【73】続、寝ても覚めても(略)。
その後も何かにつけて悪口を言ってくるが、私は笑顔を崩さず黙々と食べ続ける。アリスは時折こちらを見て心配そうな顔をしていた。
私がうんともすんとも言わないことに向こうもイラついてきたのか、聞こえるか聞こえないかくらいの声でちらちらこちらを見ながら言っていたのが、堂々と私を見ながら普通の会話の声量で嫌味を言い出した。面倒なので無視して適当にアリスやリュシーと雑談をする。
すると、突然アリサリスが立ち上がって私を睨んできた。ぽかんとしていると、彼女はずかずかと近寄ってきてティーカップを私の目の前でひっくり返す。ばしゃりと音を立てて中身が飛び散り、顔と服にかかった。幸いにもケーキにはかからなかったようだが、これでは着替えに行かなければならない。入れてすぐではなく、熱くなかったから良かったが一歩間違えたら大惨事だな、と心の中で舌打ちする。
「どうされましたか? お口に合わなかったなら、別の紅茶を用意させますが」
「公爵家の令嬢なのにメイドの教育も出来ないのですか? こんな紅茶、飲めたものじゃありませんわ! 入れ方が悪いんじゃなくて?」
アリサリスはそう言って私の前にカップを置いた。
「それに……紅茶に虫が入っていましたわ。ほら、ここに」
指差された箇所を見ると、確かに虫が入っていた。温室だし虫の一匹や二匹いるのはいるのだが、そんなに偶然カップの中に入るか? と内心疑うが実際カップの中には虫がいるので素直に謝る。後ろでは取り巻きがくすくすと笑っているので、多分捕まえて自分で入れたんだろう。
「申し訳ございません。すぐに新しいものを持ってこさせますので」
ついでに着替えようと思い立ち上がろうとするが、その前にアリサリスが口を開いた。
「同じメイドが入れたらまた飲めたものでは無い紅茶が来るかも……それに、虫が入っているかもしれませんわね。私、ここで働いているメイドが信用なりませんわ」
そして、わざとらしく周りを見渡す。私は後ろで待機していたルルリエとファムをちらと見たあと、小さく手を挙げた。
「ルー、メティスに私の着替えを用意するように言ってきて。あと、バーベラにお茶を入れてもらって。着替えの準備が出来たら一旦席外すから」
「お嬢様……いや、何でもございません。かしこまりました」
ルルリエは何か言いかけたが、結局何も言わずに温室を出て行った。私は椅子に座り直すと、アリサリスを見る。彼女は勝ち誇ったような顔をしていた。
それから数分後、温室の扉が開く。ルルリエが戻ってきたのかと思ったら、入ってきたのはセドリックだった。
「あ、ソフィ、お茶会してたんだね。ごめん。……って、どうしたの、その服」
「お兄様。……ちょっと、ね。いま着替え用意してもらってるから……」
私は曖昧に笑って誤魔化す。後で二人になったときにでも説明しよう。セドリックが周りに目線を移すと、まさかのアリサリスが立ち上がる。もしかしてセドリックにもなにかするつもりなのだろうかと身構えていると、彼女はいきなり頭を下げた。
「お初にお目にかかります、セドリック様。私、アリサリスと申します。以後お見知りおきくださいませ」
びっくりするくらい綺麗なカーテシーで、先程私に紅茶をぶっかけた人間と同一人物か疑うくらいだ。アリサリスは顔を上げると、セドリックに微笑みかける。……これはあれだな、男に対しては外面良いタイプの厄介令嬢だ。金髪縦ロールなんて小説や漫画の世界だと悪役令嬢のシンボルだが、ここには悪役令嬢という概念が無いのでセドリックから見ればただの可愛い金髪令嬢だろう。さっきまでの悪行を見ていた私でもこれだけ見ると可愛い令嬢に見えるし、普通にしていればかなりモテそうな気がする。……まぁ、性格がアレだから無理だろうけど。
「こんにちは、楽しんでいってくださいね」
セドリックがそう言ったところで、ルルリエとバーベラが温室に来る。
「着替えてきますので少しの間失礼します」
私はそう言うと、セドリックと共に温室を出た。しばらく歩き、周りに誰もいないことを確認してセドリックは口を開いた。
「アリサリス嬢って……アズィム子爵のところの令嬢だよね。彼女、どうしてここに?」
それもあの子にされたの? とドレスを見ながらセドリックが問う。苦笑いしながらまあね、と言うと彼は心配そうに眉を寄せていた。
「私が呼んだの。この前のワインの毒、ほぼ確実にアズィムだろうけど確証がないでしょ? だからアリサリスを利用しようと思って」
「勝算は?」
「もちろん。今日のお茶会、実は最初からリリーに映像記録魔法を使ってもらってるの。ずっと魔力流しっぱなしだから結構しんどいんだけど、アリサリスたちが色々やったことも全部写ってるよ。ただ、声が入ってるか分からないんだよね……何度か試してはみたんだけど、声は入ったり入ってなかったりで」
アリサリスを断罪(仮)に持っていくまでどうしようかと色々悩んだ時、ふと机の上に置いていた額縁……七年前の戦争の後にラルークと一緒に星を見た時の写真が目に入ったのだ。そして映像記録魔法があったことを思い出し、それを使ってアリサリスの悪行を記録し、証拠として残そうと思いついた。映像記録魔法は改ざんが出来ないので、書類などの証拠よりも確実性が高い。
「なるほどね。リリーは高位精霊だし光特化だし、映像記録魔法はかなり有効だね。そのうえそれなりに魔力量がないとリリーの姿は見えないから、映像記録魔法を使ってるって周りにはバレないしね」
セドリックは納得したようにうんうんと首を振った。少し歩くと部屋につき、セドリックと別れる。部屋にいたメティスに着替えを手伝ってもらい、また温室へと向かった。




