【71】どうする。
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夕方、皇宮にて。
「ハルベルト卿について調べてくれ」
皇宮に着くなりクロムは侍従にそう指示を出す。侍従は一度礼をし、すぐに出ていった。クロムはふらりとソファに座り込む。
(……そっちのほうは他の者に任せて俺は公務をしなければ)
クロムは痛む頭を落ち着かせたあと、重い腰を上げて執務室に向かう。そして机の上に積まれた書類に手をつけ始めた。
戴冠式を終え、クロムが皇帝になったが前皇帝であるベルクもまだ若く、国政を担える状態であるため公務は分担して行っているが、徐々に割合を増やし数年後には全てクロムが行うことになる。
ベルクは殆どの公務を彼一人で行っていた。そのため必要最低限しか外出しておらず、式典や祭りにも滅多に顔を出さなかった。国内の視察には宰相(役職は宰相だが実際はベルクが殆ど一人で公務をしていたため専ら雑用係であった)が、式典には皇后であるロレティが顔を出していた。
クロムは父ベルクと同じように一人で全て公務するつもりはなく、適材適所仕事を割り振るつもりで居る。彼の人を見る目はベルクも認めているが、暫くは公務に慣れろという意味で人に仕事を振るなと言われていた。
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ソフィが動けるくらいに回復したとセドリックから手紙が来たのと、侍従がハルベルトについての調査が終わったと報告に来たのはほぼ同時だった。一先ずセドリックへまた近いうちに顔を合わせようと手紙を出し、侍従の報告を聞こうとクロムは椅子に座る。侍従は恭しく礼をして報告を始めた。
「ハルベルト子爵について調査いたしましたが、これといって目立った点はございませんでした。しかし二十三年前に養子を取ったみたいです。そちらが陛下の仰っていたラルークという者かと」
「二十三年前……。そうか、分かった。ラルークについてはなにか調べたか?」
「十年ほど前から魔法研究所に所属しているみたいで、七年前の戦争の……禁忌魔法を使用したのがそのラルークという者ですが。あとは特に何もありません。至って普通の子爵子息です」
クロムはふむ、と顎に手を当てて考え込んだ。
「分かった。叩いても何も出ない者はそれ以上調べようがないからな……苦労をかけた」
侍従は失礼します、と部屋を出ていった。クロムは小さく息を吐いて椅子に深く座り直す。
(……二十三年前、か。生後間もない時に養子を取っていたなら……時期はちょうど合っているが)
時期が一致していても、それ以外確証を得られるほどの情報が無い。
(ハルベルト子爵に直接問いただした方が確実ではあるが、知ったところでどうするという訳でもないしな……)
クロムはそう考えて思考を放棄した。
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「あぁ、来たな。済まない、俺の都合に合わせてもらって」
「ううん、大丈夫。それよりもありがとね」
私の体調も戻り、完全復活に喜び庭を駆け回っていた時クロムから手紙が来た。内容はこの前のお見舞いのときにすぐ帰ったから改めて顔を合わせたいとのことだった。そして今日、セドリックと共にクロムの元へ向かった。
皇宮に着くと庭に案内され、三人でお茶を飲むことになった。私はクッキーを頬張り紅茶を飲む。甘い。美味しい。久しぶりの糖分だ。ちらとクロムを見ると、彼はカップを持ったままぼーっとしていた。
「クロム、どうしたの?」
「……ん? ああ、いや、なんでもない」
「本当に? 体調悪かったりしない?」
「はは、詫びのつもりで茶会を開いたのに、お嬢さんに心配されてしまうと、なんだか申し訳なくなるな」
見舞いに来てすぐ帰ったことを気にしているのだろうか。正直私もあの時は体調良くなくて人と会うのもなと思っていたから全く気にしてないし、そこまで気を使わなくてもいいのに。きょとんと首を傾げると、クロムは苦笑する。
「俺がお嬢さんの退場まで聖誕祝祭の会場にいたら、毒を盛られなかったかもしれないだろう?」
「え? あぁ……ううん、気にしないで。毒だって分かって飲んだのは私だし、本当に……。ラルークにも申し訳ないことしちゃったな。みんなに心配かけちゃったし……」
私がそう言うと、クロムは少し目を見開いたあと、ふっ、と吹き出した。
「お嬢さんらしいな……だが、それで死んだら元も子もないだろう。お嬢さんのその行動力は素晴らしいものだが、無謀すぎるな」
くつくつと笑いながら言われ、セドリックにも似たようなことを言われたなとちらと視線を移すと、こくこくと全力で頷いていた。
もしあの場で私が飲まず、あのワインに毒が入っていると別の方法で証明出来ていれば……もう少し穏便に解決出来たのだろうかと思わなくもないが。
少々強引ではあるが、私が飲んだことにより公爵家の令嬢を毒殺しようとしたと事を大きくできたので、それも上手く使ってアズィムを失脚させられたらいいんだけど。まあ未成年が飲むはずないワインを飲んだら毒が入っていた、という状況だから難しそうではあるが。
「一応、使われた毒は販売元は分かったけど……偽の身分証で買ったみたいだからそこから行き詰まってるんだよね」
セドリックが眉根を寄せて困っている様子で言う。さすが公爵家と言うべきだろうか、毒の成分の解析から販売元まではサクッと調べあげたが、そこから先が全く進まないようだ。
ほぼ確実にアズィムが犯人だと思うけど、証拠がない以上断定はできないし、なんとも言えない状況だ。無理矢理捕まえて罪を着せることもできるけど(と、父が真顔で言っていた)そうすると後々面倒なのは目に見えてるので避けたいところである。この前父に立場と力で人を支配するなとお説教を貰ったばっかりだし。
とはいえ、このままやられたままでいるつもりは無い。どうにかしないと。カップの紅茶を一気に飲み干し、空になったカップを置く。
とりあえず、アズィム(父)は小賢しいし厄介だから、食中毒……もとい、アリサリスを利用させて頂こう。お茶会の招待状でも送ってやろうと心の中でほくそ笑んだ。




