【70.5】クロムの記憶。上
ズキズキ、チリチリ。頭が痛むと共に、パチりと、頭の中の映像が燃えるような音を立てて弾ける。予知を見るようになって、その度に起きるこの感覚が嫌いだった。それでも、皇族の証であるこの特化魔法は使いこなさなくてはならない。
予知には二種類あり、突発的に見るものと意図的に見るものがある。意図的に見るものは魔力の消費も激しく、上手く扱うにはそれ相応の鍛錬が必要になる。
「クロム、今日は見えたか?」
「父上。まだ一瞬しか見れませんが、一応は……」
「そうか」
父上はそう言って俺を見た。……俺は、特化魔法も、父上が得意な炎魔法も、そこまで得意ではない。言葉を話すようになってからはずっと魔法も普通の勉強もしているが、俺には魔法より頭を使うものの方が向いているみたいだ。侍女や母上は、周りの同年代の人より遥かに魔法も勉強も出来ていると褒めてくれるが、父上のように上手くできない自分に焦っていた。
父上は十二でこの国の皇帝になった。その時には予知も魔法も知力も、全てにおいて完璧な存在だったという。俺は、あと七年で、当時の父上と同じような人間になれるのか。……いや、ならないと。
勉強をする度に、視野が広がる。世界が大きく見える。そして、俺は自覚した。この国の人たちは、父上と俺を比較する。兄弟がいない分、俺はこの先この国を背負う唯一の存在として見られている。
「お前は……無理をするな。俺のようにはなるな。今のうちに世界を広く知って、圧倒的な力や高圧的な態度などではなく、民の声を聞き、正しい判断が出来るような立派な男になれ。俺のような男は二人もいらんからな」
「父上……」
「外で友人を作れ。人と関わり、人の悪意と欲望を知っておいた方がいい。それを知った上で、一人でいいから、心から信頼出来る友人を作れ。それがきっとお前の力になるだろう」
「……父上にも、そういう方がいらっしゃいますか?」
俺がそう聞くと、父上はあぁ、と小さく呟いた。無表情な父上が、ほんの少しだけ微笑んだように見えて、思わず固まってしまう。
俺が黙っていると、父上の手が俺の頭に伸びてきた。そのままわしゃわしゃと撫でられる。
「……まあ、無理せずにな」
「はい、父上。私なりに頑張ってみます」
父上は俺の言葉を聞き、自室へ戻って行った。俺はその後ろ姿を見ながら、ギュッと手を握りしめる。
(……頑張らなくては)
小さくため息をつきながら、父上の部屋に背を向けて歩き出す。少し気晴らしに散歩でもしよう。広い皇宮の探索は気晴らしに丁度いい。迷っても侍女たちが迎えに来てくれるし、身の安全も確保されている。
しばらく歩いていると、見慣れない通路を見つけた。こんなところに道があっただろうか。好奇心が湧き上がってくるのを感じつつ、そっとその道を進む。すると、そこには質素だが大きな建物があった。
(ここは……? 後宮……ではないな、母上はここにはいないはず……。一体なんの建物なんだ?)
疑問を抱きながらも建物の中に入る。作りは母上がいるところと似ている気がする。側室のための建物だろうかと歩きながら考えた。……が、父上は側室を持っていないはずだ。となれば、先代たちの物かもしれない。
奥に進むと、一つの扉の前に辿り着いた。周りを見渡しても誰もいないようだ。俺は恐る恐るその扉を開けてみる。鍵はかかっていなかった。ゆっくりと開くと、そこは綺麗に整頓された誰かの部屋みたいだった。
(……実は父上には側室がいるのか? いや、そうだったらここに使用人を住まわせてもいいはずだ。いないということは、今ここに住んでいるのは誰もいないはず)
部屋に入り、ぐるりと一周して見る。特に変わった様子はない。普通に誰かの部屋、といった感じだ。机の上も、窓際も、埃がついておらず定期的に掃除されているのだろう。父上の別室だろうかと考えるが、それにしては女物の家具が多いように思う。
疑問に思いつつも、俺はさらに部屋の中を見て回る。そして本棚の前に立つと、ある本が目に入った。
(題名がない。日記か何かだろうか)
その本を抜き取り、ぱらりと表紙をめくる。そこには細く美しい文字が書かれていた。
『陛下が即位されて、私は皇妃候補として後宮に来た。とはいえ私も陛下もまだ十二だから、正式な発表は十六になってからだと思う。それまでは妃教育に専念しよう。元々軽く教育は受けてきたけど、陛下を支えるためにもっと頑張らないと』
十二で即位したのは父上しかいない。ということは、母上の別室かなにかだろうか。何故そんなものがここにあるのだろうかと、不思議に思いさらにパラパラとページをめくった。
『今回の聖誕祝祭も陛下と一緒に出た。六歳の聖誕祝祭を思い出して、終わったあとは二人で沢山話をした。最近は仕事が忙しいみたいで、あまり一緒に居られなかったからとても嬉しかった。初めて会った時の話をすれば、とても恥ずかしそうに笑っていて、久しぶりに笑った顔が見られてなんだかほっとした』
『正式に妃となった。世継ぎを産むことが私の役目だとわかっているけれど、やっぱり不安になる。でも、一人目は早いうちに産んでおかないと、二人目、三人目を短い期間で産んでしまうと特化魔法が上手く引き継げなくなるらしい。歳をとるにつれて出産は上手くいかないと言っていたし、最低でも産んでから三年はあけないといけないみたいだから、二十までに一人目を産まないと』
『なかなか授からない。陛下も仕事で疲れているだろうからあまり無理をさせたくない。陛下はゆっくりでいいと言ってくれるけど、周りはそうはいかないだろう。外ではきっと、世継ぎが産まれないことについてゴシップが飛び交っているだろう』
『四年経ってやっと授かった。私は子供を産めない体質なのかと悩んでいたけど、そうでなかったみたいで安心した』
『どうしてこうも上手くいかないのだろう。あんなにも待ち望んだ子供だったのに、私のせいで』
徐々に綴られる文が短くなっていく。後半は乱れた字で書かれていて、細かく読むのはやめようとノートを閉じようとした時、最後にぱらりとめくった先から続きがないことに気づいた。最後は何を書いているのだろうと、俺はその部分に目を通す。
『三人も流産してしまったけど、やっと産めるわ。嬉しい、あとは特化魔法だけ上手く引き継いでくれたらいいのだけど。それだけが心配。予定日はあと一週間。お腹も重くて辛いけど、やっと陛下との子供が産まれると思ったら楽しみで仕方ない。名前は何がいいと聞かれて、悩んだけどラルークなんてどう? と言ってみた。当たり障りない名前にするんだな、と笑っていて、数年ぶりに私の前で笑ってくれてとても嬉しかった』
そこから先のページは何も無く、俺は本を閉じる。俺の名前はクロムだ。結局名を変えたのだろうかと首を傾げる。まあなんでもいいか、とこの部屋から出ようとした時、ふと視界に一枚の肖像画が見えた。
(あれは父上と……、誰だ? 母上では、ない……)
そこに描かれていたのは、父上と、銀の髪の女の人だった。




