【76】これが噂の断罪イベント。
「んー……もうそろそろかなぁ……」
頬杖をつきながら呟き、窓の外を見た。聖誕祝祭で毒入りワインを飲んでから早半年、屋敷に引きこもってもうじき三ヶ月が経つ。計画通り徐々に噂も広がっていき、最近アズィムが噂を消そうと躍起になっているようでもうそろそろ終わりにしようと椅子の上で大きく伸びをした。
父はこの前の購入証明書に加えて過去の悪事を金で解決してきたことや、貴族の娘達を食い物にしたことも全て掴んだらしく、これだけ証拠があれば失脚させられるだろう。弾糾の舞台は整っている。後は主役の登場を待つだけだ。そして数日後、ついにその時が来た。
いつものように朝食を食べた後、ドレスに着替えて髪を結う。たまたまここ一ヶ月勉強に没頭していてご飯を食べずに寝落ちたりして痩せた身体がもっと血色悪く見えるように化粧をして、証拠と映像記録魔法の最終確認をしていると扉の向こう側から声をかけられた。
「ソフィ……こんなに痩せて、辛かっただろう。本当はパパが一人で処理したいところだけど……どうしてもソフィの証言も必要だから、ごめんね」
父はそう言って私を抱き締めると、頭を撫でてくれた。痩せたのはアズィムの件は関係ないので少し申し訳なく思いながらも、大丈夫だよ、と小さく呟いた。
父に連れられて向かった先は裁判所のような場所だった。よくある異世界転生モノの断罪イベントといえば、婚約している皇太子から婚約破棄されて過去の悪事を暴かれる……なんてものが王道だが、別にアリサリスの婚約者を横取りしたい訳でもないし学園に通っているとかそういう訳でもないので、結果として法的にガチな断罪イベントとなってしまった。なんだか少し可哀想な気もするが、悪いことをしたのは向こうだし仕方ない。
部屋に入ると既に沢山の貴族が集まっており、皆私を見るなり驚いた表情を見せた。元々小柄で細身ではあったが、更に痩せたので(化粧の効果もあるのだが)かなり弱々しく見えたのかもしれない。
「此度の裁判を取り仕切らせて頂く、ルパート・リッテンハイムです。本日はアリサリス・アズィム令嬢の度重なる悪行によりソフィ・イリフィリス令嬢が社交界に参加できなくなったことに対する訴えと、その罪を確認するため、この場を設けさせていただきました」
「異議あり!何故そのような事を申し立てるのか……事実無根でありこの裁判自体が子爵家に対する侮辱である!」
裁判長の挨拶の直後、一人の男が叫んだ。ちらと声の方を見ると案の定、アズィムだった。
「カディル・アズィム殿、発言は許可しておりませんぞ。静かになさい」
「しかしですね、裁判長。私は真実を述べているまでです。公爵家の御令嬢が社交界に顔を見せなくなったのは娘のせいではありません。そもそも公爵令嬢は元より社交界にあまり出ていなかったでは無いですか」
確かにアズィムの言う通り、元々あまり社交界に顔を出していなかったので聖誕祝祭前に戻ったと言われるとそうなのだが、それはそれとして腹が立つ。
父はアズィムの発言が気に入らないようで眉間にシワを寄せている。普段温厚な父の珍しい姿に思わず笑ってしまいそうになり少し俯くと、そんな私の内心など知らない会場にいる貴族たちは相当気に病んでいるんだとざわついた。
「まず、証拠として映像記録魔法をご覧ください。聖誕祝祭後にアリサリス嬢を含む数人でお茶会をした時のものです」
「ふむ……それではこちらのスクリーンへ映像記録を」
裁判長の言葉で、壁一面に大きなスクリーンが降りてきた。つい最近知ったことなのだが、この帝国内にある三つの裁判所には特殊な魔法が組み込まれたスクリーンがあるらしく、それを通すと普通は出来ない映像記録魔法の早送りや巻き戻し、倍速再生などが出来るらしい。ちらっとセドリックに聞くと、その特殊な魔法と映像記録魔法を同時に使えるなら一般人でも使えることは使える……らしいが、結構難しいみたいだ。
私は降りてきたスクリーンに証拠として残していた数々の映像記録を映していく。まずはアリスとリュシーが居た最初のお茶会から。アリサリスがティーカップのお茶を私にひっくり返したところで、周りがいっそうざわめく。
その後も数々の悪事の場面が映し出され、会場に居たアリサリスは震えながら唇を噛んでいた。
「……っ、こんな映像、どうしてあるんだ! これも子爵家を陥れるために仕組んだことなんだろう!? それに……子供があんな長時間映像記録魔法を使い続けられるわけが無い!」
先程私に対してあんなに自信満々だったアズィムは、今度は顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。映像記録魔法を改ざん出来ないことは証明されているから、こうなるように仕組んだとしか言えないのだろう。とはいえ、アリサリスが登場する前から映像は記録してあるのでそんなこと言っても無駄なのだが。
「静粛に。……映像記録魔法は改ざん不可なその性質から証拠として有力でありますので、この映像は裁判での証拠として採用いたします。また、令嬢は光属性特化の高位精霊と契約していますので、本人が記録した魔法であることも確認済みです」
「そんな都合よく……、高位精霊は魔力の質が高いと言われていたベルク陛下でも成人してしばらく経って契約したというのに……」
アズィムは信じられない、という風に呟いたが、私の腕にはしっかりと契約の紋章が刻まれているので何か言われたらこれを見せれば問題ないだろう。普段は見えないように腕が見える衣装でもそこだけ隠しているし、七年前の戦争だって魔法研究所の人と騎士団の人しか私がいた事は知らないだろうし、私が高位精霊と契約しているなんて誰も思わないはずだ。まあ、何を言われても事実なので何ともしないが。
そして、裁判は続いていく。アズィムも色々と証拠隠滅やらを謀っていたようだが、結果としてアリサリスが行った悪事は到底許されるものではなく、公爵家を陥れようとした罪で有罪となった。
「ではこれにてアリサリス・アズィムの裁判を終わりとします……そして引き続き、カディル・アズィムの裁判を始めましょう」
「……は?」
アズィムは裁判長の宣言を聞いてぽかんとした顔になった。そしてしばらくして、頭がおかしいのかはははと大きな声で笑い出す。
「私の裁判ですと? ははっ……ご冗談を、私が何かしたとでも?」
アズィムは大袈裟な動作で両手を広げておどけて見せた。毒のことは完全に隠蔽したつもりでいるらしい。アリサリスの悪事があるからどの道多少なりともアズィムも罰は受けるのだけれど、金で解決できる程度だと考えているのだろう。
「半年前の聖誕祝祭での公爵令嬢毒殺未遂の指示者の容疑です」
裁判長の一言で、会場内は今日一番のざわめきに包まれた。




