【80】自覚と緊張。
第二書室へ戻ると、ラルークは別の本を読みながら考え事をしていてクロムは奥のほうで書類作業のようなことをしていた。筆記具は持ち込めないと言われていたがクロムはクロムだしいいのか、と納得して二人の邪魔にならないよう端の方で極力存在感を消して本を読んだ。
しばらくすると閉館前の鐘が鳴り、読んでいた本を棚に戻す。クロムも書類をまとめ、帰り支度をしていた。
「そろそろ戻るか」
「そうだね、ラルークは読み終わった?」
「ごめん、あと二ページだけ……すぐ読むから」
ラルークが申し訳なさそうに謝るのを見て、気にしないで、と言ってまた椅子に座る。そして数分後読み終わったラルークが本を戻したのを確認して私たちは第二書室を出た。
「どうだった?」
廊下を歩きながらラルークに尋ねると満面の笑みで良かったよ、と返ってきた。ラルークが満足ならよかった。
「古代魔法をある程度見たあとは禁忌魔法を見てたけど、何個か解除方法が分かりそうなものがあって。所長に聞いて大丈夫だったら今度試してみようかなとか考えてたんだけど……この前研究所を消し炭にしかけたから怒られるかも」
さらりと物凄いことを言った気がするが当の本人はけろっとしているのでツッコミどころが分からず、程々にね、と笑っておいた。
それにしても一回読んだだけで内容を理解できる頭がすごい。魔法研究所がどういう方法で所長を決めるのか、そもそも所長になったらどうなるのかもよく分かっていないが、ラルークならすぐに所長になりそうだ。所長になったら真っ先に第二書室の本を読み漁りそうだなとか色々考えていると正面玄関に着き、帰る前に入館証を受付の人に見せて図書館を出た。
「本日はありがとうございました、陛下。感謝してもしきれません」
「そうか。では俺は公務があるから先に失礼する。……またな、お嬢さん。招待状、確かに受け取った」
ぺこりと頭を下げたラルークを一瞥したあと、クロムはクロムはそう言って馬車へ乗り込む。
「うん、ありがとう。またね」
ひらひらと手を振り馬車に乗るクロムを見送った。そのあと、ラルークとも別れ馬車乗って屋敷へ帰る。流れていく景色を見つめながら、はあ、とため息をついた。
(……大丈夫だったかな、私、いつも通りだったかな)
戻ってからラルークと会話するまで、気持ちの整理はしたつもりだったがやけに緊張してしまった。あの時の自分はちゃんと笑顔を浮かべられていただろうか。声は震えていなかっただろうか。
(これからどうしよう、まともに顔を見れない……いや、どうしようってなんだって話だけど)
自分で自分にツッコんでみるものの、何も解決しない。そんなことより、これから先どうやってラルークと関わればいいんだろう。いつも通りってどんな感じだっただろうか。
うんうんと悩んでいるうちに屋敷に着いたようで、部屋に戻る途中セドリックとばったり会った。
「ソフィ、おかえり。どうだった? ハルベルト卿とのデート」
「でっ!? デートじゃないよ! クロムもいたもん。……いつもはそんなこと言わないのに、どうしたの?」
いきなり言われた言葉に驚いているとセドリックはにこっと笑った。普段はむしろ私がデートどうだった、とか聞いてセドリックがこれってデートなの? なんて言うような感じで、セドリックの方がこういったことには鈍いイメージがあったのだが。
「僕はクロムの方がいいと思うけど、ソフィが好きになる人を僕が決めるわけにも……」
「まっ、まってまって、なんでそんな話になってるの」
セドリックの言葉に慌ててストップをかける。すると彼はきょとんとした顔をしてからくすっと笑った。
「メティスがなんだか今日のソフィは機嫌がいいって言うから、予定を聞いたらハルベルト卿とクロムと図書館に行くって言ってて。確かに思い返せばハルベルト卿と居る時のソフィは楽しそうだったし、やっぱりそうなのかなって思って」
思わず自分の頬を触ると、ますますセドリックは笑う。
「……私、好きとか、わからないや」
ぼそりと呟くと、セドリックが不思議そうな顔をしてこちらを見た。そして何か考え込むように口元に手を当ててから口を開く。
「いいんじゃない? 分からなくても。いずれ分かるよ、きっと。応援してるよ」
そう言ってセドリックは私の頭をぽんと撫でて去って行った。その背中を見送りながら、私はもう一度心の中で小さく呟いた。
分からない。
(……なんて。本当は、分かってるはずなのに)
セドリックが去った後もしばらくそこに立ち尽くしていたけれど、ふと思い立って庭に出た。中庭にあるベンチに座って空を見上げると、赤色から紺色に染まり始めていた。
もう少しで誕生日。ラルークと出会って、もうすぐで十年になる。
(あと数時間経てば、星でも見れるかな)
出会った時は、星が綺麗な夜だった。出会った日も、ラルークと星を見に行ったのも、これくらいの時期だったなと思い出す。
ラルークは私のことをどう思っているのだろう。彼が見る運命の星とやらに、私は居るのだろうか。私の運命の星に、ラルークは居るのだろうか。
しばらく空を見上げ、大きく深呼吸をする。次に目を開ける時には星が見えるといいなと願いを込めてゆっくりと目を閉じた。
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結構あの後すぐに寝てると勘違いしたルルリエに叩き起されて部屋に戻り、食事をとっていつも通り寝た。ベッドに入ってからもやけにラルークのことが頭に残っていたのだけれど、結局そのまま眠ってしまったようだ。
次の日、ぼーっとしながら朝ごはんを食べていると、心配したらしいファムがどうしましたかと話しかけてきた。
「うーん……お父様とお母様って、政略結婚? それとも恋愛結婚?」
「突然どうされたのですか……? 奥様と旦那様は恋愛結婚だったと聞いておりますが」
私が質問すると、お茶を用意していたファムが手を止めて私に目を向けた。お二人とも仲睦まじくて幸せそうだと思いますと付け足され、私はそっかぁと相槌を打つ。
「気になるのでしたら直接聞いてみてはいかがでしょうか。旦那様は本日外出されますが、奥様はいらっしゃいますよ」
言われてそれもそうかと納得する。人の馴れ初めを他人から聞くのも変な話だ。とりあえず朝食を終えて身支度を整える。
思い返せば母と話をしたことはあまり無かったかもしれない。身体が弱いのかあまり外に出ないし、屋敷の中でもあまり会わない。二ヶ月に一回くらいは家族揃って食事をするが、父が喋り倒すか疲れていて全然話さないかの二択なので、母は殆ど話さずにこにことしているだけだ。不仲ではないが、仲良しかと聞かれると首を傾げてしまうようなそんな感じである。
じゃあお母様に聞いてみるとファムに言うと、伝えてきますと返事をして彼女は出て行った。
しばらくして戻ってきたファムはお昼頃にならお時間が取れるようですと言っていたので、それまで庭でも散歩しようとのんびり準備をした。




