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【79】その感情は。

 なんとか沈黙をやり過ごし図書館に着いた。馬車から降りるとクロムが手を差し出してきたのでその手を握り降りる。後に続いてラルークも降りたのを確認すると、クロムは私の手を取ったまま歩き出した。


(……なんだか、いつものクロムらしくないような)


 セドリック以外の人と複数人で居る時、いくら私とクロムが出会ってから長いとはいえ、私だけを特別扱いするようなことはしないはずなのに。……いや、今日は女が私一人しか居ないからエスコートしてくれてるというのは分かるけど、なんかこう、いつもはもっと周りの人の様子とかを見てから行動する感じがするのに。


 そう考えているうちに受付に着いた。クロムの手から離れ、自分の入館証を提示する。基本入館証が必要な部屋には入館証を持った人しか入れないが、クロムは皇帝なので彼が許可した人か直接連れてきた人は入れるというわけだ。私は入館証を持っている人間として、ラルークはクロムが連れてきた人間として受付を済ませ、地下二階にある第二書室へと向かう。

 階段を降りながらラルークの様子を窺うと、第二書室の本が楽しみなのか、そわそわしているような顔をしていた。


「筆記具や映像石などは入館証を持っている者のなかでも限られた人間だけが持ち込める。あとこの中の本は魔法がかけられていて、外に持ち出そうとすると魔法が発動するから気をつけろ」


「はい」


 ラルークはクロムの言葉に頷くと、簡単に持ち物検査のようなものを受けていた。そしてクロムが入館証をかざし、ラルークと共に部屋に入る。私も同じようにかざして室内へ入った。


 部屋に入った途端ラルークは目を輝かせて本棚を端から端まで眺めたあと、数冊抜き取って読み始めた。今まで見てきたなかで一番テンションが高い気がする。ずっと楽しみにしていたみたいだし話しかけるのもなと思い私は反対の棚から適当に本を読んで時間を潰すことにした。クロムはこの前言ってた調べたいことがまだ残っているみたいで、難しい顔をしながら本の背表紙を見つめている。


 一時間ほど経った頃だろうか。ふと視線を感じて横目で見ると、ラルークが本を片手にこちらを見ていた。なんだろうと思って首を傾げてみると、ラルークはなんでもないよ、と笑う。


「何を読んでいるのかなって、気になっちゃって。邪魔してごめんね」


「そうだったんだね。ラルークは何か面白いの見つけた?」


「うん、古代魔法系から読んでいたんだけど、やっぱり今の魔法の元になってるだけあってすごい興味深いものばっかりだよ。たとえばここに書いてるのだと……」


 ラルークは本を指さしながら色々と説明をする。よく見てみると、一度ちらっと読んだが内容が難しくて途中で諦めた本だった。ラルークの説明を聞きながらもう一度内容を確認すると、一人で読んだ時はちんぷんかんぷんだったがすんなりと頭に入ってくる。

 ラルークは話しながらも時折私の反応を確認していた。私が分からなさそうな反応を見せるとすぐに解説してくれてすごくわかりやすい。


「前に魔法教えてくれてた時から思ってたけど……ラルークって教えるの上手だよね、先生とか向いてそう」


「そ、そうかな? 僕は天文学と魔法以外はあんまり興味ないから最低限しか出来ないよ」


「でもほら、分からない人に分かるように教えられるのは才能だと思うよ」


 照れ臭そうにしているラルークを見ながら素直に思ったことを言う。少し頬を赤く染めながらも嬉しそうにしていて今日はなんだか子どもらしい表情が多くて可愛いなと思った。

 そしてふと、自分が今思ったことを心の中で復唱する。どうしてそんなふうに感じたのだろう。これじゃまるでラルークのこと……。


(……どうして急に?)


 今までラルークのことをそういう対象として見たことは無かったはずだ。どうしてこんなに心臓の音がうるさいのだろう。

 私が何も言わないことを疑問に思ったのか、お姫様? とラルークが首を傾げる。その声にハッとした私は慌てて返事をした。


「ごっ、ごめん、なんか、急にトイレ行きたくなっちゃって……」


 そう言うと私は逃げるように第二書室を離れた。



 廊下を駆け一般書庫に向かう階段に着くと一気に力が抜けた。そのままずるずると階段に座り込む。


(……どうしよう)


 私は一体何を考えているのだろう。確かにラルークは前から魔法について教えてくれて、私の聖誕祝祭(ファンティスタ)ではアリサリスに絡まれて嫌な思いをしただろうに私のことを気遣ってくれた。彼にはずっと助けてもらっているし、優しいし、一緒にいて楽しいと思う。……けど、それ以上は何も無かったはずなのに。


(いつから? もしかして、私がラルークを聖誕祝祭(ファンティスタ)のパートナーにしたのは、ラルークの事が)


 そこで考えることをやめた。これ以上考えてしまうともう戻れないような気がしたからだ。

 私はこの世界に来る前、社会人だったのだ。歳だって今のラルークより上で、それにプラスで十五年も生きているから、もはや中身は四十近くといっても過言ではない。


(入社して二年……あれ、三年だっけ、いや、歳、いくつだっけ、()……あぁどうしよう、半年前にあの夢見たばっかりなのに、最近は()を思い出せる間隔が短くなっているような気がする)


 ――どうして戻れなくなったら駄目なの?


 ふと、そんな思いが浮かぶ。私はどこに戻れなくなるとブレーキを掛けているのだろう。元の世界? 自分の感情?


(ラルークのことが……だったとして、それがどうして駄目なの、心でブレーキをかける理由は? 本当の私を隠している事への罪悪感? それとも、元の世界の私を忘れたくないから?)


 そこまで考えて頭が痛くなった。そもそも、元の世界での記憶が薄れることに何故焦りを感じるのだろう。漠然と忘れちゃダメな気がするという理由しかないはずで、その曖昧な気持ちに違和感を覚えた。

 元の世界の私は、生きているかすら分からない。友人も同僚も家族もみんな大切だけど、向こうの生活より、この世界の方が不自由なくて、戻らなくたっていいはずで、元の世界の記憶なんて無くなってもいいはずだ。勉強も魔法も、元の世界の知識があったおかげで早く進めることは出来たけど、忘れてももう一度やり直せばいいだけで。


「……うぇっ」


 考えすぎて気分が悪くなり、吐きそうになる。頭の中ではぐるぐると色々なことを考えてしまい、整理がつかない。

 本当にトイレ行こう、と立ち上がり、階段をのぼりトイレに向かった。

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