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【66】理由。

 きょろきょろと見渡していると、ちょうどラルークもこちらを探していたようで、目が合った。ラルークがほっとした様子で近付いてくる。


「よかった、気付いたら陛下と話していたから、いつ声をかけようかと」


「ごめんね、私も来るって聞いてなかったからびっくりしちゃった」


「仲良いんだね、陛下と」


 ラルークの言葉に曖昧に笑う。仲が良いというか……まぁ、悪いわけではないけれど。成り行きというかなんというか……と言うと、ラルークはふぅん?と首を傾げた。


「あ……クロムとアリス、放っておいていたんだった。もうじきダンスの時間も終わるし、クロムにお礼だけでも言ってこなきゃ」


 アリスたちの方を見ると、二人はまだ話をしていた。邪魔するのもどうかと思い踵を返そうとするが、ダンスの曲が終わりやっぱり二人の所へ行こうとラルークの手を握った。


「僕はここで待ってるよ」


「え? そっか、分かった。じゃあちょっと行ってくるね」


 すぐ戻るから、と伝えクロムとアリスの元へ向かう。ちょうど話が一区切りついたのか、二人同時に目が合った。


「パートナーは見つかったか?」


「うん、待ってるって言ってたから待っててもらってる。クロムはこの後もしばらく居るの?」


「いや、俺はもう帰る。お嬢さんのパートナー、一度見ておきたかったが……また別の機会にだな」


 残念そうな顔をして言うクロムに苦笑しつつ、今日は来てくれてありがとうとお礼を言う。アリスもペコペコとお辞儀をしてお礼を言っていた。……浮いた話を聞いたことがないとはいえ、これだけ可愛いアリスと話も弾んでそうだったから、お持ち帰りくらいするかと思っていたが特にそういうことはないみたいだ。


 またな、と言ったクロムを見送り、アリスと少し会話をしたあとラルークの方へ戻る。待たせてごめんと謝ると、気にしないでと言われた。ラルークの隣に立ちながら、改めて会場を見渡す。ダンスも終わり、あとはしばらくしたら退場だ。みんな思い思いに会話を楽しんでいる。


「……お姫様は」


 ふと、ラルークが呟くように言った言葉に足を止める。見上げるとラルークは真剣な表情でじっと私を見ていて、その様子に思わず息を飲む。


「お姫様は……どうして僕をパートナーに選んだの?」


 その問い掛けに、私は目を丸くした。理由なんて、ラシェルは会場警備だし他に相手が決まってなくて、と頼んだ時に言ったような気がするけどと記憶を辿る。そもそも、どうしてそんなことを急に聞くのだろうか。


「あれ、言わなかったっけ、婚約者も居ないしラシェルは会場警備で……」


「そうだけど、陛下とも面識があって兄は魔法騎士団。総団長とも関わりがあって……やっぱり、どうして僕なんだろうって思ってさ。誘ってくれた時、すごく嬉しくて、その時は何も疑問に思わなかったけど……今は、不思議でしょうがないんだ」


 ラルークの瞳が揺れている。確かに、ラルークの言いたいことも分かる。私が逆の立場でもきっと同じことを考えていたと思う。

 本人が選んだパートナーのほうが価値が高いと言われる聖誕祝祭(ファンティスタ)だが、別にそういった地位や噂は必要ないと思っている私が、どうして父にパートナー選びを頼まず、ラルークをパートナーにしようと思ったのだろう。よく考えると、私自身何故なのか分からなくなってきた。

 焦っていたから? それとも直近でよく出会っていた相手だから? それとも……。


 分からないことだらけだ。どうしたものかと考えながらラルークの顔を見ると、ラルークは私の答えを待つように静かに私を見つめていた。


「……なんでだろうね? 私もよく分からない。けど、ラルークと一緒に居るのは落ち着くし……楽しかったから、つい選んじゃったのかも」


 自分でもよく分かっていないのにラルークが納得するとは到底思えないけれど、とりあえず思ったままを伝える。ラルークはきょとんとした顔のまま黙り込んだ。

 沈黙が痛い。何か言って欲しいとラルークを見るが、ラルークはまだ固まったままだ。


「……お姫様って、よく人誑しって言われない?」


「えぇ? そんなに人を騙すようなことはしたつもりは無いけど……」


 ようやく口を開いたかと思えば、突拍子もないことを言われた。そうじゃなくてさ、と続いたがやっぱりなんでもないと首を振られた。一体何なんだろう。

 その後もラルークはずっと難しい顔をしたまま考え込んでいたが、やがて諦めたようで小さく溜息を吐いた。そして次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っており、切り替え早いな、と心の中で突っ込む。そんなことより退場まで楽しまなきゃね、と言われて確かにと頷くと、ラルークはまた笑って私を見た。


「飲み物でも取りに行く?」


「そうだね」


 近くにいた給仕にワイングラスを渡して貰うと、そのまま壁際へ寄る。聖誕祝祭(ファンティスタ)主役の六歳と十五歳は両方とも未成年でお酒は飲めないが、パートナーはそうとは限らないためお酒も用意されているようだ。お酒が好きなのか強いのか、ラルークはワインをもらって美味しそうに飲んでいる。私も飲みたいが丁重にお断りしておいた。この世界での飲酒可能年齢は男女共に十六歳である。あと一年の辛抱だから我慢しよう。


「……宜しければ……もう一杯……」


 空になったラルークのワイングラスを見たのか別の給仕が声を掛けてきた。ラルークは二つ返事で受け取り、再び赤紫色のお酒を注いでもらう。私はじっとその様子を見つめていた。そして、ふと疑問に思う。さっきのボトルと違うものだ。それなら違うグラスの方が良さそうだけど。

 ワインを注ぐ給仕を見ていると、妙な違和感はどんどん膨らんでいく。やけに手が震えて見える。それに、どこか怯えた表情にも見えた。そのことに気が付いた途端、嫌な予感が頭に浮かんだ。


 まさか、と思うと同時に体が勝手に動いていて、気づいたらラルークの手からワインの入ったグラスを奪い取っていた。そしてそのワインを一気に煽る。


(……どうせ近くに居るんでしょ、アズィム!)


 ごくりと飲み込むと、給仕は怯えた表情で手に持っていたワインボトルを床に落とした。その様子を見てラルークも察したのか、慌てて私の腕を掴んだ。


「ごほっ……ぐ……ぅっ」


 小賢しい奴のことだから遅効性のものかと思っていたが予測は外れたらしい。即効性の毒だったみたいだ。喉の奥からせり上がってくるものを吐き出すように咳き込みながら、口から溢れ出たそれを見下ろした。

 血だ。

 赤い液体がドレスを汚していくのを見て思わず呆然とする。そして段々と薄れゆく記憶の中、ラルークが私の頬に触れる。……あ、そうだ、ピアスでラシェルを呼べば。

 小さくピアス、と声にならない声で呟けば伝わったのかラルークが私のピアスに触れ魔力を込める。ぼんやりとする視界にそれが映り、なんだか少し安心してしまいゆっくりとまぶたを閉じた。

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