【65】告白。
曲に合わせてラルークとステップを踏む。ラルークはダンスが上手い。ラシェルもなかなか上手かったが、エスコートの仕方はラルークの方が上……だと思う。
ふと辺りを見渡すと、かなり視線が集まるのを感じる。そりゃそうだろう。なんたってラルークはイケメンである。普段美形の兄、美形の騎士団に囲まれてきたせいで感覚が麻痺しているが、世間一般的に見てラルークはかっこいいのだ。色気のある顔をしている。多分。
そんな彼が今、前回の聖誕祝祭で総団長のエスコートを受け、女性の騎士団員の護衛を選んだ、未だ婚約者が居ない噂の的の公爵令嬢とダンスをしているのだ。そりゃあ注目されるだろう。……視線はもう慣れることにしよう。
曲が終わり、二人で礼をとる。ラルークは何か言いたげにこちらを見たが、結局何も言わずにそのまま去っていった。私はそれに気がつかないふりをして次の相手を探す。……と言っても、ヨルクくらいしか思い当たらない。目線だけ動かすと、近くにヨルクがいた。婚約者が決まったみたいで、最初のダンスは入場した時の子と踊っていたようだ。
「ソフィ令嬢」
私が声をかける前にヨルクは私を見つけて近寄ってくる。手をさしのべられ、そっと自分の手を重ねた。そのまま流れるような仕草で腰を抱かれる。その流れのままダンスが始まった。
「……俺、ずっと言いたかったことがあって」
音楽に合わせて踊りながらヨルクが口を開く。私は何だろうと首を傾げた。ヨルクは少し躊躇いながらも、言葉を続ける。
「俺……ずっと、ソフィが好きだったんだ。……今も、本当は、まだ引きずってる。一昨年婚約者が決まってさ、忘れなきゃって思ってたんだけど、忘れられなくて」
「えっ……そうだったんだ」
突然の告白に驚く。ヨルクとは何度か話したことはあるけれど、特別仲良くしていたわけではない。パーティで会った時とかは一緒に話したりしていたが、そもそも会う機会があまりなかったから、特に深い付き合いはなかった。
戸惑っている私に、ヨルクは続ける。
「婚約者が決まった時、本当に嬉しかった。でも、それと同時にすごく悲しくなって」
「……うん」
「一目惚れだったんだ。六歳のパーティのとき、壇上にあがったソフィをみて。でも、俺の家は伯爵家でソフィは公爵家でさ、正直諦めてはいたんだけど……やっぱり、好きで」
「……」
「婚約者、すっごいいい子なんだ。俺にはもったいないくらい。……こんなときに言うことじゃないのは分かってるけど、お願い。俺の事、振って欲しい」
……どうしよう。ヨルクのことは嫌いではない。でもそれは多分、あんまり会ったことがないからで、私はヨルクのことをよく知らない。でも、数回会って話をして、悪い人じゃないのは分かる。
何と言えばいいのか分からず戸惑っているうちにも曲は終わりに近付いていく。何か、言わないと。
「……ごめんね、あんまり会ったこともないし、話したこともないのに、好きって言われても、よく分からない……」
私の答えを聞いたヨルクは困ったように笑った。その表情を見て胸が痛む。
曲が終わる。ヨルクは申し訳なさそうな顔をしながらお辞儀をした。私も慌ててお辞儀をする。
「ごめん、こういう日にする話じゃないのにさ。ありがとう、向き合ってくれて」
ヨルクは私から離れていく。私は何も言えず、ただその背中を見送った。
それからしばらく経ってからまた曲が流れ始める。なんとなく踊る気分になれなくて、壁際で飲み物を手にぼんやりとしていた。
(……何も考えたくなくなってきた)
考えれば考えるほど頭の中に色々なことが浮かんできて混乱してくる。
そんなとき、会場の入り口付近がざわついた。そちらに視線を向けると、サラリとした金髪が目に入った。……もしかしなくても、クロムだ。彼は真っ直ぐこちらに向かってくる。周りの令嬢たちが色めき立つ中、私はどうしていいか分からず固まっていた。
「お嬢さん、聖誕祝祭おめでとう」
目の前に立ったクロムが爽やかな笑顔を浮かべながら手を差し出す。私は戸惑いながらも、お礼を言いつつ彼の手に自分のそれを重ねた。
「ダンスはしないのか?」
しばらく動かなかった私に言ったクロムの言葉に、少し考えて首を横に振る。クロムは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻り、話をしようと促してきた。
「どうかしたの? 何かあったなら呼んでくれたら行ったのに」
「いや……特に深い意味は無い。お嬢さんの姿を見ておこうと思ってな。上手くやってるか?」
クロムの言葉に苦笑いを返す。戴冠式後のパーティでの一件で心配してくれているのだろう。大丈夫だと伝えると安心したような声音になった。
「そうだ、この間仲良くなった子、すごい良い子で……連れてきてもいい?」
せっかくクロムと会う機会があったから、アリスとした協力の約束をはたしておかないと。クロムがあぁ、と言ったのを聞き辺りを見渡すと、少し離れたところからアリスがクロムのほうを見ていたのを見つけ、小さく手を振った。
それに気が付いたらしいアリスがぱっと花が咲くような笑顔になり、小走りで近づいてくる。
「ソレイユと星の……」
「あぁ、挨拶は構わん。堅苦しいのは嫌いなんだ。今日はプライベートで来たからな。……うん?」
アリスの挨拶を遮りクロムが口を開く。が、少ししてアリスのことをじっと見て眉を寄せた。クロムの様子がおかしいことに気付いたのか、アリスが不安げな表情になる。クロムはアリスのことを上から下まで観察するように見た後、納得したように一つ息を吐いた。
「レディとはどこかで会ったことがあるような気がするが……名前までは思い出せないな」
「わっ、私、アメリシア・アリスと申します!」
「アメリシア……あぁ、アメリシア侯爵の。七年前の聖誕祝祭でレディの弟と一緒に出席していたな。思い出した、あの時は急いでいてぶつかってしまって申し訳ない」
「いえっ、その、全然! ……覚えて頂けていて光栄です」
アリスが嬉しさと緊張が入り混じった複雑な顔で答える。話す機会があったってそういう経緯だったんだと内心驚きつつ、二人のやり取りを眺める。アリスは同性の私から見てもものすごく可愛いし、クロムはイケメンだしで目の保養だ。そんな二人の様子を微笑ましく思いつつ見ながら、時々視線を会場へ移す。まだダンスの音楽は流れているが、時間的にもう終盤だ。そろそろラルークと合流しておきたい。
「ごめん、ちょっとラルークと合流したいから、二人でお話してて」
アリスにそう言い残し、ラルークを探すため二人のもとを離れた。




