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【70.5】クロムの記憶。中

 あれからずっとあの部屋で見た日記と肖像画のことを考えていた。あの女は一体なんなのだろうかと。俺の母上ではない。母上は銀ではなく金色の髪をしている。

 誰かに聞きたかったが、父上に聞くのも母上に聞くのも何だか違う気がして、結局使用人の目を盗んであの部屋へ行くことくらいしか出来なかった。なにか手がかりはないだろうかと、いつものようにこっそりと扉を開ける。相変わらず綺麗に整頓されたこの部屋は、前来た時と変わらず人の気配はない。


 肖像画をじっと見る。長い銀の髪とエメラルドグリーンの瞳が美しい女の絵。隣に立つ男はやはり何回みても父上だ。俺が知らないだけで過去に十二で皇帝になった先代が他にもいるのかと考えたが、それにしてはこの部屋は新しく、その線はないなと結論付けた。

 ぐるりと部屋を一周する。何かないかと探し回るが特に何も見つからず、諦めて帰ろうとしたその時だった。


 キイ、と扉が開く音がする。咄嗟に身を隠そうかと辺りを見たが、すぐに隠れるような場所はなく、見つかるのも時間の問題だとそのまま突っ立っていると、入ってきたのは父上だった。


「なっ……クロム? 何故ここに居るんだ」


 父上は驚いた顔をしながら俺を見る。俺は気まずくて顔を逸らす。父上の視線を感じながら、俺は言うべき言葉を探した。一先ず、謝罪だろうか。


「申し訳ございません……気晴らしに散歩をしていたら、迷ってしまって、この部屋を見つけて、好奇心から入ってしまいました」


 俺の言葉を聞いた父上は呆れたようなため息をつくと、俺の前まで歩いてくる。そして俺の頭に手を置くと、ぐしゃっと撫でられた。びっくりした俺は、思わず俯く。怒られてしまうと思っていたが、そんなことはなく、むしろ優しく頭をぽんぽんと叩かれるだけだった。

 驚いて目を見開き、恐る恐る父上の顔を見ると、見たことの無いような表情をしていた。


「……すまないな、お前がもう少し大きくなったら俺の口から言おうと思っていたのだが」


 父上はそう言って、肖像画の前へ行く。俺も慌てて後を追った。


「……お前が産まれる前、皇后はロレティ……お前の母親ではなく、スピカだった」


 父上は肖像画の銀の髪の女性を見ながら言った。俺は黙ったまま話を聞く。


「やっとの思いで子を授かったかと思えば、お前が生まれる一年前に殺された」


「え……?」


「戦争があってな。結局、スピカの腹にいた子はどうなったか分からないが……」


 父上は悲しげに肖像画の銀の髪の女の人を見る。俺は何も言わずに父上の話を聞いていた。


「お前が、特化魔法が苦手なのも……もしかしたらスピカとの子の翌年にお前を産んだからかもしれない。だから予知が上手く出来なくても気にするな」


「……父上は、前皇后の子が生きていたら、どうされるのですか?」


 俺がぽつりとそう訊ねると、父上は少しだけ考え込む素振りを見せた。


「そうだな……まあ、皇宮に迎えはするが、皇位継承はお前が先だ。スピカの子も、三人目を流産してすぐの子だったから……特化魔法は上手く継げてないだろうしな」


 俺はなんだか複雑な気持ちになって俯いた。ほっとしたのだろうか、それとも腹違いの兄か姉がいると知って、ショックを受けたのだろうか。何故俺は複雑な気持ちになっているのだろう。父上とも母上とも、日に一度会えばいい方で、そこまで交流はない。……もし、俺以外に子供がいたら、俺との時間が減ると、そう心配しているのだろうか。分からない。俺は生まれてからずっと、皇族として生きてきた。そんな感情は必要ないと、そう思っていた。

 だけど、今だけは何故か心がざわついている。どうしてなのだろうか。俺にはよく分からなかった。



 あの日から俺は今まで以上に魔法も勉強も頑張った。何故だか分からないが、父上は母上よりも、あの肖像画の女を愛しているように感じた。もし、その女との子供が生きているなら、俺はいらないのではないかと。そんな不安が俺の頭の中にあったのかもしれない。父上はそんな人ではないと分かっていたが、どうしてもあの肖像画を見る父上の表情が頭から離れなかったのだ。


 六歳の誕生日を迎え、聖誕祝祭(ファンティスタ)の年になる。護衛とともに会場に行けば、何とかして皇族に取り入ろうとする者たちが集まり、ぼんやりと父上が言っていた一人でもいいから友人を作れと言った意味を理解する。深入りしない程度に留めようと軽く会話を交しその場をやり過ごした。


 ふと、視界の端に父上と男が話しているのが見えた。父上も大変そうだなと思いその場を離れようとすると、それより先に父上に声をかけられる。


「クロム。ちょっと来い」


「はい」


 父上の元へ向かうと、男が挨拶してきた。とりあえず挨拶を返す。男は、ヴィラールと名乗った。


「お前と同い歳の息子が居るらしい。会ってみたらどうだ? ヴィラールの息子なら俺も不満はないが」


「父上と仲が良い方なのですね、イリフィリス卿は」


「有難いことに陛下とは昔からの友人でして」


 そう微笑んだ男をよく見ると、銀色の髪にエメラルドグリーンの瞳で、まさか、と思わず目を見開いた。


(もしかして……父上と仲がいいのは、前皇后絡みだったり……いや、邪推はよそう。実際そうだったとして、俺に何の影響がある?)


 俺は慌てて思考を振り払った。そしてヴィラールに向き直る。


「また、会う機会があれば是非とも。今日は疲れたので、私は少ししたら帰ります」


「全く、お前は他人行儀なやつだな。……ではな、ヴィラール。俺も疲れたから帰る。仕事の話はまた今度呼ぶからその時にしろ」


「……ソレイユと星の輝き、希望と未来に祝福あれ」


 男はぺこりと頭を下げる。父上は俺に帰るぞ、と言い、そのまま会場の出口の方へ向かっていった。

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