇと言った後、顎に手をあてながら何か考えているようだったが、やがて顔を上げた。


「後悔はしないようにね。家のこととかは気にしなくていいから、ソフィのしたいようになさい。好きな人と一緒になれるなら、それが一番幸せなことだもの」


 そう言って母は優しく微笑みかけてくれた。



「そういえば、聖女の特化魔法って何なの?」


 母との話を終え部屋に戻るとリリーはベッドの上で丸くなっており、私は椅子に座って寛ぎながらリリーに尋ねる。するとリリーは丸まったままこちらを見上げ、毛繕いをしたあと欠伸をした。


「聖女は特化魔法とは少し違うわよ。カミサマから直接力を貰うの、託宣ってやつ? 予知とも少し違うんだけど」


 そういった後ふよふよと私の元へ飛んで来て頭に乗っかる。髪の毛をむしゃむしゃと齧り始めたので痛いと文句を言うとリリーはぺろりと舌を出した。


「一般的には神降ろしの儀をして神託を授かるんだけど、人間は脆いからカミサマの力に耐えられなくてすぐ死んじゃうのよね。物を通じて力をもらうこともあるわ」


「ふぅん? 神様……ってことは、予知より確実なものじゃないの?」


「予知は特定の人物の少し先の出来事を見ることができるって感じなんだけど……何年先か、とか日付は具体的に分からないことの方が多いのよね。けど神託は人物じゃなくて国全体の予知って感じ。戦争とか天災とかを知ることができるから、聖女は皇后や上級貴族の嫁に行くことが多いわよ」


 リリーの話になるほど、と納得すると、聖女は魔力がおいしいのよね〜なんて呟いていた。やっぱり母の魔力に釣られてあの時この屋敷に来たっぽい。


 色々と母に聞いたが結局気持ちの整理はつかないままだ。私のやりたいようにすればいいと言われたが、本当にそれでいいのだろうか。


(あーー! やめやめ。考えるのはやーめた。なんにもやらずに後悔するなら、思うままに壮大にやらかして後悔するほうがいい)


 よし、と気持ち切り替える。このまま好きだと認めず言い訳を考えてずっと悩むより、さっさと自分の気持ちに正直になってしまおう。


(うん、だって、顔だっていいし優しくしてくれるし二人でお出かけもいって、好きにならない方がおかしいよね! よし、言い訳探しは諦めよう)


 心の中で自分に問いかけて、結論が出たところで私は立ち上がった。そしてそのまま部屋の扉に向かって歩き出す。


「どこか行くの?」


 後ろからリリーの声が聞こえる。私は振り返りながら呼びベルを鳴らした。


「うん。誕生日、とびきり可愛くならなきゃだから」


 この気持ちを認めてから初めて会う誕生日パーティのために一番似合うドレスを選ばないと。コンコンと扉がノックされ、すぐに開けるとメティスが立っていた。


「おでかけするから馬車出して!」


「かしこまりました」


 これからのことを考えながら、私はメティスと共に屋敷を出た。

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